第5話

 昼休み、俺はいつものように人気のない渡り廊下にいた。

 ここは日当たりも良くて、人も来ない“推しカプ観察ポイント”の一つだ。


(……でも、もう“推しカプ”は解散したんだよな)


 俺の胸にぽっかりと空いた穴。

 推し活の柱を失ったオタクは、まるで方向性を失ったコンパスのように、目的を見失っていた。


「――ちょっと、アンタ」


 不意に背後から声をかけられる。

 軽やかなスニーカーの足音と共に現れたのは、明るい髪にピアス、爪先までバチバチにキメたギャル――星野みらいだった。


「な、なに? 星野さん……?」


「ちょっと、話あるんだけど」


 みらいは俺のスマホをチラッと見たあと、不敵な笑みを浮かべた。


「“@hoshikano_respect”ってアカウント、アンタでしょ?」


(!?!?!?!?)


 ガチで血の気が引いた。

 よりによって、俺の裏アカ――推しカプ観察専用アカウントを……!?


「……え、な、なんでそれを……」


「やっぱアンタじゃん!笑」


 パァッと笑うみらい。

 どうやら怒ってる様子では、ない……?


「なんかさ、あのアカウント、めっちゃ観察力あって笑えるし、

 姫坂と一ノ瀬くんの関係とか、ちょいちょい当ててて……正直、参考にしてたんだよね」


「さ、参考に……?」


「だってウチも……あの二人、ガチ推しだったから!」


(お仲間だったーーー!!!)


 まさかの、同志登場。


「あ、ちなみに、私の裏アカこれね。

“@gal_ushikano_toutoi”ってやつ」


(完全にオタ垢だった……!)


「で、さ」


 みらいは俺の隣にぴたっと座り、スマホ画面を見せてくる。


「これ、見てほしいんだけど――ほのか、蓮くんともう付き合ってないっぽくない?」


「……っ!」


「いや、観察してたでしょ?アンタも。

 最近の距離感、おかしいよね?」


(……全部、バレてる……!)


「で、実は昨日……ほのかが蓮くんに言ってたの、偶然聞いちゃったの。

“もう、限界かも”って」


 それはまさに、俺が図書室で聞いた会話そのものだった。


(星野みらい……この人、只者じゃない)


「でもさ、そうなってくると――」


 みらいは、ニヤッと笑う。


「ウチらの“推しカプ”……崩壊したってことじゃん?」


「……うん。俺も、それ聞いてた」


「え、マジ? え、いつ!? やば、尊い……!」


 テンションが爆上がりしてるみらいに、なんだか救われた気がした。


「それでさ――思ったんだけど」


 急に真顔になるみらい。

 目がすごく真剣で、ドキッとした。


「アンタ……ほのかのこと、好きになってない?」


「え……えええっ!? ち、違うよ!? 好きとかじゃ……!」


「そーお? ウチにはそう見えたけどなー?」


「そ、そんなことないよ、たぶん、きっと、おそらく……いや……わかんない……」


「ふふ、素直じゃん」


 そう言って、彼女は俺の肩をぽんと叩いた。


「じゃあさ、これからも一緒に見守ろ? ウチらの“元”推しカプの行方」


「えっ……」


「でもって、あんた自身の恋もさ――観察してあげるよ。ウチが」


 ニヤッと笑うみらいの横顔は、まるで俺自身が“推し”にされてるみたいだった。


(なにこの流れ……俺、完全にギャルにロックオンされてない!?)


 その日の夕方。


 俺のスマホに通知が届いた。


《@gal_ushikano_toutoiさんがあなたをフォローしました》


 添えられていたDMの内容は、こうだった。


 これからも観察させてもらうから、よろしくね💋


 俺の“モブ生活”、完全に崩壊したことを、このとき俺はようやく理解した。


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