第8話 『しまなみの魔女、試される島へ』

■再会の島、大島へ


 来島海峡大橋の原付道料金所。朝の光が斜めから差し込み、瀬戸内の空と海が淡く溶け合っていた。

海風に吹かれながら、6人のライダーたちはゆっくりとスロットルを緩め、料金箱の前で一時停止する。


 その最後尾にいたのは、CT125にまたがる彩花。彼女の肩越しには、仲間たちが順に停車する姿が見えた。ハンドルから手を離し、タンクの代わりに装着されたバッグの中から黄色いチケットの束を取り出す。


 カサ、と紙のこすれる音。10枚綴りの原付チケット、合計500円分。その中から4枚ずつ、計6人分の24枚を丁寧にちぎり取り、一気に料金箱へと投入していく。


――カサッ、カサッ……。


乾いた音を立ててチケットが吸い込まれていく。彼女の背後では、小さくエンジン音がくぐもって響いていた。


 「大人数のマスツーやと、こうして最後尾がまとめて支払うのが一番スムーズなんや」


 原付道の料金箱に小さく響く硬貨の音。その様子を見ていた志保が感心したように微笑んだ。


 「なるほど……段取りもしっかりしてるのね。さすがだわ、彩花さん」


 「それでな、この下にあるエレベーターで馬島までバイクごと下りられるんや!」


 「えっ、バイクごと!?うふふ、 それはすごいわね」


 興味津々といった様子の志保に、結がすかさず声を上げた。


 「私ね、この間凛ちゃんとタンデムしたときに降りたんだよ! 橋の下から見上げる来島海峡大橋、すっごく大きくて迫力あって、ビックリしちゃった!」


 「うふふ、それは楽しそうね」


 微笑む志保の隣で、凛が少しだけ肩をすくめる。


 「でも今回はさすがに下りません。全員で使うとなると、エレベーターも二往復以上は確定ですし、時間がもったいないんで」


 「それは仕方がないわね。……じゃあ、結さん?」


 「なぁに? 志保さん」


 「今度、ふたりで下りてみましょう。橋の下から見る景色、私も感じてみたいわ」


 「!! ……うんっ!」


 嬉しそうに顔を赤らめる結。そのやり取りを横目に凛が口を尖らせた。


 「あたしも行きたい! 結だけズルい!」


 「ボクも行きたいなぁ。ていうか、何で家族のボクを最初に誘ってくれないのさ~」


 少し拗ね気味な悠真に、志保が含み笑いを浮かべながらウインクを飛ばす。


 「うふふ……てっきり凛さんとふたりで降りたいのかと思って、遠慮したのよ。違ったかしら?」


 「っ!!」「なっ……!」


 凛と悠真が同時に固まる。彩花はその光景に思わず吹き出した。


 (さすが志保さんや……十代カップルをあっさり手玉に取るとか、末恐ろしいでホンマ)


 そんな中、ひとり前方を走っていた琴音がインカム越しに楽しげな声をあげた。


 「えへへ〜、伝説のライダー志保さんを巡って結さんと凛さん、悠真さんが繰り広げる恋のバトル! これは……これは新展開かもっ!! 尊い〜っ!」


 「……またかいな、この子は〜!」


 彩花が肩をすくめた瞬間、インカム越しに全員の笑い声が重なった。穏やかな海風とともに、笑いがしまなみの上に広がっていく。



■大島上陸、そして注意の言葉


 料金所を越え、再び狭いスロープに入った6台のバイクは、一列になって慎重に進んでいく。来島海峡大橋を抜けた先は大島。そこから先の原付道は自転車と混走になるゾーンだ。


 「ここからはチャリダー(自転車乗り)との混走になるから注意な。慣れてる人らは原付に配慮して左寄りを走ってくれるけど、観光客とかは真ん中走ってくること多いんや」


 「なるほど……自転車に接触しないように気をつけなきゃね。了解」


 志保が素直に頷く。彩花はその様子を頼もしげに見つめた。


 「それと、しまなみの原付道はどこもそうやけど、見通しの悪いコーナーでは『キープレフト』が鉄則や。対向のチャリダーや原付と正面衝突なんかしたらシャレにならへん。今日みたいなマスツーやと特にや、車間距離ちゃんと取ってな?」


 「左側の自転車に気を配りつつ、キープレフト……たしかに難しいわ。でも、気をつけるわね」


 「……とか言いつつもやっぱり余裕やんこの姉さん!!」


 驚愕する彩花。志保はジムカーナで鍛えられたスラロームを駆使し、余裕すら感じさせるライン取りで対向車や自転車をスムーズにかわしていく。狭い道幅をものともせず、ハンドルを切るたびにXSRの車体がしなやかにしなる。


 「……やっぱり、志保さんってすごい……これが、しまなみの魔女……!」


 走りながら見惚れていた結に、彩花が慌てて声を飛ばす。


 「結ちゃん! 見惚れてたら危ないで! 前方注意!」


 「ハッ! ご、ごめん!!」


 「うふふ、ごめんなさいね。私の走り、結さんにはちょっと刺激が強かったかしら?」


 「ううん! 私の不注意だから、気にしないで。それにしても本当にすごい……!」


 「貴女もきっとできるようになるわ。私が、ちゃんと教えてあげるもの」


 「!! ……うんっ! 志保さん、これから色々教えてね!」


 微笑み合う二人に、彩花が笑って声をかける。


 「よかったな〜結ちゃん! ええお師匠さんに巡り合えたな!」


 「……あら、彩花さん? もちろん、貴女も特訓するのよ?」


 「ええっ!? ウチもかいなっ!」


 笑いと共に駆ける6人のバイク。その後ろ姿には、すでにひとつの風景が形を成していた。


 それは――新たな”しまなみブルー”の姿。


 そして、まだ見ぬ景色が、しまなみの魔女を待っている。


 To be continued...

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