第22話 トロイヤ王国騎来襲
「敵騎来襲――高度......」
朝早くから拡声器ががなり立てた。
「いつもの定期便か」
スカーレットが気怠そうに愛騎に視線を向ける。
毎度のことで慣れてきたのか、翔陽の海軍戦闘騎隊の操縦士たちの一部がすでに騎上の人となり、我先にと離陸に向けて加速し始めていた。
海は立ち上がり、皆を目で促す。
「ハイハイっと」
ダリーが不思議な節をつけて立ち上がるとみなも一斉に立ち上がり、先ほどの態度が嘘のように騎体まで急加速で駆け抜ける。
騎付の整備士との挨拶もそこそこに、騎に跨り手短に各種チェックを始める。
「魔銃、発動機、魔探っと」
「はあはあ――海さん遅れて――はあはあ――ごめんなさい」
一通りの検査が終わるころに、ちょうどミアたちが息を切らせながら到着した。
急いでミアを複座に乗せると離陸できるか周りを確認する。
「――戦闘騎隊離陸する」
また、天空騎士の一部隊が離陸していく。
「みんな、準備はいいか」
ダリーが親指を立てて合図を返す。
「よし、離陸するぞ」
ちょうど味方の離陸の群れが途切れ、視界の先は何もない。
発動機に魔動力をめいっぱいくべると、ご機嫌のリズム奏でスルスルと動き始めた。
「ミア、揺れるぞ」
海は後ろからの返事を待たずに、速度を上げ続けると、足を通じて騎体が小刻みに揺れていたかと思うと、スゥッと地面から離れ、刺激が全くなくなった。
島の北西方面に向け飛行しつつ、後ろを振り返ると、四騎ともしっかりと着いてきている。
「北西の安全な場所で高度を上げよう」
海の言葉にみなの返答が伝わる。
少し離れた場所で螺旋状に高度を上げ続ける最中、無線より敵騎の続報が入って来る。
「南より敵影。 高度一〇〇〇」
高度計をチラリと見やると六〇〇を指している。
「今日はエライ高度からくるなぁ」
「上がるのめんどくさいですよね」
「息が苦しい」
スカーレット達が文句を言っているのを聞き流す。
(魔探に敵影)
騎に付いている魔探に影が映る。
粛々と高度を上げ、一二〇〇にもなろうかとの時だった。
「敵騎発見」
素早くダリーが敵方向に騎首を向け、射撃をする。
敵の方角へ騎首を返し、目を凝らす。
段々と豆粒がこちらに向かってきているのが見えた。
数分だろうか、しばらく進んでいると、上方から豆粒たちが急降下して豆粒たちを突き抜けていく。
瞬間、鈍く光ったかと思うと、豆粒の一つがあらぬ方向へ飛んでいった。
「落としたな」
「そのようですね」
再び目を凝らすと、また数騎がつるべ落としのように攻撃を始めた。
「いつもの奴らじゃねえな」
「ああ、おそらくトロイヤ王国の奴らだ」
「へへ、腕が鳴るぜ」
「油断するな、トロイヤは我が国と並んで格闘戦を重視する国だ」
「りょーかい」
「あの声は笹西だな」
武辺者たちを上手にまとめているようだ。
「敵騎が見えてきましたよ」
索敵で視野を広くとっていた海が、佐那の落ち着いた声に促されこぶし程の大きさになった敵に目をやると、おぼろげながら騎体が判別できた。
「確かに今までの騎体ではないな」
「あれは、ジュリオのJM二〇五、それにセッターネSE二〇〇五、爆撃騎の方がシャンベリ・アレッサンドロCA七九です」
ダリーが得意げに早口でまくしたてた。
「二〇五に二〇〇五......ミラニア・ニコラの発動機の騎体だったっけ」
「スカーレットさん、そうですマイバッハ・ベンセデスのライセンス品ですが......」
「同じ発動機を積んでいる騎体にフタスのGG五五という騎もあります」
「ずいぶんトロイアの騎体に詳しいね」
ダリーの方に顔を向けて、海がそう褒めるとダリーは照れくさそうに頭を掻いた。
「ねえ、あの双発騎たち、下の方にいってるよ」
ケイトの言葉の示す一団に目を向ける。
魚雷を抱いたCA七九が徐々に高度を落としているのが見えた。
雷撃のため高度を二〇〇ほど落とし、なお高度を落とし続けている。
「あの部隊を放っておくと危険だな」
「じゃあ、アレに行くかい」
海の独り言を拾う形でスカーレットの言葉が畳みかけてきた。
「ああ、行こう」
ダイブをする前に入念に周囲に目を配る。
(ダイブされた後に追撃されたら追いかけまわされて苦しいからな)
ラ・マルドーの一件が頭を掠める。
「よし、ダイブす......る」
視界上方に豆粒が現れ、凄まじい勢いでこちらに向かって来ているのが目に飛び込んできた。
「敵騎上方!」
海は叫びながら頭を上げた。
みるみる姿が赤いFM一九九に変わっていく。
「敵は六騎、こちらより多い」
「隊長!」
「位置が悪い」
「じゃあ」
「ダイブして逃げるぞ」
そういい終わるや否や、海を始めとして四騎は急降下を始める。
「せっかく上がったのに悔しいですね」
佐那が珍しく愚痴を吐いた。
「仕方ないさ、あのままでは上からかぶされて攻撃されていた」
スカーレットが笑いながら口を開くと、潤太郎も「うん」と頷いているのが聞こえた。
そのまま降下を続け、地面スレスレで騎体を立て直し北西の海目指して退避を始める。
(ここまでくれば大丈夫だろう)
と、突然ミアの言葉にならない叫びと共に魔銃が放つ声が耳に飛び込んだ。
「えっ」
慌てて仰ぎ見た。
「うっ嘘だろ」
振り切ったと思われた赤い一九九が我々を屠らんと迫ってきている。
海の中で、軍人として、そして士官としての矜持が沸き起こった。
「ダリー・マーガレット・佐那はそのまま全速で直進してくれ」
「しかしそれでは......」
「いいから行け!」
海はダリーを怒鳴りつけ、身体を左に倒し騎を傾ける。
暁星は、手の中で軽く反応を返し、スッと左旋回に入る。
「ミア、ゴメンな」
言葉なさげに小さく呟くと、海はヒッポグリフ発動機に己の魔動力を注入し、迫って来る敵を凝視した。
(シャルロッテだな)
見覚えのある銀色の髪が太陽光を弾き返してキラキラと輝いている。
(ユサリアの騎士は生き残っただろうか)
頭によぎった疑問をそのまま隅に追いやり脳に計算するリゾースを開け放つ。
(FM一九九は直進に関しては早いが、巴戦が得意な騎体ではない)
「やれるだけやってやる」
どちらに旋回するかを悟らせないために、小刻みに左右に体を揺らして敵の攻撃に備える。
(――上から三騎)
右に素早く曲がる。
タッタッタッタ
魔銃が空を切り裂く。
一定の距離を保ち、背後にへばりつく赤い軍団の射撃をギリギリのタイミングで避け続ける。
避けるうちに高度がどんどんと下がる。
(このままだと地上にぶつかる......しかし無理な体勢から騎首を上げると確実に失速してしまう)
無線からは無数のやり取りが流れてきているが、海には聞き取る余裕はすでに無く、ただ無駄にうるさいだけのストレス製造装置と相成り、焦りと苛立ちを募らせつつまた後ろからの射撃を回避する。
「クッ」
騎を右に滑らせる。
カラフルな魔弾が視界を横切る。
「コイツがシャルロッテかぁ」
「この声、どこかで......」
声の主が三上だと気付くのと、シャルロッテが海を追い越して回避していくのは、ほぼ同時だった。
「ありがとうございます」
ミアが手を振り頭を下げを何度も繰り返すと三上も笑いながら手を振り返した。
「あんな美人に追いかけまわされるなんて、海もモテるようになったんだな」
にこやかな軽口を叩く三上に困った視線を投げかけ「あの世まで連れていかれたらかなわないよ」と軽口で返した。
「その騎体じゃ無理なんじゃないかい」
視線を暁星に向ける。
「ヒッポグリフ乗せてるから、速度的には問題ないんだよ」
「ああ、爆撃騎に一撃離脱ね」
三上は分かったと手でジェスチャーを出したものの「格闘戦は難しいんだろ」と言葉を重ねる。
「まあ、そこは仕方がない」
「危ないから、そのまんま帰れよ」
三上は海に帰還を促す。
「おまえは?」
海の質問に三上はニヤリと口を動かし「もう一稼ぎだ」
と言うや否や、速度を上げて行ってしまった。
「相変わらず、忙しい奴だ」
そうひとり呟くとミアの方を振り返る。
体を捻って必死にこちらを伺うミアと視線が交じり合った。
「ミア、帰ろっか」
「うん」
安堵の表情を見せる。
首を回し周りを見てもダリーたちは見当たらない。
「ダリーたちは帰ったのかな」
無事に帰っていて欲しい。
「......わからない」
ミアの困惑した声が耳を突きさす。
(無理に出撃するべきではなかった)
後悔が頭の中を通り過ぎ、過ぎたかと思うとまた戻って来る。
「あっ」
ミアの素っ頓狂な声に引きずられて視線を動かすと、そこには......。
「隊長、無事かぁ」
スカーレットが安否の確認をするために、騎を寄せてきているのを確認できた
ケイトは周囲をチョロチョロと確認しつつこちらに心配そうな視線を投げかけていた。
「ダリーと佐那たちは?」
「隊長、大丈夫ですか?」
「お怪我は、御座いませんか」
海の質問に答えるまでもなく、ダリーと佐那の声が飛んできた。
「ああ、大丈夫だよ」
海は心配させまいと出来るだけ明るい口調で声をかけ、軽く手を振った。
「隊長喰われるかもって暗雲の思いでした」
「ホント無事で何よりですぅ」
「俺はどうやら、悪運は強いらしい」
「神に好かれているんだよ」
みなの言葉攻めに嬉しい悲鳴を上げながら得意げに着陸するも......。
「ぉを、ギリギリ」
(......目測を誤った)
整備兵が駆走りよって来る。
「整備を頼む」
「秋川大尉、今日は散々でしたね」
整備兵は、気を落とさないでと言わんばかりに曖昧な笑みを湛えてフォローをした。
「見られていたのか?」
「ハイ、バッチリ」
海が頭を掻き掻き苦笑いを浮かべると、整備兵もつられて苦笑いを浮かべた。
「穴があったら入りたい気分だ」
「トロイヤの奴らに、あっちの飛行場穴開けられましたがそこはどうですか」
(コリャたまらん)
茶目っ気たっぷりに話す整備兵相手に、首を振って急いでその場を退散した。
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