第2話 友達のフタナリ


「月斗、美咲先生に怒られてたけど大丈夫?」

 

第一声は二成 歩(フタナリ アユム)からだった。

クリクリした大きい目がパチパチと瞬きを繰り返してこちらを見る。


「全然平気」

「サボタージュだ」

「さぼ、さぼさーじゅ?」

「サボタージュだよ、サボタージュ」

俺の返しがツボに入ったのか、アハハッ…と吹き出した笑い方をする二成がとても子供っぽく目に映る。

 

「なんなんだよサボタージュって」

「サボってるって意味だよ」

初めてサボタージュの意味を知る。

英語は苦手なんだ。

 

「別にサボってない」

「窓の外を覗いてぼーっとしてたよ」

「あれは…そう、大日本帝国の未来を憂いていたんだ」

ありもしないことを口にする。

「ぜったいウソ、部活のこと考えてたでしょー」

俺の苦しい嘘は見破られた。


「と、トイレに行ってくる」

戦況が厳しい時は一度引いて作戦を練り直すことが大事だ。

決して逃げたわけではない。


戦線を離脱しようとした矢先、俺の耳に衝撃の言葉が入ってきた。

「ていうか月斗、英文和訳の宿題やった?」

「…忘れてた」

記憶の片隅にあった宿題の存在を思い出す。

「だと思った」

やっぱりねと確信していた顔をリスはする。

「この学校宿題多すぎるんだよ」

「次の授業英語でしょ、内藤先生は厳しいよ」

「また先生に怒られるのか俺は」

「ボクの見る?」

「いいのか?」

「もちろん」

「さすが二成!頼りになる男だぜ!!」

 

ここぞとばかりに目の前にいる友達を褒める。

 

「ま、まあね!お、お、、男なら友達を助けて当然さ」


男を強調して褒めたことが嬉しかったのだろう。

頬を赤くし、満足そうに顔をほころばせている。

ちょろい。

 

「はい、これ」

 

二成がノートを差し出すと学ランの袖から艶のある色白の肌が見えた。

シルクのようなスベスベした質感だ。

日に焼けたことがないといわんばかりの白い肌からやっぱり華族のお坊ちゃんなんだなと身分の差を感じる。

土いじりで全身が日焼けした平民の自分とは違う暮らしを送ってきたのだ。


「サンキュー」


「いつでもボクを頼ってよ!月斗」

 

腰に両手を当てえっへんと胸を張るが、女子中学生と比較しても大差ない小さな体では男らしさなど皆無であった。

こんな可愛くて優しい男が存在していいのか。

『男の娘』という存在を二成に会うまで信じていなかったが、今は違う。

ある界隈では熱狂的信者もいるという『男の娘』を頭のてっぺんからつま先まで見つめて俺は思った。

もし二成が黒髪ロングでスカートを履いたら、好きになっちゃうかもな。


月斗もまたちょろかった。


 

英語教師の内藤先生がこの教室に来るまであと5分。

二成から借りたノートに書かれた解答を急いで自分のノートに書き写している。

綺麗な字体と適度な筆圧によって書かれた英文和訳を見ると書き手の知性と教養が伝わってきた。


二成歩は岩手県を支配する華族『南部家』の分家筋にあたる『二成家』の箱入り息子だ。

当然華族としての教育が施されている。

本校を学び舎として選択したのも両親が国立高等学校から有名大学へと進学させ、二成本人に箔をつけさせるためだろう。

華族様の王道学歴パターンだ。

だけどアイツは華族でいることを鼻にかけたりはしない。

華族の中でも珍しいタイプだ。

だから友達になれたのかもしれない。


最後問題の解答を写し終えたところで、内藤先生が教室に入ってきた。

俺は二成の席に向かい、ノートの礼を言って席に戻る。

これで宿題の提出ができる。

安堵したのも束の間、先生は和文英訳の抜き打ちテストをすると言い出した。

先ほど俺が一生懸命写した英文和訳の宿題から出題するらしい。

宿題を真面目に取り組んでいれば大丈夫だそうだ。

俺はこういう時に使う英語を知ってる。

Fuck you.



 

ボク、二成歩は抜き打ちテストに絶望する古母月斗の姿を見て同情していた。

良い人なんだけどなあ。

窓際の席で頭を抱える月斗をちらりと見ながら、彼と初めて出会った3週間前の入学式の日を振り返る。


4月1日、大日本帝国立高等学校仙台校の体育館で入学式が執り行われ、新入生代表の挨拶をするため伊達麗華さんが段上へ上がった。

首席入学者の彼女がセーラー服のポケットから文を取り出して答辞を読む。

所作の一つ一つに気品を感じるその姿を見て、ボクはさすが宮城県を代表する華族『伊達家』の御令嬢だなと思った。

 

入学式が終わり、新入生達が振り分けられた教室へと戻っていった。

ボクのクラスは1年B組である。

教室に入るとすでにいくつかのグループができており、有力な名家の御令嬢の周りにはお近づきになりたい下級華族や財閥の女子が集まっていた。

これから1年間、名家同士の勢力争いに巻き込まれるのかと思うと気が重い。

 

教室のドアがガラガラと音を立てた。

クラス担任の先生が入ってくる。

担任の今野陽子先生が挨拶を済ませたら、ボクたちに自己紹介をするように促す。

クラスメイトが次々自己紹介を始める。

自分は華族だの、財閥だのと自慢げに語る彼女達の話を聞いていると少し疲れてきた。

するとボクの順番がやってくる。


「岩手県出身の二成歩です、両親の勧めでこの高校に来ました。皆さん1年間よろしくお願いします」


相手の不信を買わないようにしつつ、最低限の挨拶をする。

二成家は華族といっても本家本元の華族ではない。

ボクと仲良くしても大して旨みはないのだ。

ボクの市場価値を考えても、おとなしくしていれば卒業まで平穏に暮らせるはずだ。


自己紹介が進むと、1人の男子へ順番がきた。

知らない顔だった。

男女比が1:10に偏った現在でも国立高等学校へ進学する男子はいるが珍しい。

本校は就職に特化した工業高校や商業高校ではなく、大学進学を目的とした国立高等学校である。

ほぼ全員が上流階級出身だ。

華族として一応、有力な名家の御令嬢・御子息を押さえているつもりだったがどうも彼の顔は記憶にない。


男子が椅子を引いて立ち上がった。

大きい。

180センチはある背丈をしている。

力強く引き締まった凛々しい顔立ちをした男子。

学ランを着ているため服の下までは判別がつかないが、体格からして筋肉がついているのがわかった。

スッーと息を吸い込んだ彼は一つ一つ区切るようにはっきり話す。


「宮城の片田舎から出てきた平民の古母月斗です、おちんちんチャンバラで玉の輿を目指してこの高校へ来ました。1年間よろしく」


言ってる意味がよくわからなかった。

クラスメイトの拍手がない。

お通夜みたいにシーンとした静寂が教室に広がる。  

首席入学の伊達さんが顔を引きつらせてドン引きしていた。


担任の今野先生が空気を変えようと手を叩き、次の生徒に自己紹介をするよう促している。


彼がなぜこの学校にきて、なぜおちんちんチャンバラで玉の輿を目指しているのかまったく理解できないが、一つだけわかったことがある。

ボクは彼の物怖じしない態度と、男らしさに惹かれているのだ。

そして…ボクは彼と友達になりたいと思った。

 

「二成です、隣いいかな?」

食堂でご飯を食べている彼に話しかける。

鳩が豆鉄砲を食ったような表情で体を硬直させた彼は、しばしの沈黙のあとに口を開く。

 

「いいとこの御令嬢が平民と飯食って良いのか?」

 

まずは誤解を解くところからだった。

ボクは男だよ。

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