#1 【しごできメイド、本領発揮する】

ミラから専属メイドの仕事に関する引継ぎを受けるユウ。

これまでの雑用は多少減るが、その代わりにより高度な業務を任されることになりそうだ。


正直、不安だ。



「入って半年で専属メイドなんて大変だと思うけど……大丈夫?」

「が、がんばります!がんばらせてください!」



ユウも他のメイドと同じで、ここを摘まみだされたら行く宛がない。

なにか「大やらかし」でもすれば即刻、暇を出されるだろうが、任されることになってしまった以上、逃げることはできない。

つまりは全力でやるしかないのだ。



「それから……、一番大事な話。」

「はい!」

「ヨウラ様、機嫌が良くても悪くてもすぐメイドに手を付ける人で有名なのは知ってるわよね?」

「……?はい?」

「きっとユウが次のターゲットよ。あの変態当主、じゃなくてヨウラ様、裏の顔は『悪魔』で有名なのよ。私、ユウが心配で心配でたまらなくて…」

「はい?」

「……わかんないのに返事してるでしょ」

「はい!返事してます!……、じゃない!ごめんなさい!」



ミラはニナが出て行ったときに似た溜息を吐く。

「順番に説明してあげるからよくお聞きなさい」と前置きし、ヨウラの裏の顔について説明する。

純粋無垢なユウを穢すような気分になるが、何も知らぬまま行かせるよりは幾分マシだろう、と決意する。



「……つまりは、若い手ごろなメイドに変なことして遊んでやろうって考えの人ってこと。あの人懐っこい笑顔は完全に外向きの顔で、自分より立場が弱い相手には容赦ない人なのよ。ストレス発散がてら、全部丸ごと食ってやろうっていうのが見え見えなの」

「えぇっと……、具体的にどのような………?」

「えぇ?ここまで話してわからないの?」



仕事はできるのに、なんでこの子こういう話にはこんなに鈍いのかしら、とミラ。余計に心配になってくる。

ユウのような真面目で、この世の汚い話なんて知らなそうな雰囲気の子には、こんな下卑た話はなかなか発生しないものなのだろうか。


そう思いながらミラは最終手段に出る。

周囲をちらり、と確認してから「ちょっと耳貸して」とひそひそとユウに何か話す。



「だからね、要するに夜の-、」



途端に、ユウの顔が「ぼっ」と火が付いたように真っ赤になる。


あっ、あ、あーーー。そういう。そういう感じなんですね。

はいはいはい。理解しました。ようやく。

でもそれ、ほんとなんですか。



「……、え、っ!?え、えぇぇぇえ!?」

「ようやくわかった?そういう人なのよ、あの人は」

「そ、そんなこともお仕事に入るんですか!?」

「仕事……、じゃないけど、この屋敷では専属メイドになった者への洗礼かもしれない。今朝出て行ったニナもその犠牲者。最低なことだけれどね」

「え、えっと、あの……!」



「えっちなことはさすがにだめじゃないでしょうか!!!!!!!」

「大きい声出すんじゃありません!!!!!」



――



その晩、ユウはヨウラの私室に呼び出され、専属メイドとしての初仕事をこなすこととなる。


ヨウラの私室は、貴族の長男という彼の立場をそのまま反映したかのように豪奢である。

執務室の机の後ろの壁には、手入れされた剣が掛けられ、机の上は山のような手紙や契約書の数々、さらに領土内の詳細な地図が置かれている。


ちょっとしたインテリア、くらいの雰囲気で置かれている調度品も一体いくらするようなものなのか、ユウにはわからないくらいの高貴なオーラを放っている。

きっと自分がこのお屋敷で何年、いや何十年働いたとしても、隣にあるこの壷の価値には敵わないのだろう、ということしかわからない。


そんな中に呼び出されたユウはまるで、ヨウラの調度品の仲間入りをしたような、光栄でいて、それでも恐怖が勝つような、変な気分になる。



「ユリエル……、ユウって呼んでいい?」

「は、はい……。ヨウラ様の呼びやすいように、お呼びいただければ……!」



ヨウラはまだ「表の顔」の雰囲気を残しつつ、裏の「悪魔」をチラつかせ始めている。

燭台の明かりだけで妙に薄暗い部屋。

仕事を言いつける雰囲気ではない。

もう完全に「あれ」である。「あれ」ったら「あれ」なのだ。


ユウはミラに聞いた情報をもう一度脳内で整理し、どうか失敗して追い出されることにだけはならないように、と体を震わせる。



「まあまあ、そんな緊張すんなって!相手俺なんだしさ」



だからなんですけど、なんて本音は口が裂けても言えない。

ヨウラはそっとユウとの距離を詰めながら、さらに「そういう雰囲気」を纏い始める。

あ、これミラ様が言ってたやつ、とユウは固まってしまう。



「じゃあ、夜も更けてきたことだし?ユウに初仕事してもらっちゃおうかなー?」

「お、お仕事でしたら、がんばります!」

「おぉ、いいねぇ。頑張り屋の子、俺好きだよー」



自然な動きでユウの肩を抱くヨウラ。

ユウの白い肌が燭台の明かりでほんのり赤く染まるのが、また艶やかである。


顔も悪くない。この無垢な感じ、むしろ自分の好み。

いやこれもう最高のメイドさんでしょ。


、と既に優勝した気分である。

完全にユウの反応を楽しんでいる。



「今日も商談でさー。結構相手がめんどくさいジジイだったんだけど、俺の力でうまいこと丸め込んでやったわけ」

「そう、なんですね。すごい……!」

「はは、なんかユウにそう言われんの嬉しいなぁ」



ヨウラは気を良くしたのか、さらにユウと密着し、顎に指をかけて顔を上げさせる。

流れるようなモテ男の仕草に、ユウはあわあわするばかりだ。



「そういうわけで、ちょーーーー疲れてんの俺」

「なるほど……!」

「だからさ、かわいいメイドのユウちゃんにご奉仕してほしいんだけど」

「あ、あ、あの……!ど、どのような……!?」



あら、この子ほんとにかわいい。


ヨウラのイタズラ心が疼きだす。



「ユウが思ったようにでいいよー?なにしてくれちゃうの?」



こういうタイプの子にはこういうアプローチが最高に効くのだ。

意地悪な指示の仕方をしてやった。はずだった。


「ユウが思ったようにでいい」という言葉に、ぱっ、とユウの表情が明るくなる。

目の奥が鮮やかな光を一瞬だけ帯びたような、不思議な感覚に一瞬だけ陥る。



「私が思ったようにでいいんですか?」

「え?うん」

「そしたらニ、三お伺いしたいのですが!」

「え、なになに」



ここからのユウは、早い。そして、強い。



「現在お酒は飲まれてますか?」

「今夜はまだだよ。これから飲むつもりしてたけど」



「お怪我されてたり、過去に大きな病気をされたり等は?」

「しないけど、」



「お肌、かぶれたりしやすかったりは?」

「あー…、季節によっては…時々?」



「あとは、妊娠の可能性って」

「したらびっくりだよ」



「あとそれからですね、」

「まだあるの!?」





あれよあれよという間にユウのペースに呑まれ、気付けばヨウラは腰にタオルをかけただけの姿でベッドにうつぶせに寝ていた。


遠い国の言葉で「まな板の上の鯉」というのを聞いたことがあるが、完全に今の自分はそれだった。

その隣ではユウがニコニコと香油瓶を持って準備している。


香油瓶を持ったユウは嬉しそうに「ミカエラさんが、水仕事が多いと手が荒れちゃうからってくださったんです!これがとっても良くて!」と嬉しそうに話していた。


つーかそれウチが輸出してる薬草が入ってるやつじゃん。いいに決まってるんだわ。


ってそうじゃなくて。



「……あのさー、」

「はい?」

「もしかしなくても場所、逆じゃない?」

「え?そうですか?」



ヨウラのツッコミに反して、ユウはキョトンとしている。


なんだこの子。ほんとに。



「一般的にはだいたいこうじゃないかと思うんですが……」

「あ、もしかして流派が違う的な?」

「?そう、だと思います?」



あ、この子わかってないのに返事したな、と思いつつもヨウラは現状を整理する。


夜で、しかもベッドの上なのに、珍しく自分の下に誰もいない。

むしろ、いつもと男女が逆のポジション。

相手は多分おそらく純粋無垢な天然メイド。

他のメイドと同じところは、従順で自分に逆らったりする様子をまるで感じないところ。

では逆になにが違うのか。



わかった。この子、計算高いタイプだ。


なーんだ、そういうやつね。

理解理解。



そう考えるとこの状況に、意外にも乗り気なユウがだんだん面白く感じてくる。

初心なのは仮面で、それなりに経験のある女だったか。


いいだろう。ちょうど受け身なだけの女にも飽きてきていたところだ。

ならこっちも最初だけお前に付き合ってやるよ、と一旦身を任せてみることにする。



「では……始めさせていただきます」



ユウの声色が少しだけ変わる。

しっとりとした、相手を落ち着けるような雰囲気の声色だ。



「お、おう」



一瞬だけ呑まれそうになったが、いや主導権は自分にあるだろ、とヨウラは気をしっかり持つ。


持った。ちゃんと。男の子だもん。


そのつもりだった。





「ヨウラ様、力加減如何ですか?」

「めえぇぇ……っちゃくちゃ気持ちいい……」

「ありがとうございます!このまま続けますね!」



ヨウラの背中の凝った何かを溶かすように解すように、ユウの繊細な手が絶妙な力加減で駆け巡っている。

あまりにもレベルの高すぎるガチのマッサージが始まっていた。


仕事の付き合いで「そういうお店」に行ったことはある。

「そういうお店」で「そういう雰囲気への導入」として似たような施術を受けたこともある。

あれはあれで、まあ、うん、よかった。めちゃくちゃえっちだった。

いや、そうじゃなくて。


あれはあくまでそれはまがい物の「お触り重視のやつ」である。こんなに洗練されたものではない。

ユウの手技はあまりにも優れていた。いや、優れすぎていた。


五指それぞれ全てに意思があるのかと思うほどに、ヨウラの凝りを捉えて逃がさない。

ありあとあらゆるダメな部分を正してくれるような、でも痛みはなくて、どこか包むように優しい。


ここまでのレベルの手腕を持つ人間に出会ったことがないヨウラはただただ暖かな癒しを享受することしかできなくなっている。


まってまってまってやばいってこれ。

なんで、なんでこんなに……!



「あ、ヨウラ様、息止めないほうがいいです。苦しくなっちゃいます。」

「ひぃん」



やだ、ちょっと変な声出た。



「私と呼吸合わせましょうか。ゆっくり吸っていただいてー、」



すぅ。



「そうですそうです。そしたらゆっくり吐いてください」



はぁ。



「ありがとうございます、ヨウラ様。そのままゆっくり続けて頂いていいですか?」

「…ふぁぃ」



ちょっとまって。

なんだこの展開。主導権は自分にあったはずじゃないか。どこ行った。

しかし、もう、抗えない。



「全体的に張りが強め……。とくに背中……、どこかに本尊が……、」



ユウが何か言っているが、もうヨウラにはほぼ聞こえていない。

今にも寝落ちしそうになっているのだ。


女の子に調子よく「今夜は寝かさないゾ☆」とか普段言ってる自分が。女の子と二人の環境で。寝落ち寸前。

まさに天変地異が如きことである。



「あ、っ……まって、なに、そこ……!」



ユウが肩甲骨の内側、自力では手の届かない位置にピンポイントで圧をかける。

ずーん、と重い感覚で、ちょっと痛い。が、気持ちいいのが勝っている。

これまでのヨウラは知らない感覚だ。



「やっと見つけました。ここにあったんですね」

「え、っ、えぇ?」

「ヨウラ様の本当にお辛いところです。書き物多いですし、しんどくなっちゃいますよね。ちょっとだけ痛いかもしれないんですが、続けてもいいですか?」

「おねがいー……」



ユウの言う「お辛いところ」はその名の通りの状態のようで、ユウの指が行き来する度にゴリゴリした感覚があるのがわかる。もしも「ここに石が入ってます。取らないと死にます。」なんて言われたら信じてしまいそうなくらいだ。


ぐぐっ、とユウの体重を乗せた指が背中に沈んでいく。

華奢な子なのに結構な力が入っているように感じる。

でも、しんどくない。むしろ、心地いい。



「どうでしょうか?痛すぎたりとか……」

「しないよぉ……。むしろもっとやってて……」

「ありがとうございます!もちろんです!」



だめだ、もう寝るなという方が無理だ。むしろ寝ないのが失礼な気すらしてくる。


これ最後どうなるんだろ。

こんなに誰かが労わってくれたこと、あったっけ?


そう思いながらヨウラの意識はゆっくり落ちていく。


若すぎる年齢で両親を亡くし、家のすべてを背負うことになったヨウラ。

ずっと、長男だから、弟も家も全部守らなきゃ、と必死にやってきていた。

適当にメイドや交易で出会う女の子をひっかけて遊んで、満たされたつもりでいた。

でも、本当はそういうことじゃない。

もう限界だったんだ、と眠りの中で気付かされる。


こんなに人に甘えたのっていつぶりだったっけ。

子供のころに母さんが死んでから、ずっとこんなことなかった気がする。

……あったかい。


彼が一筋の涙を流したことは、誰も見ていない。



――



「……あれ、ヨウラ様?」



ヨウラはぐっすり寝入っていた。

普段は見せない、ちょっとだけ子供っぽい表情で眠る彼に、ユウはもはや戸惑いすら感じている。



「ミラ様が話されてたのと違う……?」



はて。

これでいいんですか、ミラ様、……?

ミカエラさん、希望を捨てるな、とは。


ある意味「思ってたんと違う」状況に困惑しつつも、なにも無理に起こすことはないか、とユウはヨウラが冷えないようにそっと布団をかける。



「お疲れだったんですね、ヨウラ様。」



朝までゆっくり眠れたらいいな。


そう思いながら、ユウは音を立てないように片付けをし、部屋を去った。


ヨウラは久しぶりに寝酒も必要なく、朝まで目覚めることなく、深く眠った。

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