第9話 マツリ

子供だった。


見た目は、9、10歳程度だと思う。

茶髪に赤い瞳。

髪は少し長く伸びていて、ボサッとしている。

全体的に細いけど、ガリガリな僕よりはまだマシかな。


幼げな顔立ちは、男の子か女の子か分からない。


「君、だぁれ?」


「……君こそ誰?この村の子?」


「うん、僕はマツリっていうの。

この村の人間だよ」


僕……男、かな。

いや、でもファンタジー世界なら僕っ子の可能性も……。


「君は?」


「……イノリ」


名乗られたら名乗るしかないか、と名乗ってみる。


「イノリかぁ、よろしくね」


呼び捨て……いや、別に良いけど。

ここ異世界だもんね、年上はさん付けしろとか、せめて君付けしてくれよとか、下らない事は考えなくて良いよね。


「イノリはなんでここに来たの?家出したの?捨てられたの?川に流されたの?」


「川に流されたら普通は死ぬ……その三択なら、捨てられたが、一番近いと思う」


実際捨てられた結果、僕がここにいる。

元々のイノリは親に捨てられ、奴隷として森の奥の施設で実験体にされていたんだから。


「そっか、捨てられたんだ、辛い?」


「……別に、覚えてないから……」


本当に、覚えていない。いや、知るはずもない。

親に捨てられたのはイノリの事で、本来の僕とは無関係だから。


「そうなんだ、じゃあ仲間だね、僕もお父さんとお母さんいないの」


あっけらかんと言い出すマツリ。


「どこか行く場所あるの?」


「ないよ」


「そっか、じゃあ僕とご飯食べない?」


「?なんで?」


「お話したいの、見ての通りここ、誰もいないから、僕一人ぼっちなんだよ」


「……」


僕は警戒した。

相手は子供だ。

でも、子供だからって無警戒になってはいけないと思う。


9、10歳程度の子供だって充分悪意のある行動は出来る。

僕もその頃、髪の色を馬鹿にされて髪を引っ張られたり、追いかけ回されて背中を押されて倒されたり、嫌な事を腐るほどされたのだ。


「駄目かな?

えっと、お肉出すよ?お野菜……お芋ぐらいしかないけど」


芋。

思わず心惹かれた。

僕は異世界に来てから干し肉しか食べていない。


そんな中で聞いた、芋というワード。

そもそも今の僕は食料も少ない。

そんな中で、奢りというワードに耐えられるだろうか。

否、耐えられる訳がない。


いや、でも警戒しないと。

知らない人間の好意は誰のものでも警戒しろ、もしかしたらこの子供も、実は森にいた盗賊の仲間で、僕を親切で誘いだして毒を持って殺そうとしてるのかもしれない。

でも……ご飯は魅力的なんだよなぁ。


「駄目じゃないよ、有難いよ。

でも、料理するところ、僕も見て良いかな?」


「?良いけど、なんで?」


「僕、人が料理するところ見るの好きだから」


嘘だけど。

まぁ、監視してればこっそり毒を盛ってくる事もないだろうし。







マツリの家は、村の離れにある小さな小屋だった。

小屋の横には小さな畑もある。


小屋の中は部屋が一つあるだけだ。

部屋一つなので、色々詰め込まれて雑多だ。


「一人で暮らしてるの?」


「うん」


「保護者は?」


「いないよ。

お父さんとお母さんがいなくなって、この小屋を渡されて、それからあんまり村の皆とも関わってないの」


とんでもないネグレクトだ。

現代社会ならありえない。

でもここは異世界だ。

例え人殺しの殺人鬼だろうが、子供という理由で外界から隔離され、まともな食事と教育を受けられる日本社会と同じにしてはいけない。


むしろ、親がいない極潰しの子供に家と畑を与えているだけこの村は温情なのかもしれない。


マツリは早速料理を始めた。


芋の芽の部分をくりぬいて、ざく切りにする。


鍋に水を入れてカセットコンロに掛け、予め切った芋を投与する。

塩を入れて味を調え、変なものを入れてる様子はない。

……というか、塩以外、使わないんだ。


「色々使うと、変な味になっちゃうから。

あんまり、料理、分からなくて」


「教えてもらってないの?」


「うん、大体、煮るか焼くかすれば食べれるし、塩を振りかければ不味くはならないから」


まぁ、それはそうだけど。


「そういえば水ってどこから取って来るの?」


「森だよ。

歩くの大変だから、大きな壺を持って、一度にたくさん詰め込んで来るんだ。

スープもね、普段はあんまり作らないんだけど、今日はお客さんがいるから特別な贅沢なの」


……少し、罪悪感が沸いた。


「お肉も、最近はレアなんだよね。

森の中に行かなきゃ取れないし。

偶に、村にやって来る事もあるんだけどね。その時は御馳走だから、手とか足とか、ちゃんと切り分けて、冷蔵容器に入れてるの。

貴重品だけど、狩人の人はお肉を少しでも鮮度良くして持ち帰る為に、携帯用の冷蔵容器を持ってるんだよ。魔石が補充出来ないから、今は一つしか使えないんだけどね」


こちらが何も言わないのにペラペラ語って来る。

まぁ、村人のいない中、ずっと一人で暮らしてたんだし、色々語りたいんだろうなぁ。


「内臓はもっと貴重なんだよ?

腐りやすいからその日のうちに食べるの。

都合良く今日取れたお肉がないから、内臓は食べさせられないんだけどね」


「まぁ、そこまで至れり尽くせりじゃなくても……」


「僕の好みはね、生のまま食べる事なの。

最初は臭いかもしれないけど、身体が満たされて、元気になる気がするんだよね」


人の話を聞いてない……。


そういえば、生肉ってビタミンCが豊富らしい。

雪山で遭難した時はあえて生肉を食べてビタミンを補給するんだって。でないと壊血病って奴で死ぬとか……。


確かに芋と肉だけじゃ栄養偏るもんね、生肉を食べるのもマツリからすれば良い選択なんだろうなぁ。

食中毒は怖いけど。


「血ってしょっぱいんだ、だから生のままで食べると、塩を掛けなくても食べれるんだよ」


「はぁ……」


異世界人って血まで調味料にするんだ、ワイルドだ……。


「でも血が付いてると早く腐っちゃうから、保存する時は血を抜くんだけどね?」


マツリはクーラーボックスのような箱から、肉を取り出した。

大きさ的に、ウサギ……かな?


「お気に入りのお肉は他にあるんだけどね。

でもウサギも美味しいよ?」


マツリはウサギ肉を切り分けて、フライパンで焼いた。

味付けは塩だ。

君の血中塩分が心配だよ。


「はい、召し上がれー!」


……まぁ、出されている身で文句は言わない。


「うん、頂きます」


異世界に来て初めての干し肉じゃない食事を僕は美味しく平らげた。

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