15話 「真実」

 愛莉たちが突然地下に行ってしまったので、誠とエクエスの二人は初対面でいきなり部屋に取り残されて気まずい思いをする、という地獄のような体験をさせられたわけだが、二人は思いの外相性が良かったらしい。愛莉たちを待っている間にダイニングテーブルで向かい合って談笑するまでになっていた。


「仲良さそうじゃない。何かあったの?」


「問題児の幼馴染みを持つと大変だって話をしてたんだ。あとこの世界の事とかも教えてもらったり」


「あ、そう……」


 階段から上がって来た愛莉と、その後ろに隠れるようにしているアイリを見て、エクエスは気まずそうに愛莉に問いかける。


「アイリ嬢がいるということはつまり……、俺の名前のことも?」


「そうね。貴方が伯爵子息だなんて思いもしなかったわ」


「す、すまない……。個人的な頼み事の時はあの名前を名乗るようにしてるんだ。……それでは改めて。王国騎士団特務隊隊長、エクエス・フォン・シュヴァルツ・ド・ベーメンブルクです。以後、お見知りおきを」


「以後も何も知っていたけれど」


「……空気読んでくれないか、琴宮嬢」


 不満気に愛莉をジト目で見ながら、エクエスが言う。そんなエクエスを見ながら、愛莉はくすくすと楽しそうに笑っていた。だが、一瞬のうちに真顔になった愛莉は、後ろに隠れているアイリを守るようにして右手をアイリの前に出し、そのままエクエスに話を振った。


「ねえ、シュヴァルツ。いえ、エクエス? 確かめたいことがあるのだけど、私とこの子の話を聞いて貰えるかしら?」


 愛莉の言葉でエクエスに見えるようにしてアイリが愛莉の後ろから顔を覗かせた。エクエスは自身のその目でアイリのことを確認した瞬間、椅子から立ち上がってアイリの方に足を進めようとしたが、アイリがあからさまにビクついているのを見たのか、足を進めることはせずにそのまま椅子に座り直した。


「……もちろんだ。俺も一度、ちゃんとアイリ嬢と落ち着いて話がしたいと思ってたんだ」


「な……」


「? アイリ嬢?」


「殴ったり……、しな、あ、しませんか」


 アイリが怯えながらエクエスに弱々しく問い返ると、エクエスは心底何を言っているのか分からないという顔をしながら、アイリの問いに対して頷いた。


「へっ? あ、ああ、もちろん。アイリ嬢、話をしよう」


 アイリがタメ口からわざわざ敬語に直している所をみると、元々は本当に気の知れた仲だったということがわかる。エクエスのことも呼び捨てで呼んでいたのでそこまで傷が深いわけじゃないと軽く見ていたことを、愛莉は今すぐ後悔するのだった。

 現状のアイリとエクエスは、どうにもちぐはぐしていて、傍から見ても関係が良好とは言い難い。


「単刀直入に聞くわ。貴女はアイリ・ソニードに暴力を振るっていたの?」


 ダイニングテーブルにアイリと愛莉、誠とエクエスを横ならびになるように座り直し、愛莉がオブラートも何もなく素直に聞けば、エクエスは再び目を丸くして混乱しているのか逆に聞き返していた。


「……ん? 俺が? アイリ嬢に? え、なぜ……?」


「…………こっちが聞きたいのだけどね?」


 エクエスの反応を見る限り、やはりエクエスはアイリに対して暴力を振るってなどいなかったらしい。だとすると、アイリが言っていたのは一体なんなのだろうか。あの鬼気迫る感じや怯え方からして、アイリが嘘をついているとは思えない。


「ちょっと口を挟んでもいいかな」


 答えが出ずに難航しているところに、誠がすかさず声をかけた。誠からすれば二人に対してだけじゃなくこの世界自体も詳しくはないので、下手に混乱させるのもと思って聞き専に徹してきたのだが、全員が黙って詰まった今なら、誠も気軽に発言出来ると思ったのだろう。


「俺は魔法のこととかよくわからないんだけど、そういう魔法ってあるのかな」


「そういう魔法?」


「そう。なんかこう、記憶を変えたりとかそういう魔法」


 誠の言葉に反応したのは、やはりというかアイリとエクエスの二人だった。

 エクエスは、はっと何かを思い出したようだが、その後何も言わずに深く考え込んでしまったので、エクエスが何かを思い出したのかは不明だ。だが、アイリの方はまだ弱々しくはあるが口を開いた。


「ある、にはあります。記憶を改竄する魔法は今は禁術指定されているんですが、かけた相手の認識をずらしたり、といった魔法も同じ括りに入ると思います。洗脳魔法、というんですが」


「洗脳? なんか物騒な名前の魔法ね」


「洗脳と言っても記憶改竄なども一括りにして言ってるだけですけどね。特徴としてはかけにくい解けにくい、あとは確か……、解けたときは魔力で出来た輪が割れる、だったかな」


 魔力の輪、と言われて誠のみそれに心当たりがあった。当人の愛莉は割れた直後に意識を失っていたので、おそらく覚えてはいないだろう。愛莉とソニード家の裏にある草原で話をしたとき、確かに愛莉は不自然なほど誠に遠慮をしていた。まるでお互いは半身ではないのだと言い聞かせるみたく、愛莉は光の輪が割れる直前まで「あなたは私、私はあなた」を口にしようとはしなかった。だがそれも洗脳魔法だったと言われれば納得だった。


「愛莉、お前いつ洗脳魔法なんてかけられたんだ?」


「は? 私が? 冗談言わないで」


「いや、本当なんだけど。お前の頭上で光の輪が割れたの見てた」


 少々話題が逸れてはしまうが、今の機会を逃せば愛莉に洗脳魔法のことを聞けるタイミングなどまず来ないだろう。少々申し訳無い気持ちになりながらも、誠は愛莉に聞く。すると、愛莉はやはり何も覚えていないらしく、変な質問をしたとばかりに誠は愛莉に変な目で見られた。それでもめげずに愛莉に言えば、愛莉は何か思い当たることがあったようだ。


「……そういえば、夕飯後くらいから何故か誠を解放してあげなくちゃって、そればかり考えていた気がするわ。勿論ずっと考えていたわけじゃ無くて、誠のことが頭に浮かぶと、それが頭に流れ込んで来ていた、というか」


「琴宮さんはいつのまにか洗脳魔法にかけられていたみたいですね。しかも症状や琴宮さんの状態を聞いた限り、かけられたのは洗脳魔法の中でも最高難易度に位置する意識変更魔法、みたいですね」


 洗脳魔法と言うのは大きく三つに分けられている。その三つで難易度も分けられていて、アイリ曰く、魔法をかけるのが簡単な程解くことも容易に出来るとのこと。


 三つの中で一番難易度が低いのが、かけられている相手に意識がある状態で体を動かされる〝操作魔法〟。二番目がかけられている相手に意識がなく、魔法使用者の言うことを聞かせる〝消失魔法〟。そして一番の難関がかけられている相手の意識はあるけど、その人の考えとは違うことをその人の考えだと思い込ませてそれが真実とさせる〝意識変更魔法〟。これは簡単に言えば記憶の改竄だが。


 そして今回何者かに愛莉がかけられていたのは一番難易度の高いといわれている〝意識変更魔法〟だった。愛莉自身は誰にかけられてのかもわからず、アイリとしても洗脳魔法は使用者によって魔法の発動条件が変わるらしく、犯人を特定するのは厳しいらしい。


「でも洗脳魔法が解けてよかった。ただでさえ解くのも大変だと聞いていたので」


「なんで解けたのかはわかってないんだけどね」


「思い出した!」


 急に黙ったまま考え込んでしまったエクエスが、逸れてしまった話題を手繰り寄せて戻すように立ち上がって大きな声をあげた。それに反応してアイリが若干ビクついたが、誠がエクエスを座らせ、愛莉がアイリの肩を擦ったことでアイリも大丈夫そうだ。


「す、すまない……」


「いいえ、どうしたの?」


「……俺がアイリ嬢に避けられていて会っていないのは知っていただろう? 会っていなくても一方的に見てたり魔力感知で気にしてはいたんだ。その時、ふとアイリ嬢に奇妙な魔力が纏わり付いていることに気付いたんだ。その魔力はどう考えてもアイリ嬢のものではないんだが、毎日纏わり付いていて気になっていたんだ」


 若干危ない発言が飛び出したような気もするが、ここを追求すると長くなると感じたのか、誰もエクエスにツッコむことはなく、エクエスは依然として真剣な表情で真剣に話している。……やはり先ほどの発言も場を和ませるためとか冗談で言ったわけではないらしい。


「その魔力に俺はすごく見覚えがあって、でも何日かするとその魔力はアイリ嬢の魔力に馴染んでしまって同一化してしまうからあまり思い出せなくて……。でも思い出したんだ。あれは父上の……現ベーメンブルク伯爵の魔力だった」


 それは、エクエスが一度言い淀んだのも頷ける答えだった。

 毎日アイリに纏わり付いていたということは、ベーメンブルク伯爵がアイリになにかしらの魔法を使っていることの絶対的な証拠だ。これは誰にも覆すことの出来ないものだった。


「で、でもそしたら私は伯爵になんの魔法を……?」


「……俺とアイリ嬢の認識等の違いを見て、これは幻覚魔法で間違いないんじゃないかと思う。きっとアイリ嬢が経験した、俺が暴力を振るったり酷い言葉を浴びせたなどは、父上が見せた幻覚魔法だと思う。……俺の推測が合っていればの話ではあるんだが」


 エクエスの言葉で、今まで目を逸らしながら接していたアイリが初めてエクエスに真正面から目を向けた。少しの間エクエスを見つめたアイリは、ゆっくりと真正面に座るエクエスに手を伸ばし、その頬にゆっくり手を当てると、静かに涙を流していた。


「あ、アイリ嬢……っ」


「もう、貴方に敬語で話さなくても、いいの? 昔のように、エクエスと、呼んでも良いの?」


 静かに涙を流しながら嬉しそうな悲しそうな複雑な表情をして聞くアイリの手を優しく握り、エクエスは柔らかく微笑んだ。


「……ああ。もちろんだ。是非、呼んでくれ」

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