第23話 誰にも知られない心の隠れ家

「仮にBが罠に嵌ったとして、なぜこのようなことになったのだろうと頭を抱えますよね。その時に真っ先に頭に浮かぶのは自分のような立場の人間ではないでしょうか。」

たっぷり三秒以上間を置いてから、宍戸は慎重に答えた。

「多分、本人は、そのようなことすら、思いつかないと思います。完全に自分が犯した過ちだと思い込むように仕組みますので。もしバレるとしたら、私とMさんがやりとりしているチャットを本人か関係者に見られない限り、考えられません。」

 秘密にしている限り、うまくいく―――。

 いま思えば、Mは斯様にして自分の居場所を確保していたのかもしれない。妻にも、元部下にも、他の誰にも干渉されない秘密の手段を持つことで、その時だけは誰からも否定されずに自分の思考を解放できる。誰からも否定されない、自分だけの世界。そしてそれをして過ごす時間。そういえば誰であったか、有名な文学者が政治犯として獄中生活を送っていた頃にこんな言葉を残していなかったか。「私は囚われの身でありながら完全に自由だ。なぜなら私の心は誰も縛ることはできないからだ。」―――Mは時折、近傍の縁切り神社なるものにも参拝した。祈りに行く道すがら、なぜ自分はこのような祈りを捧げるのか、何について祈るのか、自問自答を繰り返すことで思考と感情が整理されていく感覚を実感していた。この過程でMは正常な自分自身を取り戻しているように感じていた。何よりもまず自分自身を保たなければ―――。孤独な窮鼠、猫をかむ。善悪論で片付けられたら、俺が死ぬ。

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