ギャルは魔王と恋バナしたい! ~恋バナで異世界をキラキラに~
蝶ノ雨冠(チョウノ アメカンムリ)
職人少女と恋バナしたい!
魔王と恋バナ? いいよ!
プルリロリン、プルリロリン♪
ウインドウショッピング帰り。落ち着いた街の中を歩いていると、あたしのポッケから着信音が鳴り響いた。
右手から提げていた紙袋を左手に持ち替え、ケータイをパカッと開く。
画面を見ると、友達から通話が来てた。
「もしもし~、どったの~?」
『あ、ねえ! ちょっと聞いてよ
「わかった、恋バナでしょ!」
『もちろんそう! でさ、こないだ予備校であった話なんだけど~』
「ふんふん」
あたしは信号近くの木陰で友達の恋バナに一喜一憂する。
「えーほんとに!?」とか、「めっちゃ最高じゃん!」とか、「絶対それ脈アリだって!」とか、思ったままを言いまくる。
恋バナを聴くのが好きだ。聴いてるだけでドキドキ、ワクワクする。楽しい恋バナ、悲しい恋バナ、いろいろあるけど、あたしはどれも大好きだ。
あたしがあまりにも恋バナが好きなので、友達からは「恋バナの伝道師」なんて呼ばれている。伝道師っていうのがどういう意味なのか、よくわからないけど。たぶんいい言葉!
『はー、今日も聞いてくれてありがと! 彩花に話してるとなんか、スーッてする!』
「えーありがと! あたしも聞かせてくれて嬉しかったよ~!」
『ほんと恋バナ聞くのうまいよね、彩花は! あ、ねえねえあのさ、彩花って、まだアレ叶える気まんまんなの?』
「アレ?」
『昔言ってたでしょ……「総理大臣と恋バナしたい!」って!』
「総理大臣と恋バナしたい!」
それがあたしの口癖だった。
テレビに映る人はみんな恋バナをしているのに、政治家の人は恋バナをしない。それを不思議に思っていた。
あたしは小学二年生のころ、駅前で演説をしている政治家の人に、
「恋、してますか?」
と聞いた。
政治家の人は、少し困ったように笑ったあと、
「してるよ。秘密だけどね」
と言った。
その瞬間、あたしに電撃が走った。
恋バナしなさそうな人でも、恋してるんだ!
その日からあたしは、「恋バナしてなさそうな人から恋バナを聞く」のが快感になった。
それからあたしは恋バナひとすじの人生を過ごしてきた。
「もちろん! 夢だし、目標! 総理大臣と恋バナする!」
『マジか~! がんばってね!』
「うん、じゃあまたね~」
『おけ!』
ピ。
恋バナが終わってしまった。終わる瞬間は、ちょっとさみしい。
あたしは、次なる恋バナを求め、まわりを見渡した。
腕を組んで歩くカップルが目に入った。このあたりはオシャレなカフェが多いし、カップルもいっぱい通る。幸せそうなカップルを見ていると、心が温まる。好きな場所だ。
二人は仲よさそうに互いに顔を向けあいながら会話している。どんな会話してるのかな、と思って近づこうとして……
変なことに気が付いた。
信号を渡ろうとしているカップル。信号は青だ。なにも問題ないんだけど、でも……
赤信号のはずの横の道から、トラックが全速力で走ってきてる。
運転席に目をこらすと、頭がかくかく揺れて、目はねむたげだ。
居眠り運転!!
「あぶない!!」
あたしは、考えるより先に体が動いていた。
いや、たぶん、心の奥底で、すぐに考えたのかもしれない。
「恋バナがひとつ、なくなっちゃう!」って。
カップルを突き飛ばす。
トラックはクラクションも鳴らさずにすっごいスピードで突っ込んでくる。
ドン、って音が体に響く。
手に持っていたあたしのケータイが吹っ飛んでいく。
同じくらいのスピードで、あたしも吹っ飛んでいく。
意識が消えかかるその瞬間……
あたしのケータイが、まるで雪が解けるみたいに消えていくのが見えた。
「お、来た来た! ヤッホー、
のんきな声が響いた。目を開けると、少し明るい!
目の前にいる女の人がいるけれど、それ以外は何もない。へんなところ。
「あたし、死んだよね?」
「そう、死んだ。けど、せっかくだし生き返りたくない?」
女の人はニコニコ笑いながらそう言っている。白くて綺麗な布を身にまとって天使みたいな翼を生やしている。
「もしかして、天使?」
「んー、天使はうちにはいないかな。似たのはいるけど……でもわたしはね、女神!」
「女神なんだ! ねぇ女神ちゃん、あたし生き返れるの? 総理大臣と恋バナできる!?」
「あー、それは無理だね」
女神ちゃんは手をふりふりした。
「ここ、あなたが元いた世界とは違うの。異世界。わかる?」
「わかんない」
「わかんないか」
女神ちゃんは手を組んだ。
と、そこであたしはあることに気が付いた。
あたしのケータイと、ショッピングで買った紙袋を、女神ちゃんが持ってた!
「え、それあたしの!」
「あ、これ? 彩花ちゃんを転移させるときに一緒にくっついてきたんだよね。ん-、今からまたゲート開くの大変だし……彩花ちゃん持ってっていいよ」
「え~、いいの!? ありがとう!」
女神ちゃんがケータイと紙袋を差し出したので、あたしはそれを受け取る。紙袋の中身は無事だ。
ケータイが無事かどうか、縦にパカッと開いて傷を確認する。あんなにすごい勢いで吹っ飛んでいったけど、大丈夫っぽい!
「なにそれ~、すごい機能だね」
「あ、これ? かわいーでしょ! 元の世界だとちょっと古臭いんだけど、あたしはこのガラケーのパカッて開くのが好きなんだ! ガラケーっぽいスマホになってるの! ねぇ見て女神ちゃん、このデコ! イケてるでしょ!」
「え? あぁ、うん……イケてるイケてる!」
あたしがケータイ表面のラメストーンを見せると、女神ちゃんはうんうん頷いた。
「話戻すけど。彩花ちゃん、あなたには、魔王と恋バナしてほしいんだ!」
「魔王と、恋バナ!? え、そんな話だったっけ?」
「そう。難しいことはまた今度説明するけど、魔王と恋バナできる異世界人が必要だったの。で、ちょうどよくあなたが死んで……まあ、利用させてほしいってこと。あなたの恋バナパワーを見込んで頼みたい!」
「いいよ!!!」
もちろん即答した。総理大臣と恋バナできないのは残念だけど、魔王と恋バナできるなんて、元の世界で生きてたら絶対できなかった大チャンス!!
「え、いいの?」
女神ちゃんは目をぱちくりしている。
「まあ、こっちもうれしいけど。それじゃあさっそく、転移させちゃうね」
「はーい、またね~」
「いちおう言っとくけど、最初は安全なとこに飛ばすから。魔王のとこには頑張って行きなね」
「え~」
女神ちゃんがどこからか取り出した杖を振ると、あたしの体がきれいな光に包まれはじめた。眩しさに目を細める。
「じゃあ、頑張って! 世界の命運、託したよ~」
「え? なにそれ」
あっという間に視界が真っ白になって、あたしの意識はそこで一度、とぎれた。
◇◆◇◆
ギャルは魔王と恋バナしたい!
◇◆◇◆
ゆっくりと目を開ける。あたしの目に飛び込んできたのは異世界の輝かしい景色………じゃなくって、ちょっと気味の悪い街の姿だった。
夕暮れどきなのか、道路の白い石畳が赤く染まってて、空には不気味な紫色の雲がもくもく立ち込め、街灯が不安定にちらついてた。
「え、ここが異世界? 恋バナムードなさすぎ!」
あたりをきょろきょろと見回す。街を歩く人たちは……ちょっと元気がないみたい。男の人も女の人も下を向いて歩いてるし、なんていうか、誰もうれしそうじゃない。
うーん。
「女神ちゃんは恋バナしてって言ってたけど……そんな感じじゃないかも」
あたしはとりあえず、店を探してみることにした。店員さんだったら話しやすいだろうし、この場所のことにも詳しいはず。
少し歩くと、「星の夢」って書いてある看板があるお店があった(見たことない文字だったけどなんか読めた!)。レンガでできた店で、窓が星型になってるのがオシャレだった。
看板のすみっこにでっかいダイヤみたいな絵が描いてあるから、たぶん宝石屋さんだろう。
「宝石屋さんか……」
あたしは元の世界の宝石屋さんを思い出す。将来を誓い合ったカップルや、恋人への贈り物を探す人たち。そしてそれをエレガントにサポートする店員さん。
ほとんどあたしは入ったことはないけど、憧れの場所だ。
「ここならきっと……恋バナもできるはず!」
扉を押し開ける。ギギギ、っていう、錆びた金属の音が鳴った。
店の中は薄暗い。窓から入ってくる光以外に、電灯はないみたいだった。作業に使う木製の台が置いてあったり、作業用の服みたいなのがある。ここは宝石屋さんっていうより、宝石を作る人の場所なのかも。
「だ、誰?」
部屋の奥から声が聞こえた。女の子の声だ。
「こんにちは! あたし、ここに初めて来たんだけど、いろいろ教えてもらってもいいですか?」
「え? え、えーっと……」
ゆらゆら、と赤い光が部屋の奥からただよってきた。
ロウソクを持った女の子が出てくる。さっき見た作業服を着てるから、きっとこの子が職人さんなんだろう。すごい!
「この町に……初めて来たの?」
「うん! あたし、彩花っていうの!」
「あ、う、えーと……あたしは、ソフィア」
ソフィアちゃんの声が少し聞きづらかったから、あたしはソフィアちゃんに近づいて行った。ソフィアちゃんはびくっ、って、少しびっくりしたみたいだった。
「あ、ごめん、びっくりさせちゃった! もっと近づきたくて」
「あ、う、うん、それはいいけど……」
そう言いながらソフィアちゃんは少しあとずさる。
「どうして、あなた……そんなに元気なの?」
「え? どうしてって……あたしはいっつも元気だよ!」
「ダークエモナの影響を受けてないってこと……?」
「え、ダーク……なに?」
「え……………………」
ソフィアちゃんはでっかい虫を見た! みたいに、びっくりとこわさが混じった顔であたしを見る。
シーン。店の中が静かになる。
「へんなこと言っちゃった? あたし」
「…………この町に、なにしにきたの」
ソフィアちゃんはじーっとあたしを見つめている。
「ん-、魔王と恋バナしろって言われたよ! あたしもだれかと恋バナしたいけどそんなムードじゃ……モゴッ!」
言い終わらないうちに、口が閉じられた。
ソフィアちゃんがあたしの口に手を押し付けてた。かなり強い力で、ぎゅーって。
「もごもごもご!(そ、ソフィアちゃん!?)」
「な、何言ってるの……!? 絶対そんなことダメ……!」
「もごもごもごもご!?(しゃべっちゃダメって、どういうこと!?)」
ソフィアちゃんはあたしの口から手を離そうとしない。
恋バナしろって女神ちゃんに言われたのに、恋バナしちゃダメって、どういうことなの!?
ソフィアちゃんはあたしのことすごい警戒しちゃってるみたいだし、どうすれば……!
と、そのとき。
プルリロリン、プルリロリン♪
プルリロリン、プルリロリン♪
ポップな着信音が鳴り響いた。あたしのポッケで、ケータイが鳴ってる!
「な、何の音……? と、止めて……!」
「もごもごもごもご!」
こんなタイミングで、だれが電話かけてきたの~!?
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