【『ギャル女神』のスピンオフ!】私の価値は。

千央

第1話 いらっしゃいませ~っ!

 昼間の元気一杯な黄色い太陽がすっかり紅くなり、空一面を茜色で覆い尽くす時間。まるで、太陽がこの世界へ『また明日ね』、そんな挨拶を告げているような感覚。街行く神々や天使の皆が、燃えるような夕陽に照らされ紅く染まっている。すごく綺麗だけど、少し物悲しい。そんな黄昏時が、私は好きだ。

 でも、そんな私は……自分のことがだった。



 今日も今日とて、道行くお客さんたちに呼び声を掛ける。それも、とびっきり威勢の良いやつを。


「さあ!うちの自慢の串焼きだよ!これを食べたら、他じゃもう食べられないよっ!いらっしゃいませ~っ!」


 声を張り上げる私のすぐ後ろには、鳥の串焼きがずらりと並んでいる。タレを絡められ、こんがりと美味しそうな色に焼きあがっていた。

 焼くのはこの道一筋、2000万年の父さんだ。


「はいよぉ!焼きたてだよぉ!そんじょそこらの串焼きとはワケが違う!秘伝のタレに漬け込んだ味はうちだけしかだせないよー!」


 焼きながら、父さんも呼び声をする。


「さぁ!匂いだけでいいのかい!?買った買ったぁっ!天に仕える者なら、食って精をつけなぁ!」


――大極楽鳥

 私たちの住む世界『天界』に生息するやや大型の鳥。雄の体には飛ぶための羽とは別に、太陽に照らされると虹色に輝く飾り羽がある。これを雌への求愛ダンスの際に、大きく広げて自分を誇示する。別名『七色羽の円舞鳥レインボー・ワルツ』。

 ちなみに、私のおススメの食べ方は、秘伝のタレじゃなくて。父さんの意地で塩はメニューになし。私がこっそり塩で食べてることは、父さんには内緒だけどね。


「はい、毎度どうも!あら、こんばんは。いつもありがとね。今日はね、大極楽鳥の良いのが入ってるわよ!」


 隣の精肉店の方では母さんが愛想良く、お客さんたちの相手をしている。私も頑張らなくっちゃ!お金を貯めて絶対、

 両親に負けじと呼び声に力を込めた。


「はい、いらっしゃいいらっしゃい!柔らかくっておいしいよ~!」


 の甘辛くて香ばしい煙が店先に立ち込める。


――ぐぐうぅ~~~っ!!


 突如、大きな音が鳴り響く。来たわね。私はその音を合図に、手早く串焼き20本分の包装にかかった。


「相変わらず、美味しそうな香りね~!さっきからお腹が鳴っちゃって大変だったわ」


 そうこうするうちに、常連のお客さんがやってきた。


「デメテルさん!いらっしゃいませ!」

「おぅ!デメテルちゃん、まいどぉ!いま帰りかい?」

「こんばんは。今日は課題で忙しかったから、特にお腹が空いちゃったわ」


 お腹を抑えながら少し恥ずかしそうに笑うデメテルさん。彼女は豊穣の神になったばかりで、今年度、アカデミーを卒業するんだそうだ。もうすでに、地球という星の管理神の一員に任命されたらしい。すっごく優秀な神だよね。私、尊敬してるんだ~!

 その人懐っこい笑顔は多くの男神を虜にしているらしいけど、特定の恋人はまだいないらしい(というか、モテてることに自覚がないみたい)。


「はい、デメテルさん!串焼き二十本だよね?焼きたてだよっ!あと、これは父さんからのオマケね。大極楽鳥を挽肉にして玉ねぎとしょうがを混ぜたの。お肉をそのまま焼いたのとまた違った食感で、すっごく美味しいんだから」


 先程、用意した串焼きを渡しながら、新作のも渡す。デメテルさんが気に入ってくれたら、うちとしても宣伝になるしね!


「まぁ!おじさん、ありがとうございます!嬉しいな~」


 顔を綻ばせて喜ぶデメテルさん。斜陽に照らされて紅く染まる黄金色の髪が、彼女の笑顔をより一層、輝かせてみせた。

 ステキだな……私もあんな風になりたいな。自分のこげ茶色の髪ブルネットを恨めしく思いながら、気付かれないように小さくため息をついた。


「さすが創業1億2000万年、天界の胃袋を支えると言われる老舗『天使の本気』ね。このお店のお肉はどれも絶品だもの!」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ!でも、それもデメテルちゃんが毎日のように買ってくれるお陰だよ!」

「ホントホント!いつもありがとうございます」


 父さんと並んでお礼を言うと、彼女はちょっと照れたようなくすぐったい感じで微笑んだ。


「母にもまた顔を出すように言っときますね。串焼きこれ、母も妹も大好きなんです。オマケ、ありがとうございました。それじゃ、また来ますね!おじさん、サリエル、さよなら~」


 元気に手を振って帰っていくデメテルさん。私もいつか彼女みたいに輝きたいな。


「なぁ、サリエル。の入学金と授業料のことだがな……父さんと母さんで稼ぐから、お前まで店に立たなくたっていいんだぞ?その時間使って友達と遊んだり、勉強したりできるだろ?」

「うん、ありがとう。でも、私が無理言って行かせてもらうんだから、少しでも父さんたちの役に立ちたいの。勉強なら大丈夫!毎日、少しづつやってるし。それに――」


 私に本当の友達なんて……思わずそう言いかけて、慌てて口を閉じた。


「それに、可愛い私がいた方が売上伸びるでしょ?えへへ」


 全くしょうがねえなぁ、と言うように私の肩をポンと叩く父さん。見上げると、どこか嬉しそうな顔をしていた。


「さ!まだまだ売り時だ!店の前通る神全員に買ってもらうぞ!」

「うん!」


――天使アカデミー専門院

 通称、『天アカ』。

 私たち天使が通う学校の最上位に位置する学校。校旗こうきには平和の象徴とされる、天使の純白の翼が描かれている。

 天使と神の子供たちは全員、アカデミーの初等部・中等部までは同じ学舎まなびやに通い、共通のカリキュラムを受ける。但し、その先の専門院に進学するかどうかは、家の事情や個人の目標によって違ってくる。

 専門院からはそれぞれ、より高度で専門的な内容を学ぶために神とは分かれるんだよね。私たち天使が学ぶのは、主に神のサポート技術。自分の持つ能力に適したサポートはどういったものがあるか、何が出来るかを学んでいく。

 ちなみに、神が通う方は神アカデミー専門院と呼ばれてて、さっきのデメテルさんはこの『神アカ』に在籍中なんだ。


 天アカに絶対、入るんだ!そして、無事に卒業してサポート職に就いて、いっぱい仕事する!いっぱいいっぱい稼いで、父さんと母さんに楽させてあげたい。

 その決意を胸に、私は声を張り上げて道行く神々を店に誘った。


 うちは決してお金持ちじゃないけれど、私は今の暮らしが大好き。父さんと母さんがいて……二人ともすごく働き者で優しくて。こんな私でも一生懸命、愛情を注いでくれてるのが分かる。

 だから……だからこそ、私は自分が嫌いだった。背中から覗く暗い色が、視界に入る度に心が沈んでいく。黒よりも暗く、濃く、光さえも抜け出せない深い真の闇。まるで、ブラックホールのような暗黒。

 忌々しくも生まれてから1500万年の間、背中に居座り続ける漆黒の翼が、私は大嫌いだった……。

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