タクシー階段
ひととせ
①
タイミング良く停車していたので、タクシーのドアをノックする。快く開かれたドアの先には、上り階段がみっちりと詰まっていた。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
運転手の男に尋ねられ、反射的に「三名です」と答えてしまう。
同窓会の帰りだと言うのに、妙な事になってしまったと反省してから、私よりも酔った友人の方へと振り返る。
「タクシー来たぞー」
「ギャハハハハ!! 見ろよ島村、出水ゲロ吐きそう!」
「なぁんでぇ……お、俺のこと好きだって言ったじゃぁん!? ……オェッ」
「吐くな囃すなー。待たせちゃってるし早く乗れー」
「うヴ……イトウ、なんでぇ……!」
出水の口元にビニール袋をあてがい、私達はタクシー内の階段を登る。私、出水、服部の順番で進むのは、誰かが転落しても服部なら何とかしてくれそうだからだ。
幅狭めかつ急勾配の階段だが、右側には古めかしい手摺りが付いていた。手摺りを頼りに掴み、転落しないよう、酔った身体に力を込め最新の注意を払う。
十段程登ると半開きの白茶けた襖があり、その先には大人四人でも余裕がありそうなテーブルが二つと、座布団が八枚並べられていた。
……しかし、小上がりのお座敷席である。普段ならともかく、酔っ払い二人と泥酔一人には、やや難易度が高い席だ。
「……うわぁ。ボク今日、靴下に穴空いてんだよねぇ」
案の定、服部が文句を言い始めた。
頭の先から爪先まで手入れの行き届いた男の、どう見ても高級そうな下ろしたてのスーツ姿を確認してから、私は彼に泥酔した出水を押し付ける。
「靴脱がしてやれ」
「えぇー?」
「早くしないと出水がゲロぶち撒くから」
「島村キッツー……キツキツのキツツキじゃーん」
先に靴を脱いでお座敷に上がり、この世の終わりめいた表情の出水の身体を引き上げ、服部に三人分の靴を整えさせる。
五分以上掛けた重労働はそんなもので、安堵で溜め息をつくと、いつの間にか運転手が水とおしぼり、それからお通しを配り始めていた。
「何にしますか?」
何とは? と口にしそうになるが、テーブルの端に立て掛けられていたメニュー表に気が付き、それを開いてみる。
意外と格安のドリンク類と、聞いたことの無い名称の大皿料理の写真。なぜかデザート系はバニラアイスだけだが、居酒屋なのだからそこにこだわる必要も無いだろう。
正面に座る服部がメニュー表を覗き込み、悩む素振りを見せ付けてから、運転手に答えた。
「ウーロンハイ三つとぉ……この『マチョルッピャのチョペペ風煮込み』を一つお願いしやっす!」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
「はーい!」
階段を降りた運転手の姿が見えなくなってから、私は服部に苦言を呈す。
「何で勝手に決めるんだ……」
「悩む時間勿体ないじゃん? なぁ出水?」
「……うごご……なんでぇ……?」
服部の横で転がされている出水は、汚く顔を顰めながら悪夢にうなされていた。
どうやら最近、恋人に振られたのか嫌われたのかあったようで、今日の合流時点で既に酔っ払っていたのを思い出す。自棄酒で潰れるとは、甚だ迷惑な男である。
服部は、情けない姿の出水を再び写真に収めてから水を飲み干す。
「ところでさ、島村」
急に服部は、私に真剣な面持ちで話を振ってくる。
改まってどうしたのかと、持て余していたメニュー表を片付け、私は服部の言葉を促した。
「これ、本当にタクシー?」
「……多分、そう……?」
「……多分って何!? 怖! ボクら今何に乗ってんの!?」
「いやタクシーだろ。……多分、きっと」
「イヤだー!! 降ろせー!!」
泣き始めた服部を降ろすこと無く、いつの間にかタクシーは発進していた。
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