第2話 宮沢が消えた!
「オヤジ! オヤジはいますか?!」
よく見ると駆け込んできたのは編集部員の
岩見は怪訝そうな顔をして答える。
「なにを騒いでんだ! 貴様は!」
「お、オヤジ、オヤジ……どうしましょう、ライターの宮沢が…み、宮沢さんが…」
若井は声も手足も嘘のようにガタガタと震わせながら、岩見に必死になって何かを訴えようとしている。
(宮沢さんが、どうしたって?)
護川は軽く眉根を寄せて若井を見る。
宮沢は若井の取材に同行したライターだ。護川や若井の担当する怪異事件に関しては、一級品の人脈とノウハウをもつ大ベテラン。フリーのライターながらも、週刊ファーストにとってはいなくてはならない存在だ。
だが、その宮沢の姿はここにはない。どうしてだ。不吉な予感がよぎり、心がざわつくのを感じた。
オヤジもそれを察してのか、グッと厳しい顔つきになる。
「…いいか、落ち着いて話せ。宮沢が、どうした? お前と一緒にY県の集団不審死の取材に行ったんじゃないのか?」
はい、とうなずいて、若井は吐き出すように震える声で答えた。
「Y県で、宮沢さんが…、いなくなってしまったんです。どこにもいないんです」
護川と竹原がハッとして目を合わせる。
「そんなんじゃ、わからん! いいか、洗いざらい話せっ! 宮沢が行方不明になったんだなっ? お前の目の前でか? 攫われたのか、殺されたのか?!」
若井は、もはや観念するしかないという表情で答える。
「違うんです、お、俺は…俺は、現場に行っていないんです。宮沢さんだけが先に行って、後から行こうとして…」
(まさか!)
今度は護川の頭にカッと血がのぼり、若井の胸ぐらをつかみあげる。
「 若井さん、てめえ、まさかライターだけ現場に向かわせたっていうのかっ?」
護川が怒声を浴びせると、若井は青い顔をさらに青白くした。だが、気丈にも口を真一文字に結び、護川をにらみつける。貴様のような後輩ふぜいに指図される筋合いはない、と顔に書いてあるようだ。
若井は英論堂の社員としては護川の2年先輩にあたる。だが、学生時代から週刊ファーストでライター業に取り組んできた護川の方が経験値が上な分、上下関係はやや歪であり、それゆえに目の敵にされることもしばしばであった。
こんな時でもプライドを守ろうとする姿に無性に腹が立ち、護川も負けじと睨み返す。
──週刊誌の編集者は猟犬と同じだ。互いに群れず、狙った
だが、勝手に一触即発の状態になった護川と若井を見て、黙っている岩見ではない。案の定、岩見にどやしつけられる。
「やめんか、護川ァ!」
「だけど、オヤジっ…こいつはまた…同じあやまちを…」
悔しさや怒り、焦りで声がかすれる。宮沢は護川が一番世話になっているライターだった。
冷静さを欠こうとする護川の頭を、竹原が丸めた紙束でバシッとぶったたく。いつの間に、近くに寄ってきていたのか。突然頭に降ってきた結構な質量に思わずうめき声が出た。
「…護川、立場をわきまえろ。オヤジに口答えする権利はないだろう?」
竹原が地を這うような声で囁いてくる。竹原は岩見とは逆で、いつもは飄々としているぶん、怒った時はこの編集部の誰よりも恐ろしかった。
だが、今はそんな恐怖よりも若井への怒りの方がはるかに上回っている。
「だけど! 宮沢さんに何かあったら…」
なおも言い募ろうとすると、今度は容赦ない蹴りが背中に入れられた。あまりの衝撃と痛みに息が止まりそうになる。若井ともども地面に吹っ飛ばされると、竹原の怒声が編集部に響き渡る。
「黙れって言ってんのがわからんのか! 宮沢いなくなってんのに、ガキのケンカ続ける暇がどこにあるっていうんだ、あァ?!」
竹原の怒りぶりに、先ほどからチラチラとこちらの様子を伺っていた編集部員たちが凍りつく。
護川はクソっと吐き捨てて、痛む背中を押さえて無理矢理立ち上がる。蹴飛ばされたからといって、若井と折り重なったままでいるのなんてごめんだ。背中の蹴りが腹に回って吐き気がする。カレーライスが胃から飛び出さなくて本当によかった。
若井の方は竹原の蹴りと護川の体重をモロに受けて、まだ地面でうめいていた。
(勝った)
ふん、と鼻息を飛ばす。
岩見が「お前が暴力ふるってどうするんだ…」という顔で竹原を見やる。
だが、軽くため息をついて諦めたように号令をかけた。
「よし、手が空いているものは七番会議室に集合! 宮沢の捜索だ! 竹原は入稿の統括で編集部に残れ! 終わったら七番に来いっ! 全員、移動だ、動けっ!」
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