17話 「状況を打破せよ」

 直接説得を行ったものの、依然としてアイリとエクエスからは不安の色が消えないように見える。愛莉の状況を考えれば無理はないことなので、愛莉も誠も一々指摘することはないが、このままの状態だと伯爵をどうにかする前に計画破綻がおきそうなのが現状、誠と愛莉の一番の不安要素である。


「計画を考える前にね、二人にお願いがあるのよ。聞いてくれるかしら?」


 愛莉がアイリとエクエスに声をかけると、二人は互いに顔を見合わせた後に、愛莉の方を向いて小さく頷いた。


「伯爵に一泡吹かせたいのだけどね、知ってのとおり時間がないでしょう? だから失敗したくないの。だからね、これから計画が終わるまで、あなたたちには私が帰れなくなるかもっていうことは一回頭からなくしてほしいの」


「「え……っ!?」」


 愛莉からの提案に、アイリもエクエスも目を丸くしてまるでこの世の終わりとばかりに強張った顔をする。そして同時に驚きの声をあげた二人に、愛莉は吹き出して笑い、良い意味で愛莉が空気を読まないのがこんなにもありがたいと思うことになるとは思わなかった誠だった。


「ほら、二人ともそんなこの世の終わりみたいな顔をしてないで、伯爵に一泡吹かせるための計画を考えるわよ。じゃなきゃ私いつまで経っても帰れないわ」


「愛莉。今それ二人には洒落になってないからやめてやれ」


 誠の言葉に愛莉が二人を見てみると、確かに顔を歪めて固まってしまっていた。流石の愛莉もこの状況で言葉は選ばなければと若干ながら後悔したのだった。二人の表情を見た後に慌てて訂正すれば、顔は歪めたままではあるものの、固まるのだけはやめてくれて、愛莉はほっと安堵のため息をついた。


「さて、じゃあ計画を練っていきましょう。まずは二人の意見から聞きたいのだけど、どうしたら一泡吹かせられると思うかしら」


 愛莉が仕切り直して聞けば、少し考えたあとにエクエスが手を挙げた。


「父上はアイリ嬢の魔法の才能を利用しているようなので、それを利用できないようにしてはどうだろうか」


「……今更だけど貴方のお父さんなのよね。いいの?」


「ああ。アイリ嬢に幻覚魔法を使ってたなんて俺は一切知らなかった。知ってたらもちろん止めてたけどな。人にありもしない恐怖を植え付けて支配しようとする、父上のやり方には俺はついて行けない。……元々、あの人のようになりたいとは微塵も思ってなかったし、思い切りやってやろう」


 エクエスも実の親と何か確執のようなものがあるのか、多くは語らないため事実はどうかわからないが、あまり父子関係が上手く行っているようではないのは今のを聞けばどんなに察しの悪い人間でも気付くだろう。エクエスが心の底から父親をどうにかしたいと思っていることが伝わったのか、愛莉は真剣な表情でエクエスと目を合わしながら了解したという風に頷いた。


「エクエスは大丈夫だとわかったけれど、それにしても魔法の才能を利用されないようにする、ね。良い案だとは思うんだけど、具体的にはどうしたら利用されないかしら。いっそのこと国に属するとかかしら」


 国に属してしまえば例え有力貴族のベーメンブルク伯爵家といえども、簡単には手出しなど出来ないだろう。これが愛莉や誠の住んでいた日本ならいざ知らず、ここは王政を採用している国だ。王族に逆らえばまず極刑は免れないだろう。


「良いと思う。でも国に属するってそんなに簡単なものじゃないだろ? どうしたらいいんだ?」


 愛莉の考えに肯定の意を示したのは誠だった。国に属する、とうことはこの場合つまりは王族に仕えることになるのだが、これが誠のいうとおり一筋縄ではいかないだろう。王城勤務の魔法使いなど、国中の魔法使い達が喉から手が出るほど欲しい位置に違いないからだ。しかもアイリは平民であるので、もしそういった魔法使いを国が公募していたとしても、難関極まるはずだし何より時期が合致しなければならない。

 アイリは今この瞬間にでも国に属する必要があるのだ。開催時期など待っていたら、本当に愛莉が元の世界に帰れなくなってしまう。


「……この国の場合、貴族は国に属しているという暗黙の了解のもと、領地を運営しています。ということは、出来るかどうかは置いておいて、私が爵位を授与出来れば……」


「爵位を授与されるには何か、国家の繁栄に貢献したと評価されるほどの多大な功績を挙げる必要があるんだが、実は俺はアイリ嬢はもう既にその要項を満たしていると思っているんだが」


「えっ!?」


「実は私も」


「えっ!?」


「あ、俺もそうだね」


「えっ、えええ!? な、なんっ、どうしてですか!? 私何もしてないですよ!」


 エクエスも愛莉も誠も、アイリをからかっているのでなく、純粋にアイリがその権利があると思っているからこその発言である。だが、張本人であるアイリはそれを否定し、自分はそんな功績は挙げてないと主張していた。


 そんなアイリの頑固な主張に、三人はどうしようかと顔を見合わせて難しい顔をするが、愛莉がなにか閃いたような素振りをみせたあと、三人で集まって何かアイリに聞こえないように密かに話している。愛莉が何か一通り話した後、後の二人は愛莉の言うことに納得したように頷き、三人の会議は終わってしまったようだ。


「さ、三人ともどうしちゃったんですか? え、エクエスまで……。私にはそんな爵位をもらうほどの功績なんてありませんよ」


 三人がアイリを推しまくっているのだが、アイリとしては全く三人の気持ちが理解出来ないらしく、否定しながら困惑した表情を浮かべている。

 そんなアイリを目に、三人は呆れたようにため息を零しているのだが、実際アイリが今まで行ってきた功績を知った者なら、必ずと言っていいほど三人と同じ反応をするだろう。


「貴女は自分がどれだけすごい魔法を使ってるかわかっていないの? 魔法について知識の無い私や誠ですら分かるくらい、貴女はすごいのよ」

 愛莉が諭すようにアイリに言うが、まだアイリは釈然としない様子で不満げな顔をしている。そんなアイリに、愛莉は諦めたように小さくため息をつくと、誠とエクエスに対して首を横に振った。


 それは二人への合図で、先ほどの三人でのコソコソ話会議の内容に繋がってくるのだが、その内容がアイリに伝わるのはまだ先になりそうだ。


「この方向で計画を進めるにしても、まだ足りないわよね。伯爵に少しでも痛い目に合って欲しいのだけど……」


「素直だなおまえ……」


「アイリ嬢の功績を伝える際に同時に父上の悪事も暴露することになると思うから、もう貴族として生きていくのは無理だと思うが……まだ足りないか?」


 実際、アイリが貴族になったとしてもただアイリの才能を利用出来なくするだけで、ベーメンブルク伯爵に実質的な被害は無いに等しい。愛莉としてはベーメンブルク伯爵に実害を伴って欲しいのだ。


「ええもちろん。個人的には数発殴っても問題ないのではと思うくらいなのだけど」


「暴力沙汰になるのだけはちょっとやめてほしいんだが……。俺王国騎士団の人間なもので……」


「ああ、そうだったわね。ごめんなさい」


 エクエスの問いに目を爛々と輝かせる愛莉。更には物騒なことを言い出したので全力でエクエスが止めに入ると、愛莉は特段気にした様子も無くエクエスへ軽い謝罪をしたのだった。どうやら愛莉は今この切羽詰まった状態でもエクエスをからかっていたらしい。


「あ」


 急に誠が声をあげた。顔を窺うに何かに気付いたらしく、若干、よく見れば程度の変化ではあるが、誠の口元が緩んでいる。


「どうかした?」


「同じことをすればいいんだよ。目には目を、歯には歯をって言うだろ?」


「……なるほど。でもコレ彼女が使えなかったらぽしゃるわよ」


「そこはまあなんとかしてくれるだろ。パラレルワールド組が」


 これといった主語も無いまま話を進めていく誠と愛莉に、エクエスとアイリは首を傾げるばかり。だが、エクエスには誠達がパラレルワールド組になにかしらの無茶ぶりをしてきそうな予感を感じ取っていた。


「……俺達がなにかするのか?」


「いや、簡単なことだよ。……出来れば」


 不穏な一言を一番最後に付け加えないでほしいと思うエクエスだったが、せっかく自分たちの為に考えてくれたのだからと喉まで出かかった声を必死に思いとどめた。


「それで一体何をさせようと?」


「ベーメンブルク伯爵に幻覚を見せればいいんだよ。ソニードさんを付け狙えば恐ろしいことが起きると思い込ませるために、見せる幻覚はえっぐいのがいい」


「……なるほど」


 一番エグいのは君の頭の中だと言いたくなったエクエスだったが、これもどうにかして口には出さないように押し止める。だが、顔は雄弁にエクエスの心情を語っていたようで、誠が苦笑交じりにエクエスに言う。


「そんな顔しないでよ。俺だってこんなこと言うの本当は心苦しいんだ」


「シュヴァルツ、信じない方がいいわ。誠は他人に興味なんて無いからなんとも思ってないわよ」


 誠が本当に胸を痛めているかのように言っていた姿を見て、エクエスは納得しかけたが、その後の愛莉の言葉に思わず顔を引き攣らせた。どちらが本当のことなのかは、愛莉の発言の後に愛莉を軽く睨んでいた誠を見れば一目瞭然だろう。


「ま、いいや。というわけで、エクエスかソニードさん。二人のどっちか幻覚魔法を使えたりしないかな」


 開き直って誠がアイリ達に質問をする。すると、エクエスが顔を歪ませながら笑みを浮かべた。


「……すまない。俺は元々魔法が使えないんだ。魔力が少なすぎて」


「あ、ごめん……。悪いこと聞いちゃったかな」


「いや、大丈夫だ。誠も気にしないでくれ」


 そう言うエクエスの顔を見れば、本当になんとも思っていないのか、けろりとした表情で笑っていた。むしろ辛そうな表情をしていたのはエクエスよりもアイリの方だった。彼女は昔からエクエスと知り合いなのだから、魔力が少ないことでエクエスが苦しんだ過去でもあったのだろう。


「私は一応使えますけど、任意のものを見せられるほど得意な魔法ではないんですが……」


「ちなみにどんなものを見せることが出来るの?」


 遠慮がちに言うアイリの顔を覗き込みながら、愛莉が純粋な疑問を問う。するとアイリは少し考えたあと、言葉と同時に指を折りながら数えていく。


「えっと、相手が一番望むことを見せるものと、相手が真に恐れているものを見せるもの、ですかね」


 謙遜して「たった二つだけなんですけどね」と手を自分の顔の前で否定をするように振りながら、アイリは述べる。それを聞いたアイリ以外の三人は、またもや呆れたようにため息をついたのだった。


 ともかく、計画の方向性は固まったので、次に議題に上がるのは当然アイリの功績を国王に伝える術である。

 伝える係は満場一致で騎士であるエクエスに決まったのだが、どういった流れで切り出せばいいのか、と聞かれて愛莉と誠は考えるように黙り込んでしまった。


「何か今日中に行われるものはないの? 舞踏会的な」


「そんな唐突に王城で夜会なんて開かれてたまるか。警護するのは俺達騎士なんだぞ」


 エクエスをチラリと横目で見ながら愛莉が聞けば、即座にエクエスからの抗議が入る。それもそのはず。王城で開かれる舞踏会など事前に連絡や招待状が行くものであり、突発的に開くようなものではない。


「そうよね……」


 エクエスの抗議に諦めたように返事を返すと、愛莉は口をとがらせて再び黙り込んでしまった。

 愛莉と頭の中は、既に考えていることが一致していた。だが、そこに持って行くために結構な時間がかかるため、この方法を取れば愛莉が元の世界に帰れる可能性がぐんと低くなってしまう。可能性の海を思考が彷徨い、なんとか出来ないものかと光を探していく。


「――ひとつ」


 諦めて答えがでたものを提案しようと愛莉が話し始めようとすると、それは誠の行動によって完全に口にする前に止められてしまった。何をするのかと誠を睨み付ければ、誠には愛莉が何を言うのか検討がついていたらしく、口元に立てた人指し指を持って行き、言うなと言っていた。

 けれど、愛莉の頭で出せた答えはこれしかない。誠にもおそらく愛莉が言おうと思った計画以上のものは浮かんでいないはずなのだ。なのに、誠が何を言おうとしているのか、愛莉には見当もつかなかった。


「簡単なことだよ。俺を城に連れて行けばいい。あ、あと愛莉も」


 誠が考えていたのは、どうしたら夜以外に国王とエクエスが謁見できるかどうかだった。

 それは先ほど愛莉と同じことを考えていたように、仕事の報告を理由に一日の業務が終わったエクエスが王城を訪れるというものだった。だがしかしその為には夜まで待つことになってしまう。待っている間に何かしらの用意をするのが定石だが、生憎と魔法関係では愛莉も誠もお世辞にも役に立てると言い難い。


「なんで城に二人を連れていくことで国王陛下へのお目通りがかなうんだ?」


「エクエスがさっき教えてくれたじゃないか。この世界ではパラレルワールドがお伽噺だから俺達を見て驚いたって。それを利用して、パラレルワールドと、世界の特異点を連れてきたと言って、パラレルワールドの信憑性を持たせるんだ」


「そんなに上手くいくかしら」


「自分達が今までお伽噺だと思っていた人間が現れたら、そりゃあ驚くだろうなあ。でもこれで連れてきたのもソニードさんだったら、ソニードさんはもう一つ功績を得ることが出来る……と思う。たぶん」


 自信満々で言いながらも、誠はやはり心配なのか不安を煽る言葉を語尾につける。

 この世界ではパラレルワールドと特異点はお伽噺に出てくるものだった。誰もそんなものあるともいるとも思ってはいないが、内心神が気まぐれにこの世界に落としているのでは、と思う者もいるらしい。

 今の国王もパラレルワールドを信じる派の人間なので、誠と愛莉を見れば国王のアイリへの好感度も上がるだろう。


「今から行こうか? 善は急げって言うし」


 誠が三人の顔を見ながら聞けば、全員誠の意見に賛成のようでしっかりと頷いてくれたのだが、その直後お腹の鳴る音が聞こえてきた。


「も、もうすぐお昼の時間ですし、先に昼食を食べませんか?」


「もちろん」


 腹の虫が鳴いた方向――愛莉から目を逸らすようにして言うと、誠とエクエスは愛莉を責めるようなことはせず、肯定の意志を見せてくれた。愛莉はもう羞恥心から言葉を発することもせずにただお腹を抑えながら素早く首を縦に振ったのだった。それを見てアイリが笑わずにいられるはずもなかった。


「朝ご飯は私のせいで食べそびれちゃったし、お腹空きますよね。ちょっと待っててください。簡単に時間をかけずに食べられるもの用意しますね」


 愛莉へのフォローも入れてからキッチンに移動したアイリが持って来たのは、サンドイッチだった。簡単なものとは言っていたが、挟んである具材の種類が違うようで、色とりどりのサンドイッチが並べられている。


「美味しそうだわ。いただいていいの?」


「もちろんです。エクエスと神代くんも食べましょう」


 アイリに促されて四人全員でアイリが作った昼食を食べていき、よっぽど空腹だったのか、ものの一瞬で用意してもらったサンドイッチは無くなってしまった。出されたサンドイッチは愛莉のお気に召したようで、昼食前よりも心なしか上機嫌のように見える。


「さてと。お腹もいっぱいになったことだし、それじゃあ行きましょうか」


「お前が仕切るな腹ぺこ愛莉」


「もうお腹いっぱいになったって言ってたでしょ!」


 誠と愛莉の口論が始まってしまったが、それを流してアイリとエクエスは二人を家の外に連れ出す。この数時間でなんとも誠と愛莉の扱いが上手くなったものだ。

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