第3話 少年よ不幸であれ。

 こちらを睨みつける女王視線を背中に受けつつ、気にせず謁見の間を出ようとしたが、不意に一つの疑問が浮かんだ。

「あ、一応聞いておきたいんですけど……元の世界に戻すことって出来るんですか?もう勇者じゃなくなったなら戻したって良いんですよね?」

「それは……まあ、出来んことはない」

 突然の問いかけに戸惑いつつも、苦々しい顔で答えてくれる女王様。

「だが―――――本当に戻りたいのか?」

 逆に問いかけられて、言葉に詰まる。

 ……そう言われると……正直戻りたくはない。

「おぬしも聞いていると思うが、我らの召喚は狙った個人を選んで行う類のものではない。その代わりに指標にするのは、『より不幸であること』じゃ。その人間の抱える不幸が大きければ大きいほど、その不幸を媒介としてこちらの世界での力への変換する――――――勇者にまでなったおぬしのことじゃ、その不幸……並大抵ではあるまい?」

 …………確かに、元の世界では幸せとは程遠い人生だった。思い出したくもないありとあらゆる不幸と不運と劣悪な環境で、死を迎える一歩手前のその時に、こちらに召喚されたのだ。

「……ちなみに、こっちで得た力ってのは向こうに持っていけます?」

「無理じゃな。むしろこちらで成長し得た力の分も、向こうでのさらなる不幸へと変換されるじゃろう。それでも、戻りたいか?」


「――――――まさか、聞いてみただけですよ」


 あれ以上の不幸ってなんだよ、という話ではあるが……どちらにしても力を失いただの学生になった自分があの不幸から抜け出せるとは思えない。

 だったら、この世界で生きた方がよほどマシだろう。

「そうか、ではこの話はこれで終わりじゃ。立ち去るがが良い」

 なんか安心した顔してるのが気にくわないな。

 さては何か裏があるな……?

「……ところで女王様……不幸がどうとかの話、初耳なのですけど?」

「……そうだったかのう?話したつもりじゃったが」

「いいかげんですねぇ。というか、今になってその話をしたのって、本当は元の世界に戻すのが面倒なんじゃないですか?」

「んんん?」

 明らかに顔色が変わったな。

「戻したくないから、不幸の話をして戻りたくなくなるように誘導したんじゃないかと見てるんですけど?」

「ははは、何をバカなことを。確かに召喚の儀は恐ろしく手間も金も時間もかかるからなるべくやりたくないが、やらないとは言ってないぞ。呼ぶのは必要だからやるけど返すのはこっちに何の利益も無いから基本やりたくないなど、そんなことあるはずがない」

「全部言ってんじゃん。このクソババア」

「またそれ言う!!凄い嫌なんじゃが!?」

「いや、他人の人生勝手に狂わしておいて戻すのは面倒ってそれがクソババアじゃなくてなんなんだ」

「むしろ助けられたじゃろ!」

「恩着せがましいなおい。クビにしたくせに」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ。ええいもう知らん!!出てけ出てけ!!ばーーかばーーーか!!」

「語彙力」


 と、最悪の別れになった女王様との時間を終えて謁見の間を出ると………そこには兵士がずらりと並んでいた。


 ……何人かは完全に臨戦体勢だ。

 いざとなったら部屋の中に飛び込んできて俺と戦うつもりだったのだろうけど、残念、無駄足でした。喧嘩になる一歩手前ではあったけど。

 強い警戒の視線を向けられつつも、関係ないので普通に歩いてその場を去ろうとすると、一人だけ異質な人間を見かけた。

 ……学生服だ。

 鎧に身を包んだ兵士たちの中に、見覚えのある学生服に身を包み、不釣り合いな大きな剣を背負っている少年が居た。

 間違いない、彼がきっと新しい勇者だろう。

 ……マジかよ……本当に新勇者と戦わせようとしてたの?それはさすがに何も考えてなさすぎでは?

 それとも、楽勝で勝てるくらいに能力差があるんだろうか……。

 ……いや待て、よく見ると新勇者の後ろに、3人女子が居るな……?

 格好からして、戦士・僧侶・魔法使い、という感じだ。なんだその王道パーティ。

 しかもみんな可愛いじゃねぇか!!

 なんだよもう!!可愛い女子3人と男勇者ひとり!?!?

 もしかしてハーレムなのか!?新勇者はハーレムパーティなのか!!


 ――――――――……ずりぃよ!!!!


 ズルいズルい!!なんだよそれ!!ことちらお付きの妖精は居たけど基本はソロで戦ってたんだぞ!!なんで新勇者には3人も仲間が居てしかもみんな可愛い女の子なんだ!!

 ……しかも、見たらわかるけど素人じゃないな……結構な達人なのが佇まいでわかる。

 ……なるほどなぁ、4人パーティなら確実に勝てると踏んで連れてきたのか……まあそれでも、被害は少なからず出るだろうから金払った方が確実だと判断してくれたのだろうけど。

 あの成金ババアめ……成金なだけに損得勘定がしっかりしてるわ。

 そのおかげで、こっちもしっかりお金貰えたわけだから……まあ結果としては良かったけど。

 どちらにしても、周りはともかく新勇者には戦闘の意思はなさそうなので、さっさとこの場を去ろう。

 というか、凄い人の良さそうな顔してるな新勇者。

 目にかかりそうな少し長めの前髪の向こうに見える瞳がとても優しい。

 きっと無自覚に強いタイプだな。俺また何かやっちゃいました?とか素で言いそうなタイプだ。そして周りの女子たちはそんなところが素敵、と惚れるのだろう。

 いいなぁ、いいなぁぁ!!!!

 なんで俺だけブラック企業の社畜みたいな扱いだったんだよ!!


 ……まあいいや、どちらにしても勇者じゃなくなった俺には関係ない話だ。


 俺は俺の異世界ライフを充実させるさ。


「あ、あの!!」


 ……新勇者の横を通り過ぎ終わった辺りで、突然声をかけられた。

 声の主は―――新勇者だ。

「ぼ、ぼく!今度新しく勇者やらしてもらうことになりました、ユウキです!」

 凄い丁寧なお辞儀と同時に挨拶をされた。律儀な子だぁ。

「その、先代の勇者様ですよね!?なにかアドバイスを頂けますでしょうか!?」

 うわぁ、やっぱり無自覚系だぁ。

 自分が代わりに担当することになったからクビになった前任者に対してアドバイスとか聞く普通?

 本人は本当に純粋にアドバイスを欲しいだけなんだろうけど、周りの緊張感が一気に高まって空気が張り詰める。肌に刺さって痛いくらいにピリピリだ。

 仲間らしき女子たちも、「やめなよ」とか小声で言ってるが、本人は「なんで?」ととぼけた顔をしている。

 うーーん、主人公だなぁ。

 正直アドバイスをしてやる義理もないが……無視して去るのも印象が悪い。

 あえて新勇者と敵対しても良いことはない。

 ここはひとつ何か、言葉を返そう。


「そうだなぁ…………まあ、頑張れ。とにかく頑張れ」


 全然良い言葉浮かばなかった!!

 だってもう環境が違うもんなぁ俺とは。参考になることがあるとは思えん。

「それだけ、ですか……?」

 あ、戸惑ってる。そうだよな、さすがにだよな。

 うーーーーーん、まあ、言えることは一つか。


「良いか、一つだけ肝に銘じておきなよ」

「ハイ、なんでしょうか!」


「自分の価値をちゃんと理解して、それに見合った生き方をしろ。都合良く使われるな。お前は勇者だけど、人間だ。ちゃんと人間として生きろ」


 きっと君も「勇者だから」という理由で色々と搾取されるだろう。あの女王が甘い汁を自ら捨てるはずもないし。

 とは言え、今この場でそれを言っても多分本当の意味では理解できないだろうし、何より周りの目と耳が面倒だ。余計なこと言うなよ、の視線が謁見の間から飛んできてるような気さえするよ……と視線を向けたら、本当に扉の隙間から女王がこちらを見ていた。

 あれは完全に「余計なこと言うなよ」の顔だ。

 はいはい、わかりましたよ。

 悪いねユウキくん、俺から言えることはこれが精一杯だ。

「……あの、よく意味は分からないですけど……ありがとうございます、覚えておきます!」

 ま、今はそれでいいよ。

 本当に人が良さそうな顔をしているから、騙されてても気づかなそうだけど……いつか今の俺の言葉が、何かを変えるきっかけになれば良いと思うし、ならなかったらご愁傷様だ。

「うん、じゃあ頑張れよー」

「はい!!お疲れさまでした!!」

 去っていく俺の背中に向けて、深くお辞儀をしてるのがわかる。

 良い子だなぁ。嫌な奴だったら憎んでやろうと思ってたけど、今後を想うと気の毒だ。大変だぞぅ勇者は……。

 というか、あの子も勇者になったという事は俺と同じか、それ以上に不幸だったのかなぁ……そう考えると少し応援したくなるな。頑張れ。


 ……にしても、他の兵士たちも敬礼の一つでもしてくれたらいいのにな。お前らに払われてる給料だってかなりの割合で俺が稼いだ分が入ってると思うぞ?もっと感謝しても罰は当たらんよ?


 まあ結果としてはこれで次の勇者への引継ぎも済んだ……という事でいいだろう。

 今後出会うこともあるかもしれないが、その時に改めて自己紹介しなくていいだけでも意味はあったと思っておこう。


 そして――――俺は無事に城を出た。


 良かったー、なんか変な因縁とか付けられて攻撃される可能性も考えてたし、貰った金を全額持って外へ出られただけで一安心だ。


「よーっしアスク、約束だ、焼き鳥食べに行こうぜ!」

 どこに隠れていたのか、外に出た途端にミャリが話しかけてくる。

 ……こいつは本当にちゃっかりしてるというか……要領のいいやつめ。


「まあそうだな、腹も減ったしまずは飯でも食うか」

「いえーい!」


「んで、そのあとにエロ奴隷だな」

「本当に行くんだそれ?」

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