第4話 出会い
譲渡会の会場はコンビニが入っているビルの二階のカフェだった。二階にはビルの外から上がれる鉄製の洒落た階段があり、階段の前には譲渡会の立て看板があり、看板には譲渡会には階段を使うようにと書かれたシールが貼っていた。看板にはチラシが入っているビニール袋が掛けられていたので、私と母はチラシを一枚手に取って、階段を上がった。
二階は本屋とカフェがあって、カフェは本屋を進むとその奥にあった。ガラスの自動ドアの入口からケースの中に入っている猫が見えた。会場の中には既に何人かが来ていた。ドアが開くと譲渡会の人から猫譲渡の条件と注意事項が書かれているプリントが配られた。
ぱっと目を通すと、完全室内飼いという文字が目に入った。ベランダや庭に出せるのも散歩もだめらしい。
一方、活動協力費というのが気になった。一匹当たり二万円から四万円と書いてあった。保護猫を家に迎えるのにお金を払わないといけない事は知らなかった。飼いたいと思う猫が見つかって、トライアルで問題がなければ、そのまま一緒に暮らせると思っていた。
母も活動協力費というのは知らなかったようで、「四万円も払わないといけないのね?」と驚いた。「でも、ペットショップやブリーダーだともっとかかるよね」と母は活動協力費の事をあっさり受け入れたようだった。
母の話通りだった。猫を飼いたいと思って、一人でペットショップに行った事があった。そこで可愛いと思った生後三ヵ月の子猫には十万円以上の値段が付いていた。他の猫も大体それぐらいの値段だったが、その中には半額まで値引きされている猫もいた。命にも半額セールがあるのね……と、その時、何だか悲しくなったのを思い出したその時だった。
「グルルルル…グルルルル」
「うん?何の音?」
その音を私以外に気付いた人はいないようだった。母すら気付かなかった。
よく見るとあの音は、私が立っている前のケージから聞こえていた。そのケージの中にいるサバトラの子猫に私は、思わず、シソ!と叫びそうになった。藤井先生のピアノ教室のマスコットだったシソ、激しい嘔吐の後、いきなり死んでしまったあのシソが私の前に現れたのかと思った。
私は中腰で子猫の瞳に目を合わせた。私の目に映るシソと同じエメラルド色の瞳に一瞬微かな光が通り過ぎた。あれは間違いなく光だった。
子猫はシソとそっくりだったが、一個所だけ違うところがあった。まん丸の目を持つ猫が多い中、この子の目は特徴があった。目尻が白で、三角形に見える目だ。その目を細めると三日月のようだった。
三日月は私が最も好きな月だった。爪先のような、今でも消えてしまいそうなその月を見ると空はぐっと遠く感じられた。届かない何かが最も遠ざかっていく。三日月を見るといつもそう感じだ。
「この子の名前はすずです。来月に一歳になる男の子です。人見知りですが、心を許すととてつもなく甘えてくるんですよ。今、少し鼻水が出ているのと、お腹がすこしゆるいですが、いずれも心配するほどではありません」
ケージにはすずという子猫の名前と年齢、性格、予防接種などが書かれた紙が貼られていた。
「お母さん、私、この子が好き…お母さんはどう?」
「どれどれ?」
隣の真っ白の子猫と目を合わせていた母がサバトラの子猫に目を向けたその瞬間だった。
お母さんの顔が硬くなった。
「由莉……この子、シソとそっくりじゃないの……」
私はサバトラの子猫「すず」にエントリーシートを出した。それから面談とトライアル期間を経て、すずは家族になった。名前は新しく作る事にした。目が三日月と似ているという事で「三日月」と初めて目を合わせた時、一瞬通った光の事で「ひかり」の二つが名前の候補となった。
私はどちらも気に入ったのでなかなか決められなかった。いつまでも迷う私に母は「ミツはどう?光と三日月の両方が入っているからいいんじゃない?」と話してくれた。確かに、三日月から「か」と「き」を抜くと「ミツ」になるし、光の意味も入る。「さすが、お母さん!」と私は感心した。それで、サバトラの子猫の名前は「ミツ」となった。
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