12-香りは広がり、混ざり合う

 週末、誠人と翼、あさひは一軒の家を見上げて、揃ってぽかんと口を開けた。

 高いフェンスに囲まれた広い敷地。コの字型の建物はガラス張りの窓が庭に向かってキラリと太陽光を反射している。

 その中央には煉瓦の一本道。左右の庭には芝生がキレイに敷き詰められていて、カフェのテラス席のようにテーブルが並んでいる。

 その一画には、誰が使うのか、ハンモックが掛かっていた。

「美咲さん、ご家族はイギリスにいるって言ってたけど……」


 どう見ても、一人暮らしの家ではない。

 日本にある実家ということだろうか。

 それにしたって、豪華だ。豪邸というやつだ。


「あれ。インターフォンが……」

 あさひが指差す先にあったのは、オートロックマンションにあるような、ボタン式のインターフォンだ。

「ここって、つまりマンションなのか?」

 呟きながら、住所を確認しようと誠人はスマホを取り出し、

「電話したほうが早いか」

 そのまま通話ボタンを押した。


 美咲が電話に出て、二言三言交わしたときだった。

「翼くん、いらっしゃ~い!」

 芽衣が高いふわふわとした声をあげて駆けてきた。


 「シェアハウス?」

 誠人たちが到着したら、住人たちがわらわらと出てきて、庭に料理やお菓子、ドリンクを並べていった。

「そうよ~。国際交流シェアハウス」

 あさひや翼と挨拶を交わした美咲も軽く答えながら、テキパキとテーブルセッティングを進めていく。


 言葉どおり、住人の国籍も人種もバラバラで、オーバーアクションに、大きな声。

 日本語以外の言語がBGMのように飛び交っている。まるで海外映画の中に入り込んだようだ。

 それと同時に、フローラル系、ハーブ系、ウッディ系、スパイス系……いろいろな香りがあちこちから漂ってくる。

 混ざり合うと不快なはずなのに、どこか、浮遊感に見舞われて心地よささえ覚えた。


「日本、イギリス、韓国、台湾、中国、インド、マレーシア、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ベルギー、フランス……」

 美咲が指折り数えていると、

「おい。ドイツを忘れないでくれよ」

 肩幅が広く、鼻梁の高い金髪の男性が、折り畳みのテーブルを開きながら言った。

「ごめんごめん。忘れてないって。多いからわからなくなっちゃうだけ」


 (それって、忘れてると何が違うんだろう……)


「メイ~。これも出しちゃおうか~」

「はぁい!」

 呆気に取られて、美咲の側で肩を寄せ合う誠人たちと違い、ここ数日で慣れたのか、芽衣は住人たちに混ざってキャイキャイと動き回っていた。


「さ。あなたたちも、適当にドリンク持って」

 美咲に促されるが、誠人たちは顔を見合わせてしまう。

「も~、日本人ってほんっとシャイなんだから。

 奥ゆかしいのも時と場合によりけりよ」

「美咲さんだって日本人じゃないですか」

「まあね」


 ふいに、住人たちのあいだにさざ波のようなざわめきが走った。

 玄関のほうから、一人ずつ窓辺に身を寄せ始め、庭の中央に一本の道を作った。

「おや。皆さん、お揃いですか」

 聞き慣れたテノールボイスが、そこから響いてくる。


 天から降り注ぐ日差しをその体いっぱいに受けて、ローズオットー級の美形が微笑み、目が眩むほどの燐光を放った。

 まるで、庭園に咲き誇る満開の薔薇のように……。


「……太陽の下だと、破壊力が半端ない」

「ほんっと、忍ちゃんってば、もったいないくらい美形よね」

「ミミ! アレ誰? ミミのボーイフレンド?」

 黒髪ロングヘアの、おそらくアジア人が、黄色い声をあげて美咲の肩にしなだれかかる。


 (美形は国境を超えるって、ほんとだなぁ……)


「あれ。原先生……」

 翼がポツリと呟いた。釣られて、誠人も見やった。視線の先では、三十代半ばと思しき男性が芽衣と何やら談笑している。

「知り合い?」

「母さんの、入院先の先生」

「え……」

 視線に気づいたのか、原は大きく手を掲げて見せた。翼は慌ててぺこりと頭を下げ、小走りに近づいて行った。


「ドクター原は、佐々木総合病院の医師なのよ」

 美咲が誠人とあさひに耳打ちすると、二人は驚いて振り返った。

「ついでに言うと、佐々木総合病院はうちの会社の取引先でもあるの」

 そういえば、美咲の名刺には製薬の記載もあった。

「あぁ、それで……」

 先日、忍が美咲に「佐々木総合病院について調べてほしい」と依頼した件を思い出して合点がいった。

 伝手があると知っていたのだろう。


「あの、それで何かわかりましたか?」

「ハァ~君ってそういうところ、味気ないわね~」

 美咲は大げさに首を振る。

Detectiveたんていは君なんでしょう。推理のない回答なんて、面白い?」

「いや、面白いとかの話じゃなくて。

 ていうか、俺は探偵でもない、普通の会社員です!」

 誠人がツッコむと、隣でぷっとあさひが吹き出した。


 萎縮する誠人に気を遣って大人しくしていたようだが、あさひの頬はオレンジ色に染まり、瞳はワクワクと輝いている。

「なんか、いいですね。こういうの」

「……うん、まあ」

 誠人も横に並んで、視線を合わせる。


 明るい昼下がりに、一つの庭にいろんな人がいて、みんな伸び伸びしていて。急に迷い込んでしまった世界だけど、悪くないかもしれない。


 黙って寄り添い合う二人に、美咲はニンマリと口角を上げて、がっしと肩に抱きついた。

「うわぁ」

「キャッ」

「さぁ~乾杯しましょう!」

 美咲は大きく声を張る。

 だが、住人たちは既に勝手に食べ始めていた。

 グラスを片手に、ゲストの誠人たちにわらわらと寄ってきては、誰もが流暢な日本語で話しかけていく。

 宴もたけなわと盛り上がりを見せたところで、女性たちに囲まれていた忍はそれを撒くと、誠人と美咲を庭の片隅に連れて行った。

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