第33話 ひみつのお化け屋敷づくり!

 わたしたち百鬼夜行組のお化け屋敷会場は、旧校舎の教室だ。

 準備期間中は誰にも見られないよう、旧校長先生の力を借りて「開かずの間」状態となっている。誰からも意識されることのない、ステルス教室だ。


 そんな教室の片隅では今、お化け屋敷の物理トラップ担当、茨木童子がブツブツと何かを呟きながら作業に没頭している。


「デュフフ……我が君の御力を最大限に輝かせるための前座にございます! このこんにゃくの粘弾性は、人間の原始的恐怖を最も効率よく刺激するよう調整済み! さらにこの釣り糸の配置は、最新の動体検知アルゴリズムを参考に、あらゆるハイテクセンサーの死角を突く黄金比率でして……フゴフゴ」


 天井から吊るされた無数のこんにゃくと、複雑に張り巡らされた釣り糸。どうしようもなく古典的な仕掛けに、現代オタク知識が惜しみなく注がれていることを、他の怪異たちは知る由もない。


「あの人、すごく楽しそう……」

「うん……」


 遠巻きに見る仲間の声をよそに、教室の反対側では芸術が爆発していた。


「違う! そこはもっと絶望的なクレッシェンドで!」「今のタイミングは0.2秒早い! 我輩の音楽を愚弄するか!」


 肖像画の中から怒鳴りつるベートーヴェン。彼のスパルタ指導の鞭が飛ぶ先は、涙目で機材を操作するプチ人骨模型くんだ。

 彼らが担当するのは、お化け屋敷のBGM。しかし、その曲は恐怖を通り越して、世界の終わりを告げる交響曲のようだった。


 そんな中、小道具製作をしていたグループから、ひときわ大きな悲鳴が上がった。


「ヒィィィィ! パァンされるゥゥ!」


 声の主は、黙々と作業を進めていたカーボン人体模型くんだ 。組み立て中だった張りぼて骸骨が倒れ、バラバラに散ってしまったことで、トラウマが呼び起こされたらしい。

 赤熱したカーボンボディから蒸気を吹き出し、教室中を猛スピードで暴走し始めた。


「あなや! カーボンくん、落ち着こうね!」


 わたしの声も届かない。暴走した彼は「ヒヒヒィィィーーン!!」と仕掛けの釣り糸に豪快に突っ込み、天井のこんにゃくを派手にぶちまける。

 イバラキの目にベトベトのこんにゃくが張り付き「ぬわーーっ!?」と、驚き口を大きく開いた瞬間、追加の一枚がすっぽりと収まった。呼吸困難に陥ったイバラキは「フゴッ……! フゴゴー!」と転げのたうち回ると、制作中の小道具を片っ端から粉砕していく。

 その大惨事を見て、壁で指揮をとっていたはずの貴婦人が「なんだか、楽しくなってきましたわー!」と意味なく薔薇を振り撒き始める。


「おいィ!? 真面目にやれー!!」


 ハナコのツッコミも虚しく、けたたましいベートーヴェンのBGMに吸い込まれていった。


 ◇


「……なんか、ウチらの手探り感に不安を覚えてきたんだけど」

「うん……」


 翌日。

 わたしとハナコは、ライバルである神宮寺ひかりの会場へこっそり偵察に来ていた。

 ドアの隙間から見えたのは、わたしたちの教室とは別世界の光景。


『最新科学で解き明かす! 心霊現象トリックアート展』


 スタイリッシュな看板が掲げられた教室の中は、静まり返っている。聞こえるのはサーバーの低い動作音だけ。ひかりはタブレットを片手に、父親の会社のスタッフらしき大人たちへ冷静に指示を出していた。


「そのゴーストの周波数を再現した立体音響、もう少し低音を強調して。人間の潜在的な不安を煽るヘルツでお願いします」


「このエリアには指向性の超音波を流し、擬似的な耳鳴りを体験させます。来場者の平衡感覚を確実に狂わせてください」


 プロジェクションマッピングが壁に霊の姿を映し出し、VRゴーグルがずらりと並んでいる。お金のかかり方も、スマートさも、わたしたちとはレベルが違った。


 その時、偵察に気づいたひかりが、すっと教室から出てきた。


「おや、偵察ですか? 無駄なことですね。私の科学の前では、あなた方の前時代的なお遊戯など、児戯に等しいのですから」


 氷のように冷たい微笑み。一瞬だけ気圧されたけど、わたしはぐっと胸を張って言い返す。


「すぐにわかるよ。わたしたちの『本物』は、あなたの作り物とは比べ物にならないくらい、人の心を動かすんだから!」


 わたしとひかりの間で、バチバチと見えない火花が散った。


 ◇


「はあ……なんか、すごい自信だよね、あの子」


 ひかりの教室を後にし、とぼとぼと廊下を歩く。彼女の完璧な準備を目の当たりにして、少しだけ心が揺らいでいた。

 自分たちの教室に差し掛かると、相変わらずの賑やかすぎる声が聞こえてきた。


「あーっ! またカーボン先輩がこんにゃくまみれに!」

「ですから、もっと品のある逃げ惑い方をなさいませ!」

「フゴゴー!」

「こら! 我輩の神聖な作曲中に騒ぐなとあれほど!」


 わたしは思わず、ふっと笑ってしまった。


「まあ、これはこれで……楽しいか!」


 お金や技術じゃ、この楽しさは作れない。わたしたちには、最高の仲間がいる。


「おうともよ!」隣でハナコがニヤリと笑う。「ウチらの『ガチ』と『絆』で、あのサイエンス女の鼻っ柱、へし折ってやろうじゃん!」


 わたしはハナコと頷き合うと、教室のドアを勢いよく開けた。


「みんな、お待たせ! 史上最高のショーの準備は順調かな!?」


 カオスな熱狂の中心に飛び込んでいく。文化祭当日へのカウントダウンは、もう始まっていた。

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