第4話 ターミナル駅にて
駅のホームにローカル線の電車が到着する。その扉が開くやいなや、玲は弾丸のような勢いで飛び出した。
「わ、なんだ!?」
「気をつけろよ!!」
仕事帰りのサラリーマンや大学生風の男が非難めいた声を上げるが、それにも構わず肩をいからせてホームをずんずんと歩いていく。
駅のエスカレータも、右側を歩いて登る。不審そうに立ち止まりながらエスカレータに乗った乗客が振り返るが、玲は疾風のようにそこを歩いていく。
玲の後ろから声が聞こえた。
「待ってよ、玲ちゃん! なんでそんな早足なの!? 追いつけないよ!」
ちらりと振り返ると、霊体なのにもかかわらず人混みの中で立ち往生している彼女が見えた。
「……ついてこないで下さい」
ぷいと前を向くと再び猛烈な勢いで歩き始める。後ろから再び彼女が助けを呼ぶ声が聞こえたが無視した。
改札口まで辿り着いた。財布を取り出して、その中から切符を取り出そうとした。そこで立ち止まっていると、彼女は息を切らせながら走ってきて玲の前でしゃがみ込んだ。
「もー! なんで一人で急いで行っちゃうの!? お姉ちゃんを置いていくだなんてひどいよ!」
玲の表情が小さくひくついた。
「……貴方の成仏は、わたしがこれをおばあちゃんの所に持って行って済ませます。貴方は一人で自由に家族の元なりどこでも行ってください」
「なんで!? 私はその頭蓋骨から離れられないのよ!?」
膨れっ面をする彼女の側をすり抜けて、玲は改札に切符を通して駅ビルの方へまたツカツカと早足で歩き始めた。彼女は慌ててすがりつこうとする。
「待って! 玲ちゃん待って!」
ターミナル駅の駅ビルは、様々なテナントが入っており賑わっている。二人が先ほどまでいた郊外の外れに比べると、はるかに都会だ。
夕暮れの帰宅ラッシュの時間帯であるらしく、店の前では商品を眺める客たちで賑わっている。そんな中で玲は存在感を感じさせないように人混みを急いですり抜けていく。
人混みが途切れたところで、玲は立ち止まった。顎に手をやり、小さく考え込むように呟く。
「……とはいえ、常世の国にお送りする方の願いを無視しただなんて、おばあちゃんに知られたら怒られてしまいます……」
悩ましげに眉根に皺を寄せて、首を傾げた。
玲が一人で立ち尽くしていると、後ろから彼女の声が聞こえた。
「玲ちゃん! 玲ちゃん!」
「……なんですか?」
面倒そうに振り返ると、彼女はテナントにあるカジュアル服のウィンドウに張り付いていた。玲を満面の笑みで見つめると、手をぱたぱたと振って招き寄せようとする。
「このボーダーとショートパンツ、玲ちゃんに似合いそう……。玲ちゃんはスレンダーだし、手足も長いからこんな感じの組み合わせがいいかなぁ?」
玲は心底呆れ果てた顔で彼女を見ていたが、無視して後ろを向き、また歩き始めた。
「わ! 待ってよ、玲ちゃん!」
彼女は慌てて玲のもとへ駆け寄ると、玲のすぐ後ろを歩きながらぶつぶつと独り言を喋り続けていた。
「もー、さっきの服は玲ちゃんに似合いそうだったんだけどなー。玲ちゃんがはっきり言ってくれないと玲ちゃんの好みは分からないよ……」
玲はそれをあからさまに無視して早足でターミナル駅の出口を目指して歩き続ける。
二人はレストラン街に差し掛かった。ここまできたら出口まではもう少しである。
「玲ちゃん! 大変!! これ見てよ!」
玲は諦めたように黙って後ろを向いた。
彼女は和菓子屋の前で目をキラキラと輝かせながら店先の張り紙を指差す。
「ここのぜんざい、すごくおいしいのよ! 一日限定三十杯なんだよ? 今なら間に合う! 入ってこうよ」
こめかみが引きつるのを感じた。
「……………………頭蓋骨ごとここに置いていきますよ?」
彼女はぷくーっと頬を膨らませると、渋々店先を離れる。
このやりとりはこの後も再三繰り返された。二人が住宅街に辿り着いたのは玲が十二分に疲弊したのちである。
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