第16話ーエリアルの休暇



中期休暇に入り、エリアルは領地に戻っていた。





戻って数日は、使い切った魔力が戻るまで療養していた。ー毎日のように送られてくるジュナの手紙を読みながら。






《ーエリアル。体調はどうですか?


魔力も戻って、動けるようになったと聞きました。


動けるようになったからと言って、たくさん仕事をせず、充分にお休みもとってくださいね。




私はルナマリアとお茶をしたり、池で遊んだりして過ごしています。今日は一緒に街へ買い物に行く予定です。エリアルも楽しい休暇をお過ごしください。ーーージュナ》






このように心配してもらえるなんて、不謹慎だが目の前で倒れてみるものだな。と思ってしまう。


多少の損失はあったものの。





ー結論から言うと、エリアルは招待状が貰えなかった。


あの日、魔力不足で気を失って、それどころではなくなったからだ。





ジュナと会話する機会もなく、領地に連れ戻された。






「坊っちゃん、旦那さまがお呼びです。」




ノックと共にアドラーが声をかける。






領地に帰って数日。そろそろ呼ばれる頃だと思っていた。




「ああ。分かったよ」






体調はもう万全で、通常運転なのだが、足取り重く父の執務室へ向かった。






















ーーーーーー




「失礼します。エリアルです」




ノックをし部屋に入ると、机で作業していた手を止め、侯爵はこちらを見た。




「久しぶりだな、エリアル。色々と大変だったらしいが」




さすがに侯爵の顔に心配の色が浮かんでいる。






「息子が倒れたと聞いた時は、肝が冷えたよ」




苦笑しながら長椅子へ移動し、正面へエリアルを促した。






「さて、事の顛末は話してくれるのか?」






今回の事件の事は、サイラス以外誰にも詳しく説明していなかった。


というのも、出来なかったのだ。





聖女は初歩的な魔術しか使えないこととなっている。ホーリーランスは高度な魔術だ。魔術を習って間もない聖女が使用したなどと、見ていない者は信じられないだろう。






とはいえ誤魔化しようもないので、エリアルは口を開いた。




「信じていただけるか分かりませんが、聖女のホーリーランスを防いだ結果です」






侯爵は少し目を見開き、長考した。






「·········まぁ、そのくらいじゃないと、お前の魔力切れなど起こらないか」






貴族の中でも、エリアルの魔力量はズバ抜けていた。侯爵も多い方だが、魔力切れなど起こしたことはなかった。自身より強大な魔力を持つ息子が、魔力切れを起こしたとなると、よほどの事が起きたのだろうと察した。






「ホーリーランスとはな。魔術学園で。正気の沙汰ではないな。···なるほど、城からの報告にも頷ける」






「城で何かあったのですか?」






侯爵は短めのため息をついた。




「中期休暇中、聖女は城の別宮で過ごされることとなった。理由は分からないが、エドウィン殿下を頻繁に訪れているそうだ」






「教会が聖女を王太子の妃にしようとしていると聞きました。可能なのですか?」




「皆、不可能だと思っていたのだが、陛下が婚約の保留を承諾した。今の教皇、リヴァイア教皇が強く出ているようだ。どうなるかは分からん」






教皇ーー教会の最大権力者だ。若くして教皇になったリヴァイア教皇は、限られた者しか姿を見たことがなく、謎に包まれた人物だ。






「そうなると、王太子の反応が気になるところですね」





この国の王太子、エドウィン・ド・イゾルテ。




エリアルは数回しか会ったことはないが、聡明な王太子で周囲の期待は厚い。




(エドウィン殿下が聖女に籠絡させられるとは思えないがー···)






あの日、立ち会った聖女の異様さを思い出すと、不安が募る。





険しい表情をする息子を眺め、侯爵はまたため息を吐いた。




「とりあえずこの話はこれ以上進展しようがない。様子見だ。だが、この休暇中に動きがあるかもしれん。情報収集は怠らないようにな」




「はい。承知しております」




暗に、自分の力で状況を見極めろよ。と言われている。エリアルは気を引き締めた。






「それはそうと、ローウェン侯爵とクライス伯爵から感謝の礼状が届いている。」




エリアルは少し驚いた。


失神し、目が覚めてすぐにジュナとルナマリアに手紙を書いた。今回の件は秘密にするようにと。




世迷い言を言っていると見なされ、ルナマリアの状況が不利になるかもしれないと思っての事だった。




その手紙をサイラスに託す際、彼にだけは事の顛末を話した。


どう伝えたのか分からないが、ローウェン侯爵はともかく、クライス伯爵に株を上げてもらえたならばありがたい。






侯爵はニヤリと笑った。




「良かったな?エリアル。クライス伯爵のお前への接し方も少しは緩和するだろう。ジュナ嬢からの手紙も届くようになったらしいな?」






エリアルは怒りが込み上げたが、なんとか喉の所に留めた。




「やはり父上も知っていらしたのですね。おかしいと思っていたのです。クライス伯爵邸からの手紙は置いておいても、こちらからの手紙も届かなかったなどと」




「しょうがあるまい。親友からの頼みだ。それに、障害がある方か燃えるだろう?」




(ぶん殴りたい)




眉がピクピクと痙攣する。エリアルはなんとか口元だけ笑みの形を作り耐えた。






「お話はお済みでしょうか?部屋に戻らせていただきます」






返答を聞かずにドアまで歩く。ふと、気になりエリアルは聞いてみた。




「父上、招待状は届いていませんか?」




「ん?どこからのだ?たくさん届いているぞ」




ニコニコと侯爵は立ち上がる。






「失礼しました。お気になさらず」




全て持って来られたら溜まったものではない。エリアルは早々と立ち去った。








エリアルが退出し、アドラーは侯爵にやれやれと声をかける。




「お人が悪いですね。渡して差し上げればよいのに」




「ははは。私は届いていると伝えたぞ」




侯爵はニヤリと微笑った。






















ーーーーーーーーーーーー




侯爵家の仕事を手伝いながら、数日経った。




王城の聖女の様子も、アドラーを通じて気にかけつつ、闇属性と聖女の関係性を調べている。


だが、気にかかることがあり集中が出来なかった。






「はぁぁぁ」




招待状が、届かない。






クライス伯爵家の使用人によると、伯爵が開くパーティーは明日の夜。


それまでに王都へ着くには、本日中に馬車で向かわなければ間に合わない。




昨日届いたジュナからの手紙にも、招待状は送付されていなかった。




(僕が療養中と聞いて遠慮して送らなかったのか?)






今回のパーティーは、ジュナの誕生パーティーではない。重要なものじゃない。諦めも入り、自分に言い聞かせる。






重要なパーティーではないが、エリアルはどうしても出席したかった。




去年の誕生日パーティーに行かず、ジュナが泣きながら怒っていた事を思い出す。




(動転していた時とはいえ、あれがジュナの本音だったのだろう)






招待状のない催しに参加することは、マナーに反する。




(だから誕生日パーティーも行かなかった。········ジュナがあんなに悲しむとは思っていなかったんだ)





「アドラー、クライス邸から招待状は」




「こちらには届いておりません」




食い気味にアドラーが答える。






「クライス邸のパーティーは明日でしたね?今回は学園の教授も招いておられるそうですね。ジュナ嬢が招待されたとか」






「·····何が言いたい」




ジトリとアドラーを見る。




「いいえ。ただ、娘の連れて来る将来有望な青年を、クライス伯爵はどうなさるのでしょう。娘の婚約者にと····」




「アドラー」




みなまで聞きたくないエリアルは音を立てて椅子から立ち上がった。






「礼服を用意してくれ。今夜王都へ向かう」






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