第16話 フレディの過去②

 フレディの母が亡くなったのは彼が15歳の時だった。


 幼い頃から婚約者と仲睦まじかった姉のレイラの花嫁姿を楽しみにしていたのに、それは叶わなかった。


 フレディは魔力量の高さから将来を有望視されており、ローレン公爵家も安泰だと言われていた。


 父が再婚相手であるどこぞの令嬢を連れてきたのは母が亡くなってまだ一年の頃だった。


 姉もライアンに嫁ぎ、寂しくなった家に新しい義母がやって来たことは父にとっても良いのだろう、とフレディは思った。


 自身ももうすぐ魔術学院に通うし、父を支えられるように義母と助け合っていこうとさえ思っていた。


 しかし、その日は突然やって来た。


 仕事で父の帰りが遅いその日、使用人たちも寝静まり返った頃、義母が自分の部屋へとやって来たのだ。


 魔術学院に向けて毎日予習をしていたフレディは、その日の夜も起きて机に向かっていた。


 ナイトドレス姿で現れた義母にどうしたのかと心配を向けた。


「……義母上……? どうされたのですか?」


 義母は父と十五も離れていたが、若い令嬢が後妻として地位の高い貴族の家に嫁ぐことは珍しくなかった。


 俯いて後ろ手で部屋の扉を締めた義母にフレディは近付いた。


 近付いたフレディの身体を義母はベッドに押し倒すと、無理やりキスをしてきた。


「――っ! 義母上、何を!?」


 驚いて見上げた義母は、女の顔をしてこちらを見ていた。


「ああ……やっぱり、若い方がいいわ。王家特有の金色の髪は艶があって綺麗だし、その精悍な整った顔……」


 ふふふ、と妖しく笑う義母は、魔物のように恐ろしく感じた。


「ねえ、二人だけの秘密……。これからもっと良い事、しましょう?」

「やめろ!」


 笑顔を歪ませ、フレディの身体をベッドに押し付ける義母に、フレディはゾクリと恐怖を覚えた。


「私が良い事、いっぱい教えてあげるわ」


 義母はするりと肌を露にし、フレディの服にも手をかけた。


「義母上、やめてくれ……っ……」


 フレディの声は届かず、義母は身体を倒し、フレディの耳をべろりと舐めた。


「ああ、若いイケメンって良いわね」

「ひっ……」


 化け物のようなその女は、もはや母と呼べる物では無かった。


「公爵家ってだけであんな歳の離れた男に嫁がせられて、人生終わったと思ったけど、息子がこんなにイケメンなんて。私ってばツイてるわあ」


 義母は訳の分からないことを嬉しそうに呟くと、フレディの頬に手を置く。


「やめろ……」

「あなたはこの秘密を誰にも言えない。せっかくだから、楽しみましょう?」


 フレディの言葉は届かず、再び義母にキスされそうになる。


「やめろ――――――っ!!!!」


 瞬間、フレディの強い魔力が暴走した。


 それからのことはあまり覚えていない。


 屋敷を半壊させたが、義母は無事だった。


 義母はフレディに迫られたと父に泣いて説明した。そして思い通りにならず、魔力を暴走させた、ということになっていた。


 勘当され、牢屋送りになりそうだった所を助けてくれたのが、姉のレイラと義兄のライアンだった。


 魔術学院の寮に住めるように手続きしてくれ、ライアンが後ろ盾になってくれた。


 元々魔力量の高いフレディは、魔術学院でその制御も学び、その力を発揮していった。


 首席で卒業する頃には魔法省への入省も決まり、トントン拍子に局長まで上り詰めた。


 そして父と義母は領地での流行病であっさりと他界した。


「息子である俺に譲爵されることになったが、後は知っての通りだ……」


 気の済むまで口付けをしたフレディは、アリアと寝室に場所を移した。


 様子のおかしいフレディに、アリアはちらちらと窺いながらも、理由を聞けずにいた。


 そんなアリアに気付いたフレディは、ぽつり、ぽつりと過去を話し出したのだった。


「あれから、他人……特に女に触るのが気持ち悪くなってしまったんだ……」

「そうだったんですか……」


 壮絶なフレディの過去に、アリアは何て声をかけて良いのかわからなかった。


「魔法省に入ってからは、周りが煩くて……中には強引に迫る令嬢もいた。王女にも何度も誘われて……」


 辛そうに話すフレディに思わず手を差し伸べたアリアは、ハッとして手を引っ込める。


「そんな時、君が助けてくれた」


 引っ込めようとした手をフレディが掴み、真剣な顔で見つめる。


「え――?」


 まったく覚えのないことにアリアはキョトンとした。


「……王女に迫られて逃げた先の庭で、俺は吐きそうになっていたんだ。覚えてない?」


 悲しそうに微笑むフレディに、アリアは言いようのない感情が胸を掴む。


「すみ……ません……」


 謝るアリアに、フレディは「そうか」と笑ってみせた。


「介抱しようとしてくれたアリアに、俺は酷いことを言って、突き放した。でも君は、そんな俺を見離しはしなかった」


 眩しそうにアリアを見つめて過去を語るフレディ。


(私、何でそんな大切なことを覚えてないの……?)


 痛む心に問いかけるも、アリアには覚えがない。


「それから君とはたまにあの庭園で会っていたんだよ」

「え?」

「あの、魔法省の塔の下の庭園、あそこを君が手入れしていたんだ」

「………………」


 フレディの言葉にピンと来ない。


(きっと王女殿下付きだった頃だと思うのだけど……)


 フレディの言うことが正しいならば、それらを全部覚えていないのはおかしい。


 必死に記憶を辿ろうとするアリア。


「――――っ!」

「アリア!?」


 頭を押さえて倒れ込むアリアをフレディが反射的に支えた。


「大丈夫か?」

「はい……」


 ズキズキとする頭を押さえながら、アリアはフレディを見る。


「だから、俺は君にだけは触れられるんだよ」

「――――っ」


 突如甘い顔をしたフレディに、パッと顔を逸らしてしまう。


「薬の効果じゃないよ?」

「!!!!」

「アリアだからだよ?」


 顔が赤くなるのを止められないのに、フレディの甘い言葉も止まらない。


「わかった?」

「わ、わかりました!!」


 念を押すフレディの言葉に勢い余って返事をしてしまう。


 フレディはアリアの返事を聞くと、満足そうに笑った。


(え? え? え!?)


 まだ混乱するアリアに、フレディは笑みを深めて言った。


「アリア、愛しているよ」


(え、演技――――!!!!)


 アリアが昔、フレディを助けたことは覚えていないが、わかった。それでもこれは依頼された「仕事」だ。


 そう思うと、アリアの心は痛んだ。

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