第3話 パラレル3 その白さの中に、微かな温もりがある

**1. 「白き部屋での独白」**


西暦2124年、日本。部屋のカーテンを開けると、街中のビルモニターがまぶしく光る。そのほとんどに、「つるん」が映っている。目鼻口のない、卵の白身のような滑らかな顔。私の顔だ。


かつては、この世界は「顔の美」で溢れていた。大きな目、高い鼻、厚い唇……人々は互いの顔を比較し、妬み、愛し、疲弊していった。それが嫌になったのだ。「無の美」が生まれ、ノッペラボウ整形が流行した。そして、私がその旗手になった。美波、という名前で。


でも今、私はこの「白」の中で、何を思っているのだろうか。


**2. 「剥がれる層」**


手術前の写真がまだ端末に残っている。あの頃の私は、確かに美人だった。友達は羨んで言い、異性からの視線も絶えなかった。でも、毎朝鏡を見るたびに、吐き気がするほど嫌だった。


「この目は、誰の好みに合わせたの?」

「この唇は、誰を惹きつけるため?」


顔は、他人の目で作られた層だった。それを全て剥がしたいと思った。完全なる「白」を求めて、私は手術台に横になった。


麻酔が効いていく時、医師が話しかけてきた。「完璧なつるんを目指します。でも、それは『自我』を捨てることですよ?」

「それがいい」と私は答えた。


手術後、最初に鏡を見た瞬間。何もない。ただ、均一な白。でも、それが美しかった。異様なほどに。これこそが、本当の私だと思った。


SNSはすぐに沸騰した。「#顔のない自由」「#つるんの崇拝」。私の顔はビルのモニターに拡大され、若者たちは次々と真似をした。「神様だ」「女神だ」と人々は言う。でも、この白い中で、私はまだ、何かを探している。


**3. 「過剰な白」**


出会ったのは、「ノッペラの現在」展で。美術館の控室で、彼女が立っていた。


由希。彼女もノッペラボウ整形を受けたが、失敗したという。顔だけでなく、耳も鼻の奥も、首の皮膚の感触までもが消えていた。彼女の体は、全体が「つるん」になっていた。首から胸にかけての曲線も、腕の内側も、全てが均一な白。


周りの人は「キモい」「怪物」と囁いていたが、私は彼女に足を動かせなかった。あの白は、私のそれとは違う。私の白は「無」だったが、彼女の白は「過剰」だった。何かが溢れ出ているようで……。


彼女が私に向かってきた。口のない顔で、どうやって話すのだろうと思ったら、端末を出して文字を打った。「美波さん? 私、由希です」


「なぜ、こんな形になったの?」と私は訊いた。

彼女はゆっくりと文字を打っていった。「私は『顔を捨てたい』のではなかった。『自分を壊したい』と思っていたの。でも、壊れた先に、こんな白があるなんて……」


彼女の白い指が、私のつるんな頬に触れた。冷たくて、柔らかい。すると、私の「顔」の奥で、何かが震えた。久しぶりに、「感じる」ことができた。


**4. 「声なき共鳴」**


由希は、街中では「過剰変異の偶像」と呼ばれている。前衛芸術家たちは彼女を「人間の境界線の崩壊」と讃え、若者たちは半分怖がりながらも真似をし始めている。でも、彼女は孤独だ。耳がないので音が聞こえず、鼻がないので匂いも嗅げない。世界は、視覚と触覚だけ。


「美波さんは、幸せですか?」ある日、由希が端末で訊いてきた。私たちは、公園のベンチに座っていた。周りには、つるんたちが往来している。

「幸せ?」私は手を顔に当てた。この白い中に、「幸せ」などあるのだろうか。「自我」を捨てたはずだが……。


由希が私の手を取った。彼女の手は、腕から指先まで完全につるんでいて、指の関節すら分からない。でも、私の手のひらに、微かな震えを感じた。

「私は、美波さんのことを見ていました。ビルのモニターで。でも、その白い顔の奥に、寂しさがあるように感じました」


寂しさ?私は驚いた。そんなもの、残っていたのか?

「由希は?」

「私は、自分のことが嫌いでした。でも、美波さんと話すと、この『過剰な白』が、悪くない気がしてきます」


夕暮れ時の光が、私たちのつるんたちに当たっている。白い顔が、少しピンクに染まる。その瞬間、私たちは同じものを感じた。言葉はいらなかった。視線も、表情も。ただ、隣り合って座っているだけで、世界が静かになる。都市の喧騒も、世間の目も、全部消えて。「無」の中に、何かが満ちてくる。


**5. 「双極の灯」**


人々は、私たちを「双極ノッペラ」と呼ぶようになった。「女神 美波」と「過剰変異の由希」。正反対の存在だが、どこかで共鳴していると。SNSでは、「#白の共生」「#つるんの恋」などのハッシュタグが流行った。でも、私たちは「恋愛」なのだろうか?


肉体的な愛ではない。キスなどできない。でも、由希が隣にいると、この「白」の中でも、「私」が存在する気がする。彼女が私の手を握ると、「自我」が剥がれたはずの層が、ゆっくりと再生していくようだ。


ある日、由希が端末で文章を打って見せた。「『白の先』って、何だと思いますか?」

私は考えた。「無」の先……それは、「つながり」かもしれない。


今、私たちは街中を歩く。つるんたちが私たちを見て、手を振る。ビルのモニターには、私と由希の並んだ姿が映っている。彼女の過剰な白と、私の完璧な白。正反対だが、一つの光になっている。


「美波さん、明日もここに来ましょう」

「うん」


夕暮れが深まり、街灯が点き始めた。白い顔同士が、静かに並んでいる。「無」の先に、きっと、新しい色が待っている。


**エピローグ:白い手**


公園のベンチに、小学生の女の子が座っている。彼女はまだ顔がある。母親が隣に座り、ビルのモニターを指さした。「見て、美波さんと由希さんだよ。つるんがかっこいいでしょ?」

女の子は少し怖がったように頷く。「でも、顔がないって、どうして怖くないの?」

母親は笑って、女の子の手を取り、自分のつるんたちの手に重ねた。「怖くないのよ。だって、手を繋いでいるから。顔がなくても、心はつながっているの」


モニターの中で、私と由希が手を繋いで歩いている。白い手同士が、柔らかく重なっている。その白さの中に、微かな温もりがある。きっと、それが「白の先」なのだろう。

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