第31話 逆にね!
放課後の教室は、文化祭前の熱気で満ちていた。
色画用紙を切るハサミの音、ダンボールを組み立てる音、そして「そこ、もっと右!」「ちがう、左だって!」なんていう、楽しそうな声。
クラスの出し物である「お化け屋敷」の準備で活気に満ち溢れていた。
わたし、ひとりを除いて。
机に突っ伏したわたしの手の中で、スマホの画面が明滅を繰り返している。もう新着コメントを見る気も起きない。
(まいったぞ。八方ふさがりとは、このことか……)
一番つらいのは、すぐ近くから聞こえてくる、クラスメイトたちのヒソヒソ声だった。
「ひかり様の挑戦、受けるのかな? 聞いてみる?」
「でも今のわたしちゃん、ちょっと怖くない?」
もうここにはいられない。
わたしは誰にも気づかれないようにそっと席を立つと、逃げるように教室を飛び出した。
◇
向かった先は、いつもの旧校舎の女子トイレ。わたしたちの、秘密の作戦司令室。
ドアを開けると、そこには同じように沈んだ顔をした仲間たちが、どんよりとした空気の中で集まっていた。
「……わたっチ」
ハナコが、いつもの軽口も忘れたみたいに、心配そうな目でわたしを迎えた。
さすがの情報通だ。もうわたしたちの置かれた状況を把握しているようだった。
「どうすっかね……今回ばかりは流石のウチも、ヤバいのが分かるよ」
ハナコの弱々しい声が、静まり返ったトイレに響く。
楽しいこともたくさんあったけど、叔父さんだけじゃなく、世界中を敵に回してまで、続ける意味なんか、あるのかな。
「……配信以外の生きかた、考えてみる?」
ぽつりと、自分でも驚くくらい小さな声が、わたしの口からこぼれた。
その瞬間だった。
ピロン♪
スマホから、気の抜けた通知音が鳴る。画面には、見慣れた白衣の天使のサムネイル。
【ひかりチャンネル】:『オカルトの終焉、科学の夜明け』
(…………うーん)
自信過剰で、わたしたちの血と汗と涙の結晶を、道端の石ころみたいに見下したタイトルを見た瞬間。
わたしの心の中で、ぷつり、と何かが切れる音がした。
悲しいとか、つらいとか、そういう気持ちが、一瞬で吹き飛んでいく。
代わりに、腹の底から、マグマみたいに熱くてドロドロした何かが、せり上がってくる。
(――逆に、面白いか?)
(この逆境。乗り越えてこそ、か?)
(終焉? 夜明け? 大いに結構。そっくりそのまま、妖怪たちの夜明けとして利用させてもらえば、こんなに都合の良い話はない!)
わたしは、ぐいっと乱暴に涙を拭うと、顔を上げた
「……やっぱり、やめるの、ナシ!」
「え?」と、きょとんとするハナコと仲間たち。
わたしは立ち上がり、泣き腫れた顔のまま、ニヤリと笑ってみせた。
「やめるどころか、ひかりちゃんに教えてあげよう? わたしたちのショーは、あの子の理屈っぽい科学なんかじゃ絶対にたどり着けない、本物のエンターテイメントだってことを!」
わたしの気迫に、仲間たちの目に、少しずつ光が戻っていく。
「ひかりちゃんへの返事は、直接言うんじゃつまらない。わたしたちらしく、動画で返そうよ!」
わたしが提案したのは、文化祭で披露するお化け屋敷の「予告動画」を、今すぐこの場で作って、チャンネルに叩きつけることだった。
「ただの予告じゃないよ。ひかりちゃんの『科学的解剖動画』を思いっきり引用して『私たちのショーに隠されたトリック、あなたに見破れるかしら?』って、堂々と挑戦状を叩き返すの。遊び心たっぷりの、最高の挑発!」
「……それ、最高かも!」
ハナコが、いつもの笑顔で叫んだ。
「リーダー、さすがですわ!」「面白そう!」と、仲間たちの士気は一気に最高潮に達する。沈んでいた空気はどこかへ消え、文化祭前の、あのワクワクした高揚感がトイレを満たした。
その夜、わたしたちは放送室へと集まった。
ホワイトボードを囲み、頼もしい仲間たちの顔を見渡す。もう、怖いものなんて何もない。
「さあ、みんな」
わたしは、撮影ボタンを押すハナコに頷きかける。
「史上最大の百鬼夜行、その予告編をはじめよう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます