洋食屋『陽だまり亭』とダンジョンと私

夕月ねむ

出前の客はダンジョンにいる

 どうして、ダンジョン探索者には配信がつきものなのだろう。


 日本各地に突然ダンジョンの入り口が現れたのは私が生まれるよりずっと前のこと。同じ頃に尋常ではない腕力の持ち主や魔法を使える人が現れ始め、ダンジョンから様々な資源を持ち帰る探索者となっていった。


 だけど、力だけで稼げたのは一昔前まで。今ではダンジョン探索者による配信がエンタメの定番となり、視聴者フォロワーが多くなければいくら強くても稼げない。


 おかしいだろう。探索者なんだから探索したらいいじゃないか。


 もし、配信が必要なければ。せめて喋らなくても生活費くらい稼ぐことができるなら。私も探索者になっていたと思う。


 配信をすることが前提だからか、本名で活動する探索者は少ない。私の名前は日村ほのか。ヒノカという名でダンジョン探索者として登録されている。けれど、実際にはほとんど活動できていない。


 とにかく話すことに苦手意識があって、配信ができないからだ。何を話せばいいかわからないし、咄嗟に言葉が出ないことも多い。そんな私にダンジョン探索を仕事にすることは無理だった。


 高校卒業後、私は進学せず、叔父さんが経営する洋食屋『陽だまり亭』を手伝うことになった。魔力が多く魔法士として有望視された私が探索者にならなかったことを両親は残念がった。


 私自身も探索者になることを諦めきれたわけじゃない。就職先を決められなかったのは、今でもまだ探索者になりたいという気持ちがあるからだ。


 今は叔父さんの店で皿を洗ったり、野菜の皮剥きをしたり、出前を届けたりしている。給料は安くて生活に余裕はない。叔父さんの所有するアパートをひと部屋貸してもらっていて、家賃が格安だからどうにか暮らせている。


 両親とは少し距離を置いた方が精神衛生上良いようだ。特に母とは。仕方がない。親子にも相性とかあるから。


 私の魔力がわかった時、母は有名探索者の親になることを期待したらしい。以前はそれがプレッシャーだった。今は無理して応えるつもりはない。


 だけど……私にも、もう少しうまく喋ることができたら良かったのに。









「ほのか、出前一件頼むわ」

 電話を切った叔父さんが言った。

「いいけど。どこまで?」

「緑の迷宮、第二階層」


 陽だまり亭の出前は、要望があればダンジョンの中にまで届ける。私がひとりで行ける範囲なら。


「地図でいうと大体Fの13辺りに居るそうだ」

「ええと……」

 頭の中に地図を思い浮かべた。緑の迷宮はここから一番近いダンジョン。第二階層には休憩用の小部屋があるから、たぶんそこ。


「誰に届ければいいの?」

「柊真だよ。珍しく浅い階層にいるらしい」

「そっか。ネオさん、緑にいるんだ」


 叔父さんが言うのは根尾ねお柊真しゅうまという名前のダンジョン探索者。私の高校での先輩だ。年は私とひとつしか違わないのに、今ではネオと言えば人気ダンジョン配信者のひとりになっている。


 ネオさんの実力なら緑の迷宮の第七階層くらいまでは余裕で行けるんじゃないだろうか。第二階層なんていう浅い場所にいるのは、出前を受け取りやすいようにかな?


 第五階層までなら届けるのに、と思いつつ、私は叔父さんが用意したおかもちを収納魔法に収めた。別におかもちに入れる必要はないけど、そこは気分である。出前なので。


「柊真に会えそうで良かったなぁ、ほのか?」

「揶揄わないでよ」

 私はネオさんが好きだ。叔父さんは私の気持ちを知っていて、見守ってくれている。


 運ぶのはオムライスひとつ、セットのサラダとミニパンケーキ。ドリンクはオレンジジュース。


 叔父さんのオムライスは素朴なホッとする味で、根強いファンが結構いる。ネオさんもうちの常連のひとり。


 でも私としてはむしろパンケーキの方がおすすめだ。高さのあるふわふわのパンケーキは、何故カフェじゃなくて洋食屋をやっているのかと疑問に思うくらいである。









 ダンジョンの入り口には探索者協会の職員が見張りに立っている。探索者以外の一般人が迷い込んだり、犯罪者が逃げ込む先にされるのを防ぐためだ。


「お、ヒノカちゃん。出前かい」

「あ……はい。えと、第二階層まで」

 私はすでに顔見知りになっている職員の木村さんに探索者登録証を見せた。


「もったいないねぇ。A級魔法士の君が出前の時しかダンジョンに入らないなんて」

「……私に配信は、む、無理なので」

 木村さんのような知り合い相手でも吃る自分が嫌になる。


「そうかい。まあ、君の出前を楽しみにしている探索者もいるからなぁ」

「……そう、でしょうか……」

 だったらいいな。誰かの役に立てていると思えるから。


 収納用亜空間から、長杖を取り出す。私が探索者として登録した時に、祖父が買ってくれた杖だ。本当は自分で好みの杖に買い替えたい。でも、今の稼ぎでは難しい。


 近くで見ていた木村さんが「収納魔法は便利だねぇ」と呟いた。


 ダンジョンの入り口は転移魔法陣。踏めば第一階層に送られる。

「それじゃあ、気を付けて」

「はい」

 私はダンジョンに足を踏み入れた。









 緑の迷宮は何も植物に関係するというわけじゃない。日本各地に現れたダンジョンには、色の名前がついているのだ。青の迷宮とか、赤の迷宮とか。それは識別のためで、特に意味があるものではないらしい。


 ここは比較的難易度が低いダンジョンだ。第一階層に出現するのはネズミの魔獣と芋虫のような魔蟲だけ。それぞれジャイアントラット、ファットローラーと名前があるけど、ネズミとか芋虫としか呼ばない人が多いと思う。


 第二階層に繋がる転移魔法陣の位置は頭に入っているから、地図を確認する必要もない。一応、索敵のための探知魔法は展開している。魔獣を発見するためというより、人間を避けるためだ。


 戦闘の邪魔でもしたら申し訳ないし、ダンジョン探索者のほとんどが配信をしている。私はそれに映りたくない。


 目的地は第二階層なので、第一階層は通過するだけ。自分に身体強化魔法を掛けて最短距離を駆け抜けた。全速力で走れば、ネズミくらいは振り切れる。


 魔獣と戦うことも人間の姿を見ることもなく、私は第二階層に着いた。

 確か、Fの13だったな。第三階層への魔法陣に近い場所だ。


 第二階層に入るとウサギの魔獣が現れる。大して強くないけど足が速く、振り切るのが少し難しい。狙われたら無理に避けるより倒してしまった方が早い。体当たりされるとか嫌だからね。


 それでも、出前で来ているわけで、ネオさんを待たせたくない。私は索敵と身体強化はそのままにして走りながら、向かってくる魔獣がいれば魔法で倒していった。


 私が使える魔法は空間属性と火属性、それにいくつかの無属性魔法だ。索敵は空間属性、身体強化は無属性、攻撃に使うのは炎。


 魔獣は死骸を残さない。魔石と僅かな素材だけをその場に落として消えてしまう。当然、私が倒した魔獣も魔石を落とすけど、今はそれを拾う手間が惜しい。


 誰か探索者に拾われて、役に立つならそれも良いか。そう思って放置した。


「この辺のはず……」

 目的地近くに来て、速度を落とす。この辺りには小部屋がいくつかあって、そのひとつが第三階層への魔法陣がある部屋。他に休憩所として使われている部屋と、ゴミ捨て場になっている部屋がある。


 たぶんここかな、と思っていた部屋の前に、ネオさんが立っていた。








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