体面を保っていたけれど、涙は勝手に流れました
今日も、あのチェリストには会えなかった――そんな思いを引きずりながら、王城に来ていた。
あれからジーナとなんだかんだと理由をつけては街に出かけていたが、例の彼には会えていなかった。
(広場にいたくらいだから、近くに住んでいると思ったのに……どうして会えないのかしら)
あの時は父もいたし、初対面の彼に話しかける勇気もなく名前を知ることができなかった。
(父の言う通り、うちのサロンにあの人たちを招待しても良かったのかも……)
だが、それを断ったのには理由がある。
もし、彼らを自分のサロンに呼んでしまったら、彼らは永遠に自分と対等な立場ではなくなる――そんな関係を築きたくなかった。
ボンヤリしていると、自分の名前を呼ぶ声に我に返った。
「ルイーズ!聞いているのか?」
「はい」
「何度、呼ばせるつもりだ?なにを考えている?」
目の前には、定期的にお茶の機会を持つようにしているヘンリー王子が座っている。
「うわの空だな」
「申し訳ございません。少し気になることがあったのですわ」
「オレといる時にほかのことを考えるな」
「……そうですわね。学園の方はどうですか?」
「お前が心配することじゃない」
「はあ……」
ヘンリーとの会話はいつもこんな感じだ。気を使って話を振っても短く、否定的な返事が多い。それに加えて彼は口ベタだ。
だから、彼が留年するほどピンチであることを卒業直前まで知らなかった。
「お前は近頃、街に出ていると聞いた」
「ええ。お父様と週末の街の音楽祭に出掛けているのですわ」
「お前は音楽が好きなのか?」
(……え?)
思わず固まりかけたが、平静を装う。
(私が幼い頃からバイオリンを習っているのは充分、知っているでしょう?どうしてそんなことを聞くの?)
ヘンリーの前で何度となく、バイオリンを披露したことがある。
「私は小さな頃からバイオリンをたしなんでおります」
「バイオリンをやっているからといって、音楽好きだとは限らないだろう」
「……そういうものでしょうか?」
こういうやりとりが、ヘンリーと話していると多々ある。話が噛み合わない。
(えーと、これは多分、バイオリン以外の楽器に興味があるのか、と言いたいのよね?)
「私のお父様は音楽好きですから、いろいろな楽器の音を楽しむのは私も好きですわ」
「そうか」
「はい」
(当たっていたみたい。ホッ)
言葉が足らない彼との会話は常に気を使う。
ほかにもなにか聞かれるのかと待ってみたが、話はなさそうである。
「では、そろそろ失礼いたしますわ」
ルイーズが立ち上がった。
「待て!」
ヘンリーも立ち上がると、テーブル越しに腕が伸びてきてルイーズの腕を掴む。
「なにをなさいますの?」
「お前……ウワサをどう思っている?」
「ウワサ?なんのウワサでしょうか?」
「お前は察しが悪いな。オレの近況に関心が無いのか?」
「そんなことはありませんけれど……」
さっき、学園での生活を尋ねたじゃない、と心の中で思う。
ヘンリーが怒ったような顔をしていた。
(殿下の近況、そしてウワサとくれば、リリアン様のことでいいのかしら?)
「……リリアン様のことでしょうか?私は気にしておりませんわ。殿下を信じておりますから」
「ウソはないな?」
どうして私が責められている感じになるのだろう、と思いながらも素直にうなずいた。
――その時、扉が勢いよく開いた。
「ヘンリー様!お茶をしているなら私も混ぜて!って、あら、もう終わったの?」
息を弾ませ、王女らしからぬ様子で乱入してきたのはそのウワサのリリアン姫だ。
「リリアン、なんで来た?」
「だって、仲間外れなんて寂しいですもの」
「待っているように言っただろう」
「だって~」
寄り添ってなんだか2人が仲良くゴチョゴチョ言っている。
(ああ、本当にこの2人は仲良くしているのね……)
現実感が伴っていなかったのが、ようやく少しずつリアルに感じ始める。
ヘンリーと普通に会話できているなんてと、少し感心して見ていると、リリアンがルイーズをチラリと見た。彼女はニンマリする。
「ねえ、ひとりでいる間、寂しかったぁ。だから、チュウしよ」
リリアンがヘンリーを見つめて爆弾発言をする。
(え?なんて言ったの?聞き間違い?)
呆気にとられていると、リリアンは素早くヘンリーに抱きつき、彼の唇に自分の唇を重ねた。
「や、やめろ、リリアン!」
ヘンリーが慌てて彼女を引き離す。
(……なんなのこれ?私はなにを見せられたの?)
あまりの衝撃に頭の中が白くなる。なにか言わねばと引きつりながらも口を開いた。
「そ、そういうことは私がいる前では控えてくださいませ。お隣の国同士ですもの、仲良くするのは悪くはないとは思いますが……。私はもう、いきます」
ずっと、ボンヤリした認識でいた自分だが、衝撃的な光景を目の前にして、一気に現実を突きつけられた気がした。
部屋を走り出ると、後ろから鋭く名前を呼ばれた。
「ルイーズ!待て!」
ヘンリーが走ってくる。すぐに追いつかれて、また腕を掴まれた。
「ルイーズ止まれ!」
「信じるなんて言わなければよかったですね。私、本当は知っていたんです。殿下とリリアン様の関係を。知らぬふりをして見守ろうと考えていましたわ。でも、さすがにあんなものを見せられたら……私だって体面というものがありますのよ」
だんだん、言っているうちに胸が締め付けられていく。気が合わなくても、確かにヘンリーを意識していたのだと思った。
「そういうんじゃない!」
叫ぶように言ったヘンリーは、なにかを考え口に出そうとはしているように見えるが、口元が震えるだけで言葉が出てこない。
今のルイーズには、根気よく彼の真意を聞き出すなんてことはできそうになかった。
「ヘンリー様?もういいではありませんか~」
リリアンの鼻にかかるような甘い声が聞こえた。非常に耳障りだ。
「リリアンは黙っていろ!」
「は~い」
リリアンはヘンリーに強く言われても気にしないで返事をしている。
「私はなにも見なかったことに……いたしますわ」
今度こそルイーズは踵を返して歩き出した。気付いたら目から涙が流れていた。
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