第9話 勉強
「私、合唱も好きなだけで特別上手ってわけじゃないからなぁ。それで勉強もいまいち……やばいかも」
家で真奈美との会話を思い出していたら落ち込んできた。
「ムムちゃん助けて!」
クマのぬいぐるみをぎゅうぎゅうと抱きしめる。ムムちゃんの顔が苦しそうに映って慌てて離す。今度は優しく手を繋いだ。
「でも、好きって気持ちは誰にも負けない。これだけでも特技だよね」
一人っ子だから、家での話し相手はもっぱらぬいぐるみだ。お父さんやお母さんに話しにくいことも、ムムちゃんにならすらすら言える。
三歳の時に動物園で買ってもらったムムちゃん。成人しても、社会人になって一人暮らしをしても連れていくつもり。
お腹の上にもふもふを載せながら、試しに公立の問題集を検索してみた。一瞬で後悔した。
「まっっったく分からないんですけど」
まだ二年生になったばかり、分からないのは当然だ。当然だけれども、一年の範囲であろう設問も分からないのは我ながらまずいと思う。
私ってこんなに勉強できないのか。いや、できないんじゃなくてやっていないと言った方が正しい。
小学生の時はノー勉で毎回百点近かった。だから、その勢いで中学一年間を過ごしてしまった。まだやり直せる。気付かせてくれてありがとう、真奈美。これが三年生だったらかなり焦っていた。
まずは言われた通り、授業の復習から始めよう。
リュックに入りっぱなしの教科書を取り出す。何からしよう。うーん。うーん……。
「もう遅いし、明日からにしよう」
無計画にいきなり始めると疲れちゃうからね。今日は計画を立てる日にして、明日からちょっとずつ始めよう。うん、それがいい。
教科書をリュックに戻し、落書きノートを引き出しから出す。ぱらぱらとめくり、白紙のページに計画表と書き記した。
「月曜日から金曜日は部活があるから、宿題合わせて一時間勉強。宿題以外の復習は一日一教科ずつで、土日は三……二時間勉強。土日で五教科改めて復習、と」
出来上がった計画表を見つめ、私はにんまり口角を上げた。
なんか、書いただけで達成した気分になった。実際は全然始めてもないけど、気持ちは大事だよね。
「お母さん、見てみて」
部屋を出てお母さんに計画表を見せる。お母さんは「えらいじゃない」と褒めてくれた。親は偉大だ。娘が勉強の計画を立てただけでえらいと持ち上げてくれる。そんな娘として、精いっぱいやります。
「今日のご飯何?」
キッチンに戻っていったお母さんに付いていく。肉じゃがだった。あとツナサラダ。つまみ食いしたいけど我慢我慢。
「唐揚げも買ったよ」
「余ったら朝食べる」
「そう思って多めに買っておいた」
「やった」
お父さんは遅いらしいので、私もコップに水を入れたり食器を運んだりして、いつもより少し早めに夕食にしてもらった。
「いただきます」
部活後のご飯は特別美味しい。ご飯も大盛にしてもらっちゃった。特に太っているわけではないから体重とかは気にしない。成長期ってことで。むしろ、食べている割には痩せていると思う。
それに、大きな声を出すには体作りも重要。がりがりよりはちょっとふっくらしていた方が良い。だから、今より多少増えても問題無いというか大歓迎。
「ごちそうさま」
食器をシンクに運び、テレビを観る。途中、ソファでごろごろ寝転んでスマートフォンを弄っていたら、牛になるって言われた。牛になるわけないじゃん。
お風呂に入っていたら、お父さんの足音がした。お父さんの足音ってよく分かる。歩き方が独特なのか、単純に家族で一番重いからか。
お父さんは大柄だから、抱っこしてもらうとすごく高くて面白かった。抱っこしてもらわなくなったのはいつの頃だっただろう。何も変わらない毎日なのに、少しずつ変わっていくんだ。
私が小さい頃はお兄さんお姉さんに見えていた両親も、今ではすっかり皺が増えた。お父さんは特に白髪を染めないから余計おじさんに見える。私が成長すればする程お父さんたちが遠ざかるようで、ずっとそばにいてほしいのに時々寂しくなる。
なんでだろう、今だって同じ屋根の下仲良く住んでいるのに。変な気分。小学生の頃は寝る前にお父さんたちが死んじゃったらどうしようって考えて泣いたことがある。泣かないけど、今でも思う。私より年上の彼らは、私より先にいなくなる。
「ああ、やめやめ。考えるだけ無駄。だって、解決策は無いんだから」
珍しく勉強のことを考えたら、頭が難しくなっているのかもしれない。ピアノ弾いて気分転換してから寝よう。
課題曲の楽譜を置き、最初から弾き始める。
ピアニストは本番用に呼ぶことになっているけど、毎年趣味で課題曲も自由曲も練習している。弾けるようになると曲の雰囲気や解釈をより理解できる気がして。あと、純粋に楽しいから。
「ここの和音、レミラなの推せる」
三部の音が綺麗な三度ハモりじゃないところが素敵。裏拍で入るところも良い。今年の課題曲、やるな。私の大好物なメロディラインが実に多い。これはなおさら夏が楽しみだ。
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