ネオンが照らす嘘と本音
めづ
第1話 穢れた世界で息をする
ネオンが照らす、赤い門が象徴の街、K町。街灯の眩しさが増すほど闇は深くなる。私は今、この街と穢れた過去を背に、大きな一歩を踏み出そうとしていた。
19歳の母、奈緒と21歳の父、和樹の間に私、水野愛流は生まれた。母は高校中退、専業主婦。父は高卒、工場勤務。はっきりというと劣悪な家庭環境だった。幼い時から目の前で夫婦喧嘩が起き、母はいつも傷だらけだった。それでも、母は私を守り、愛してくれた。
「愛流は可愛い子になるよ。私よりもずっとずっと可愛い子になるからね。幸せになってね。」
そう、泣きながら私を強く抱きしめてくれた。小学生になると、母は家にいることが少なくなっていった。帰ってくるのは日付が変わる頃。どこにいっているか聞いても、笑顔でこちらを見るだけで、何も教えてくれなかった。父はほとんど家にいなかった。そんな父を母は「遊んでいるのよ。私が愛流を守るから。お仕事頑張るからね。」と涙を流して淋しそうにしていた。
小学二年生、12月25日。忘れもしないクリスマス。終業式が終わって、お昼頃に帰宅した。玄関には母のキラキラしたハイヒール。久々に母が家にいると喜んでリビングに走った私は、一瞬何が起きているか分からず、その場に立ちすくんだ。床に転がった大量の缶ビールと薬の包装。軋む縄の音。真ん中に置かれた椅子とその上には。
母の訃報を聞いた父は、家に帰って来た。それからが地獄のような日々だった。父は私を『代わり』として使うようになったのだ。
「養ってやってるんだから体くらい貸せよ。」
父はいつもそう怒鳴って、夜も眠れなかった。泣きながら母の言葉を思い出す。『私が愛流を守るから。』
「ママ、守ってくれるんじゃなかったの…。」
家は地獄。私の唯一の楽しみは学校だった。勉強があまりできなくても、父のせいで宿題ができなくても、あまり怒られることはなかった。友達もたくさんいた。頼れる大人、友達もいっぱいいたのかもしれないが、私からSOSを出すことはなかった。家の事情は一切口に出すことはなかった。しかし、いつの間にか私が父に暴力を受けていることがばれ始めた。誰が言い出したのか分からない。ビッチ、売春婦。そう言われていじめが始まった。最初は悪口だけで済んでいたが、次第に物を盗まれる、椅子に画鋲を置かれる、男子トイレに連れて行かれる。先生は見て見ぬふり。そうしていじめがエスカレートしていって、学校を休むようになった。
「お前、学校も行かないのかよ。将来金稼いでもらうために行かせてやってたのに。じゃあ俺について来い。仕事を紹介してやるよ。」
そう言って父と外に出た。奈緒が怒るだろうけどな、とぼそっと言っていたのは気のせいだと思うことにして。
連れてこられた先は、賑やかな都会だった。赤く光った門を潜って、少し暗い路地に入る。お姉さんたちがずらっと並んでいて、おじさんがたまに声をかけている。初めてくる知らない場所に興味深々できょろきょろあたりを見ていると、父の足が止まった。
「和樹さん!お疲れ様です!」
そう父に声をかけたのは中年のおじさん。
「昨日の話の通りだ。こいつをよろしく。終わったら連絡頼む。」
そう言った後、父はどこかへ行ってしまった。
「愛流ちゃん、じゃあ行こうか。」
初めてのホテル。父よりは優しかった。そう思う私は異常だろうか。出てきた私を父は笑顔で出迎えた。
「こりゃ5万です!めっちゃ良かったっす!」
「お前やるな。一回で5万稼げるんだぞ。女でよかった~。」
その日、私は三度『仕事』を繰り返し、心身ともにぼろぼろだった。恐怖で普段嫌いな父親の手を強く握った。
「明日もよろしくな。」
その夜も、父は変わらなかった。
翌朝、私は「学校に行く」とだけ言って家を出た。スマホと、ほとんど空の財布を詰めたランドセル。あれが、私のすべてだった。十歳の、私のはじまりだった。
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