閑話 兎波運送の日常

「真知子さーん、明成高から依頼でーす」

「同じく。前田酒店リカーから、指名依頼来てまーす」

「代わって」


 前田酒店からの指名依頼。

 また、ビールなんかの配送。そして、配送人の指定~亀沢孝矢君。

 彼の元気一杯な対応、そして、誰もが信じ切れる誠実さ。素の彼は人懐っこいとか愛想が良いとかという訳じゃない。学校では、ぼっち傾向があるとか聞いてる。

 これはまどかだけではなく、中学の担任からも聞いている事。

 仕事モードの時は違うんだろうね。


 配送計画や担当の割り振りは、事務所で兎波真知子の役割。孝矢君の指名=固定客は多く、それもあってか、彼の配送効率や配送量は、二輪部の中で群を抜いてる。

 また、二輪部主任の春口君仕込の点検メンテの腕もピカイチで、本当に会社ウチにとって程の人材。


「いつもお世話になります。依頼内容は?はい、はい…、その、明日でも?…うーん。今日、彼の予定はかなり詰まってるのです」


 やはり、急ぎみたい。


「孝矢君は、今」

「オンラインで通知確認。お届け完了してます」


 iPadで受領サインをもらえる様になって、配送終了が逐一確認できる様になった。目まぐるしく進む電子化の波は、確かに合理化と簡略化、効率的な仕事をもたらしてくれる。


 …娘には「何で憶えられないの?」とキレられる事もあったりはするが…。


「今、県境迄走ってるんです。あそこからだと、南駅商店街へはどうしても…。ええ、それは分かるんですが…。では、別の者を向かわせますので。はい、お気持ちは分かりますが、孝矢君は1人しかいませんから」


 やっと、納得してくれた。


「春口君、お願い」

「前田酒店か…、了解です」


 春口君が配送で使うのはHONDA-VTR。

 10年前のモデルだけど、とにかく乗り易いって彼は使い続けてる。社長ダンナもだけど、春口君も孝矢君もHONDA車が好きみたいで、ウチの二輪は殆どHONDAの二輪バイクだ。


 彼の私用バイクはHONDA-CBR1000RRファイヤーブレードって、途轍もなくデカいバイク。


「亀沢君から連絡。馬渡部品から飛込依頼。サンプルネジを東坂下のハラ産業へ届けるとの事」

「東坂下?帰路も仕事獲得したの?」

「亀沢君って、飛込営業の素質有るのかもね。何か、行った先々で仕事請け負ってない?」

「ねぇ。私もそう思う」


 パソコンの画面に、馬渡部品からの依頼内容が転送され表示される。配送先や荷物から規定の配送費が算出され、「納得して依頼する」と馬渡部品の担当者のサインが送られてくる。


 本当にオンラインって便利。


 事務の女の子達のおしゃべりに私も同意してしまう。亀沢君は、人付き合いの上手い方じゃない。内気ぼっちと本人も言っているし、学校でも基本1人ぼっちで過ごしてるとか。

 でも、仕事時の誠実な対応は、彼を心から信頼させる。寧ろ、あまり語彙力のない素朴な喋りに誠実さが滲み出てる。素直に相手に伝わるのだ。

 結果、彼の固定客は増える。

 それに、裏道とか迂回路?県内の道を熟知してるとしか思えない。スピード違反なんかしてないのに、彼の配送時間は速い。だから、顧客満足度も高く、それも固定客増加に輪を掛けてる。


 独り旅?サイクリングが趣味らしいモノだったとか。中学時代から色々走り回ってたらしい。

 で、免許とったら、更に県内各地に行ったとか。新車で買ったスクーターPCXのナラシも兼ねていたらしいのだけど。

 それを共有しつつあって、今、二輪部バイクチームの裏道熟知度は半端ないらしい。

 これは軽トラ部も羨ましがってるが、二輪バイクだからこそ通れる路地もあって。


 この辺、主任チームリーダーの春口君のまとめ方が上手い。伝説の総長は仕事でもリーダーシップを発揮しまくってる。


 何せ、スケジュールを調整して二輪部バイクチーム全員で日帰りツーリングも敢行したやったって聞いてる。


 前もって計画し、顧客にも説明して全員の休みを調整して。社長ダンナは苦笑いしたものの殊更反対する事もなくて。

 軽トラ部や1,2t車、4t車、10t車…とにかくトラック部からは「ずるい!」って言われたらしいけど。


 そんなこんなで、パンデミックも落ち着きつつある今日、我が社兎波運送は、まずまず繁盛してるのです。

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