第22話 もどらないで

「んふふ」

「なに、気持ち悪い笑い方して」

「気持ち悪いって言わないで」

「あはは」


 真奈美はそれでも謝らなかった。うそ、本気で気持ち悪かった? やば、ここ外なのに。


「良いことあったんだ?」


 脇腹を肘で突かれてまた笑った。


「うん、あった」

「あ、テストが良い点だったんだ」

「んふふふふふ」

「うわあ、もっと気持ち悪くなった」


 もう、どう言われても全く気にならない。それくらい私の気持ちは浮ついていた。


「相当良かったんだ」


 私はついに我慢できなくなった。


「そうなの。聞いてくれる?」

「いいよ」

「ありがと。なんと私……全教科平均点を五点以上上回りました!」

「おお~~! 咲菜にしてはかなり上出来だ!」


 そうなんです。私、やりました。


 成績上位の人から見ればたいしたことがない結果だけれども、いつも平均をうろちょろしている私にとって、全教科五点以上上回るのは奇跡に近いのだ。


 テスト勉強の時間が前回より増えたという程ではないので、毎日の復習が上手くいったんだと思う。


 自分で計画したものが上手くいくのはとても嬉しい。他人に言われて、その通りにやったのとは達成感が違う。


「よかったね。この調子なら去年より成績上がるんじゃない」

「まあ、期末も同じくらい取らなきゃだけど、今の勢いならいけそう」

「お、言うねぇ。応援してる。私も咲菜見習って頑張ろう」

「ありがと」


 真奈美は私より頭が良い。平均点より高くて喜んでいるレベルのさらに上にいる。部活を毎日やっているのに、どうしたらあんな成績取れるんだろう。不思議。だって、家に帰って食べたらかなり遅い時間だよ。復習を習慣付けられただけで満点花丸だと思う。


「なんか上手く行き過ぎている」

「何、急に」


 突然私が難しい顔で言い出したから、真奈美もつられて怖い顔になった。


「いやぁ、ソロに選ばれてテストも上出来ってさ」

「それは咲菜が頑張った結果でしょ。何もしていないのに良い結果が来たら変だと思うけど」

「そっか。それならよかった」


 真奈美に言ってもらえると安心する。自分だけだと違うよって証明してくれる人がいないから。


 テストの結果も出たから、今日は久々ゆっくり家で練習しよう。そこで私はあることに気が付いた。


「クリアファイル部室に忘れた!」

「楽譜入ってるやつ?」

「そう。家で練習したいのに……」


 もう暗譜したから練習できないことはないけど、楽譜に細かく先生の指示や思ったことが書き込まれているから、あると無いのでは全然違う。


「まだ校門閉まってない時間だし、ちょっと走って取りに行ってくる。真奈美は先帰ってて」


 渡ったばかりの横断歩道の信号はまだ青だ。ここを戻れば五分もしないで学校に着く。


 瞬間、真奈美が叫んだ。


「戻らないで!」

「なに──」


 ブゥゥン!


 真奈美が慌てて叫ぶから、何があったのか振り向いたら、すぐ後ろで猛スピードの車が通過した。


 私は顔を青くさせて小さくなった車を見送った。


 信号を確認する。歩行者信号は変わらず青で、たった今点滅を始めたところだった。


「うそ……信号無視じゃん」


 真奈美が何も言わなかったら、私は横断歩道を渡っていた。つまり、あの車に轢かれていたってことだ。


 私が立ち尽くしていると、真奈美が私以上の顔色で走り寄った。


「怪我してない!?」

「う、うん。してない、ありがとう」

「もう、信号無視とかありえない。警察の人が近くにいればよかったのに」

「とりあえず、大丈夫だから帰ろ」


 ヒートアップする真奈美の背中に手を当てて歩き出す。


 当人より怒ってくれる真奈美を見て、私は逆に冷静だった。さっきは驚いたけど、怪我も無いし、気にしないに越したことはない。今はそれより大事なことがある。


「じゃあ、改めて」

「私も行く」

「大丈夫だよ」

「ぎりぎり大丈夫だっただけでしょ。私も行く」


 頑として譲らない真奈美にこちらが折れる。たしかに、あんな光景を見たら心配する。過保護にもなる。今日ばかりは真奈美に甘えることにした。

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