第7話 それでも、好きだった

「……で、結局その人とは、どうなったの?」


麻里のその問いかけに、私はグラスを持つ手を止めた。


土曜の夜。駅前の居酒屋は、週末らしくざわめきに包まれていた。


外は初夏の風が通り抜けていて、開け放たれた窓から、どこか懐かしい焼き鳥の匂いと夕立の残り香が入り込んでくる。


厨房からはジュウジュウと焼き物の音が聞こえ、店員が元気な声で注文を繰り返す。

私たちは壁際のカウンターに並んで座り、二杯目のハイボールを口にしていた。


「どうって……一度だけ、うちに行ったの」


「え? それって、つまり……したってこと?」


私は顔を伏せ、こくんと頷いた。


「うわ、凛花がそこまで積極的になるなんて……麻里、ちょっと感動」


麻里は口を手で覆って、ふざけたように笑う。

でも、すぐにその表情が少しだけ真剣になる。


「……で? そのあと、何か言ってた? その人」


「転勤で、半年前くらいにこっちに引っ越してきたって」


麻里はグラスを置いて、こちらに体を向ける。


「それって、さ……単身赴任ってことじゃない?」


私は無言で頷いた。


「前に、そう言ってた気がする。最初に会った頃に、ぽろっと」


テーブルの上の小皿に、注文した唐揚げが運ばれてきた。

外は少し蒸し暑く、冷えたグラスの水滴がテーブルに輪をつくっていく。

でも、箸を伸ばす気にはなれなかった。


「うーん……それ、やっぱり奥さんいる可能性、高いと思うよ」


麻里の言葉に、胸がざわつく。

分かってた。うすうす、感じてた。


「……それが分かってて、まだ好きなの?」


私は何も言えずに、ただグラスを見つめていた。

炭酸が弾ける音が、やけに大きく感じる。


「せめて、もう一度だけでも会いたい」


ぽつりと呟いた言葉は、まるで自分でも驚くほど素直だった。


麻里は黙って、私の顔を見つめていた。


「心も、体も……まだ彼のことを、求めてるの」


グラスの氷が、カランと音を立てた。


(ほんとはもう終わってるって、わかってる。

でも、心のどこかが、まだあの夜に縋ってる)


夜の喧騒の中で、私の中にある“答えの出せない想い”だけが、静かに残っていた。


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