第7話 呪われた奴隷との出会い。

 見てもらった方が早い、とザキさんに連れられて部屋を出る。

 長い廊下を歩いていくと、その先には、いくつも鍵の付いた見ただけでわかる重い扉。

 その扉を、ザキさんが体全部で引っ張るようにして開ける。

 横から見ると分厚さが良くわかるな……六法全書くらい厚い。実物は見たことないけど。

 扉の先には、地下に通じる階段。

 ……なるほど奴隷たちは地下にいるのか。そして入口はおそらくここだけ。

 地上の建物がそれほど大きくないのも道理だ。逃げられたり誘拐・強奪されたりのリスクを考えたら、入り口を絞った方が良いものな。

 土を固めた階段を下りていくと、そこにもまた大きな扉があり、そこを開けると――――横幅2メートル程のまっすぐな廊下の左右に大量の檻が並んでいる。

 檻の中には簡素な服を着せられた奴隷たちが並んでいて、こちらに無気力な視線を向けている。

 ……こう見るとちょっと怖さとヤバさ感じるな……人権について考えてしまうよ!!

 まあ、牢屋は個室だしちゃんと空気穴はあるしトイレもあるので最低限の配慮はあるのかもしれない。

 汚れたり、奴隷同士で争って傷つくのを防ぐためだけかもしれないけど。

 ザキさんは慣れた様子で左右の牢屋に見向きもせず廊下を早足で歩いていくと、曲がり角を3つほど曲がる。

 その先にまた扉……けれど今度の扉は、赤い扉に装飾が付けられていてなんだか豪華だ。

「この先は、高級奴隷の部屋になっております」

 ランクによって部屋が分かれてるのか。それはまあそういうものか。


 そして再び中に入ると――――先ほどまでとはまるで別世界が広がっていた。


 奥の扉の中は、先ほどまでと構造は同じで、真ん中に廊下で左右に檻……なのだが、煌びやかさが段違いだった。

 床は上のロビーと同じような光沢のある石が敷き詰められ、檻は無機質な鉄ではなく四角く切り出された木が並べられている。

 檻の中も綺麗に整えられたベッドが置かれ、その上にドレスで着飾った美しい奴隷が時には横たわり、時には腰掛けたりしながらこちらに艶めかしい視線を向けてくる。

 なにか既視感があるな……そうだ、遊郭だ。ドラマなどで見た遊郭に似ている。

「こちらは、高級なエロ奴隷の部屋になっております」

 ……なるほどね、高級なエロ奴隷は美しく飾り立てることで購買意欲をそそろうというわけか。確かに、汚い恰好でほったらかしにされているよりはこの方がより価値を感じるだろう。

 だが……それ故にいかにも値段が高そうで、よほどの金持ちならまだしも俺のようなあぶく銭で買おうという人間にはだいぶ敷居が高い印象だ。

 ……本当に、こんなところに俺の希望を全部叶えてくれる奴隷が居るのだろうか?

「こちらです」

 ザキさんが立ち止まったのは、高級部屋の中でもかなり奥まった位置にある檻の前。

 隙間から中を覗くが、ベッドの陰にわずかに金髪が見えるだけだ。

「どうぞ」

「えっ、あっ、はい。失礼します」

 鍵を開けて中に入ると、少し嫌な感じがした。

 ―――――なんだ?この感覚……?

 ザキさんが少し強い語気で、ベッドの陰に座り込み隠れている人物に声をかける。

「ほら、お客様ですよ!立ちなさいクシナ!」

 クシナ、と呼ばれた女性はビクリと体を震わせ、怯えるようにゆっくりと立ち上がる。


 光を反射して透き通って見える色素の薄い金髪に、赤いワンピースドレスに身を包んだ体躯は女性にしては高めの伸長に長い手足が映えるスタイルの良さ、下がり眉で困り顔ではあるがどこか凛として強さを感じさせる瞳とすらりと通った鼻筋……口元のほくろも妙な色気がある。


 一言で言うと……圧倒的な美しさだった。


「この人が……理想を叶えてくれる人……ですか?」

 いや、確かにこの美しさならなにも文句はない、文句はないが……どうあがいても手頃な値段で手には居るような存在ではないのはわかる。

 それこそ遊郭で言えば最上位の花魁だろう。高嶺の花というやつだ。

「ええ、クシナはこう見えて戦闘能力も持っております。体力もあり、攻撃魔法も多少は出来ますが、主に補助・回復系の魔法が得意で、防御魔法も使用できますので、戦いのときに自らの身を守りつつご主人様にバフをかけることが出来るので、冒険者のお供に最適ですよ」

「……なるほど」

 俺は基本的に一人で何でもできる万能型だが、回復と補助が任せられるならそれは確かに楽にはなるし、守りながら戦わなくても良いとなると助かる。

「……けど、安くなるには理由がある……ですよね?」

 そんないい条件の奴隷が安いわけがない。

「ええ、それが――――こちらでござまいす」

 ザキさんはクシナさんのワンピースの裾を掴むと、一気にまくり上げた!!

「な、なにを!?!?」

 驚きつつも服の下に隠れていた美しい足と下着から目が離せずにいると……妙な違和感に気づく。

 恥ずかしがって抵抗するも全然力が足りず成す術のないクシナさんのへその下辺りに、妙な模様が見える。

 そして同時に、そこから漂ってくる嫌な気配。……部屋に入った時の感覚はこれのせいか……。

「こちらのクシナ……強い呪いをかけられているのです」

「呪い……ですか」

「ええ、この呪いはいくつかの現象を引き起こすのですが……そのうちの一つが、性行為が出来ない、ということです」

「出来ない……とは?」

 どういう意味で出来ないのだろう。

「物理的に、出来ないのです。たとえばこう、他人が下半身に手を近づけるだけで――――」

 ザキさんが白い手袋をしてクシナさんの股間に手を近づけると……バチッ!!と何かが弾けるような音がして、ザキさんの白い手袋の指先が焦げて焼き切れたように素手が露出している。

「このように、一瞬手を近づけただけでこの有り様でして……股間が特に強いのですが、服の上からでも肌に触れると非常に強い刺激があり、特に胸や唇、お尻や脚、掌や腋などは強い衝撃が来ますね。それでも無理して触り続けると骨まで焼き尽くされます」

「……試した人が居たんですね……」

「ええ、それはそれは強い嗜虐趣味のお客様が。それでもさすがに腕を失ってまでは無理だと返品されましたけど」

 人間のエロへ対する探究心と挑戦心、凄まじいな。

 というか、強い衝撃の来る部位がかなり偏っているというか……性的な趣向として使われやすいところばかりだな。

 明確に性行為を封じる為の呪い……なのか?

「性行為が出来ないばかりか触れることすらままならないとなると、さすがにエロ奴隷としては厳しいのですか……これだけの美しい上物奴隷を単なる戦闘奴隷として売るのはさすがに忍びなく、どうしたものかと持て余していたのです」

 ため息交じりに話すザキさん。

 確かにエロ奴隷としては難しいのはわかるけど……

「でも、これだけの美しさなら手を出さなくてもそばに置いておきたいとか、そういう需要はありそうですけどね?」

「そうですね……観賞用や、なんなら武器を使って傷つけたいという加虐心を満たすために欲しい、というお客様もいらっしゃいました」

 それはそれは……本当に人間の欲望という奴は果てしない。

「しかし……このような商売をしていてどの口が、と思われるかもしれませんが、こちらとしても永遠に檻の中に閉じ込められて人生を終えたり、ただただ傷つけられて殺される事が分かっているのに奴隷を売るというのは少なからず抵抗があるのです。結局どこまで行っても奴隷ではありますが、それでも少しでもいい人に貰われて欲しいという気持ちもあるのですよ。……傲慢な偽善者だと、理解はしておりますがね」

 どこか遠くを見るように語るザキさんをどこまで信じていいのか、難しいところだ。

 本気でそう思っているのかもしれないし、持て余したこの奴隷を俺に売るために同情を買おうとしているのかもしれない。

 ……こんな時は――――ミャリ!

 俺が視線を向けた時には、もうすべてを理解したようにニヤリと笑っていたミャリ。

 さすが鑑定の変態だ。


 さあ――――ザキさん、この人は信頼に値するのかどうなのか……?

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