ベースラインの交わる場所で

某キタムラ

第1話

 文化祭、ライブステージの大トリ。ガールズバンドの疾走感あるメロディで、フロアは熱狂に包まれる。生徒たちは総立ちになり、手拍子やら、調子のいい掛け声やらを入れている。ステージ上の四人は、そのロックに少々似合わないセーラー服で、各々の音を奏でる。ただ、その中でも沢村は、幾色のステージライトのみで照らされた体育館の中で、より一層光っていた。


 沢村が奏でるベースは、ロックされた空気をどんと低く振動させ、鼓膜を伝わってゆくと同時に、頭蓋も揺らしてゆく。小柄で華奢な彼女から発せられているとは思えないほどの重厚な音である。演奏が落ち着いたかと思うと、沢村は、ベースソロで回していく。電光石火の手の動きで、親指で弦をたたき、人差し指で弦をはじく。

「スラップ」と呼ばれるものだ。黒髪のポニーテールは揺れ、それとともに会場も揺らしていく。いつもクラスで見る沢村とは、まるで違う。

 熱狂ぶりはさらに増していく。その観客の中に一人、沢村に対して、恋心、いや、それにとどまらない憧憬の心を抱いた男子が一人いた。彼は、会場後方で、沢村だけを見つめている。純粋な心だが、横の友達は、それは下心だと言った。





 甲高い金属音があったと思うと、風のうなりを上げる白球が、真横をふっと通過した。


 「遠藤、そんな守備じゃレギュラー奪われるぞ!甲子園に行くんだろ」


 監督は、そのしわがれた声に似合わない強烈なノックをする。過酷なノックは一時間を超え、太陽の光は坊主頭を鈍く突き刺している。


 「ほら遠藤、もう一回!」


 今度も同じコースを辿って打球が向かってくる。三塁ベースラインすれすれ。三塁の守備は本職であったのだが、グラブの先端をかすめ、打球は外野へ転がっていった。監督のため息と同時に、茜の斜陽にもやがさした気がした。





「おい遠藤、どうしたんだよ最近。エラーはお前に似合わないぞ」

「まぁ、しゃーなし......。うん。仕方ない」

「んー、なんかあんのか?こないだの中間テストの成績があれだったとか」

「べつにないけど」


 俺は、山崎に何も悟られないよう、帰りの自販機で買ってきたポカリスエットを流しながら言った。

 もう日は沈みかけていて、向こう側の空だけが、澄んだ褐の空と対をなすように、淡い橙をしている。「マジックアワー」というやつだろうか。

 すると、後ろから来た大きな荷物を肩から下げたり、背負ったりしたのがやってきた。


「おう、山崎、遠藤」

「おっす、ギターお疲れ様っす」


 どうやら軽音楽部も帰りのようだ。男女四人ずつで固まっている。その中には、あの沢村もいた。山崎は男子の方と少し話をしていたのだが、俺はというもの、沢村の方を見ないようにと、必死に目線を正面に向けたままでいた。


「えっと、遠藤くん」


 後ろから沢村に呼び止められて一瞬全てが止まったように感じた。


「定期、落としてたよ」

「あぁ、ありがとう」


 その返事はぶっきらぼうになった。あと、何かを言わなければ。


「あと、この前の文化祭のライブ、ベースめちゃかっこよかったよ」

「え、まじで!ありがと~!ベースってさ、なかなかそんなこと言われないから」


 沢村はそんなことないよと言わんばかりだったが、えくぼを浮かべてそう答えた。

 その時、後ろの三人の女子は、互いに目を合わせていただろうか。

 俺はぎこちない笑顔を浮かべてその場を離れ、山崎の元へ戻った。

 駅のホームまで着き、軽音楽部もだいぶ離れていったところで、山崎はまた口を開く。


「恋に落ちたのかい」


 いきなりの一言に思わず噴き出す。


「沢村と話してるとき、傍から見ても、あー、テンパってんな。と」


 山崎は、薄気味の悪い笑顔を浮かべている。


「不調の原因はもしやそれなのでは」

「違う。断じて」

「でも沢村のことが好きなのは?」


 ここで俺は口を噤む。山崎は、納得したかのように首を縦に振った。

 不調ももしかしたら恋心があるからなのかもしれない。でも、認めたくはない。ただの俺の実力不足なんだと。ただ、どちらにしろ、この気持ちはどこかで消化しなければならない。


 各駅停車はいつの間にか目の前にとまり、ドアが開く。利用客は俺たちの高校の生徒くらいだろう。やけに明るい車内の座席に二人でどっと腰掛け、ゆっくりと地面はずれ始めた。

 





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