第2話 音楽

「はい、教科書二三ページですね。この構文は……」


 ソナルモニア附属女子高に赴任してから約一か月。今では少しずつ校舎にも雰囲気にも慣れてきたが、相変わらずどこを歩いても女子、女子、女子。職員室に戻っても、「先生ー!」と元気に声をかけてくるのは女子ばかり。男子高での感覚がまだ抜けきらない僕は、いまだにこの景色に戸惑うこともある。


「これは、バタフライズの歌詞にもあるんだ」

 

 そう言いながら僕は英文法の説明をする。バタフライズとは一九七〇年代に活動していたヨーロッパ出身の四人組のロックバンドのグループであり、世界的に有名で日本にも訪れていたことがある。


 バタフライズの曲は分かりやすい英語、そして耳に残るメロディとリズム、さらにどれひとつ同じ曲調のものがないと僕は思っている。

 

 親の影響で小さい頃からよく聞いていたバタフライズの曲。初期の頃は明るい曲が多く、中期以降で落ち着いた曲や不思議な雰囲気の曲もリリースしていた。

 

 メンバーのソロ曲もあって楽しみ方は色々。実家にCDが揃っており、バタフライズが気に入った自分にと一人暮らしをする時に親から譲ってもらった。英語が得意だったのも、昔からバタフライズを歌っていた影響が大きいかもしれない。


 担任を務める二年四組も、少しずつクラスの様子が掴めてきた。明るい子、静かな子、芯の強い子……個性豊かな四〇人。それぞれが日々の学校生活を懸命に過ごしている。


 中でもよく話しかけてくるのが梨香りかさん。クラスの中心的な存在で、誰とでも明るく接するムードメーカーだ。今日も、授業後に声をかけてきた。


「先生、英語のこのページちょっと見てもらっていいですか?」


 そう言って教科書を持ってくる。その後ろから、凪沙なぎささんが続く。

 

「ちょっと梨香、今日は私が先だったんだけど!」

 

 ショートボブの凪沙さんは、さっぱりした物言いが特徴だ。


 あくまで「質問」という名目でやってくるのだけれど、時には英語の話よりも日常の話題がメインになっているような気もする。が、教師としては、こうして生徒と話せる時間も貴重だ。


「じゃあ、順番に教えるね」と僕は答える。


 そこへさらに何人かが集まってきて、気づけばプチ勉強会のような状態に。少しずつ雑談も交えながら、生徒たちの自然な声がこぼれる。


「先生って、バタフライズ好きなんだ」

「私は最近ボカロばっかだけど……」

「歌詞がパッと出てくる動画が好き、ずっと見ていられる」


 僕は、どんな雑談であっても、些細な話であっても、なるべく自然体で接するように心がけている。


「バタフライズは……親の影響で子どもの頃からよく聴いてたんだ」


 すると、梨香さんが、

「へぇ……またおすすめとか教えてくださいね♪」と言っていた。


 こうした会話も、今の生徒たちの様子や空気感を知るためには大切な時間なのかもしれない。



 ※

 


 放課後の教室。生徒たちがみんな部活動へと向かっていく中、僕も職員室に戻ろうと提出物のプリントやノートを整理していた時だった。


「先生……少しいいですか?」


 声の主は、クラスでも一際目を引く落ち着いた生徒、琴音ことねさん。ロングヘアで美しいというよりも、どこか儚げで静かな雰囲気をまとっている。


 僕は、教師として落ち着いて対応するよう努めながら微笑んで言う。


「どうしたの、琴音さん?」


 彼女は一瞬うつむいて、言葉を選ぶようにしてから――こう言った。


「私も……バタフライズが好きなんです」



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