第16話「街が……歌ってるみたいですね……」

「別に俺、みんなに大したことはしてないんだけどな。むしろみんなが俺やギルメンを慕ってくれるからこそ、ギルドが成り立ってるっていうか……ギル民のみんなはさ、手続きさえすりゃ他のギルドに移住したっていいんだぜ? 凄いマスターや魅力的なヤツなんて、他にいっぱい居るしさ。それでもみんなが俺たちを信じて《時の旅団》にいてくれるんだ。だから、感謝しなきゃいけないのは俺の方なんだよ」


 トウヤは独りよがりになることもなければ、ギルド民に威張り散らすこともしていなかった。彼がギルド民を愛し、ギルド民が彼を信じる。その相互の信頼こそが、《時の旅団》の絆なのだと、ミストラルは理解できた気がした。


 自信なさげなトウヤを元気づけるように、ミストラルは明るい声を張って言う。


「そこはトーヤさんらしく、カリスマ性だって言い張らないとですよ!」

「……そうだな」


 頭を掻きながら、トウヤは少し照れたように自嘲気味の笑みを浮かべる。


「本当に良いギルドだと思います。他のギルドがどうなのかは分かりませんけど、これだけは確信持って言えます! みんな血の繋がりはないのに、家族みたいに心が繋がってるんですもん」


 辺りを見渡し、ミストラルは息を飲む。


 どこを見ても新鮮な景色ばかりだ。かつての世界は、ここには欠片もない。


 トウヤや、アンバー、ユチ、そして他のギルドメンバーも皆、きっと良い人ばかりなのだろう。そこには心の通い合いがあり、優しく温かな絆が存在している。


 それは、元の世界でミストラルが切望しながらも、決して手に入れられなかったものだった。


 この地なら、新しい自分に生まれ変われる予感がする。まるで過去の自分が遠くに行ってしまったかのような、晴れやかな気分だ。


 自らを〝ミストラル〟と呼べる、新しい存在になれたのではないかと、錯覚するほどに。


「だろ? 俺もそう思う。だから俺はギルドマスターで居続けて、みんなの笑顔を守りたいんだ」


 トウヤがそう微笑んだ瞬間、突然大きな鐘の音が空から降ってくる。


 教会の結婚式を連想させるような重厚な音に、ミストラルは咄嗟に体をすくませた。


「あわわわ! な、なんですか……?!」


 音が発する方角を見上げると、時計台の針が真上を指し示している。


「大丈夫大丈夫、警報とかじゃないから。毎日正午になると鳴る《時の旅団》の名物なんだ」


 その鐘に呼応するように、街のあちこちから様々な時計が響き合う。まるで時計台に目覚ましをかけられたように、大小様々な時計が一斉に声を上げ始めた。


「街が……歌ってるみたいですね……」


 迫力ある鐘の音、心地よいメロディ、鳩の鳴き声のようなものまで聞こえてくる。あらゆる方向から届く音の重なりが、肌を震わせ、大気全体を揺るがしているようだ。


「あの時計台の鐘が鳴ることで初めて街中の時計が音を出すようになっててさ。まるで街全体が生きてるみたいに鳴く」

「なんか……なんて言ったらいいのか、言葉になりません……素敵です」


 時計台の鐘が振られるたびに、ミストラルの心臓が高鳴る。


 やがて、時の奏でる音楽は終わりを告げ、街は普段の賑わいを取り戻していく。

大通りを行き交う人々は、先ほどの一連の出来事を何ともないことのように受け止め、いつもの買い物に戻っていた。


 しかし、ミストラルの胸の内では、感動の余韻が冷めやらない。


「毎日こうやって、あの時計台が鳴り響くことでギルドのみんなが元気になる、活気づく。あの時計台が示す時間は、この世界の時間の標準になってるんぜ。時計台は俺らの集会所、ギルドのシンボルってだけじゃなくて、ギルドみんなの心の拠り所なんだ」

「まさに時のギルドですねっ」


 トウヤは最後の一口を食らいつくと、芯だけの林檎を道端のゴミ箱に放り込む。立ち上がり、軽く尻を叩いてから、帰路につく準備を始めた。


「さてと、そろそろ戻ろうか。アンバー達も腹空かして待ってる」


 二人は買い物袋を手に取り、再び人混みの中へと歩を進めた。ミストラルはこの街で過ごす日々に、穏やかな期待を抱いていた。トウヤとの出会い、そして《時の旅団》と触れ合えたこと。この偶然の重なりを、彼女は運命と呼ぶべきなのかもしれないと感じていたのだ。


 優しい日差しの中、トウヤとミストラルの姿が、活気溢れる街の喧騒に溶け込んでいく。


 彼らの帰りを、仲間たちが心待ちにしている。


 街を包み込んだ鐘の残響は、まだ彼女の胸の内で、鳴り止みそうになかった。

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