信世界クランバックス

渡貫とゐち

第1話 日本が変わった日


 ――夏休みが始まった!


 中学三年の高校受験が迫った最後の夏休み。もちろん遊んではいられない。

 周りは塾やら夏期講習に精を出すわけだし……当然、おれだって前もって夏期講習に申し込んでいる。

 さっそく、今日の午後から始まるわけだけど……さてさて、それどころじゃないっぽいぞ?



「……あれ? 繋がらない?」


 隣町に住むじいちゃんから着信があったらしい。かけ直してみたけど繋がらなかった。

『おかけになった電話番号は、現在、電波の届かないところに――』の途中で切る。まあ、大事な用事なら家までくるかもしれないし……入れ違いは避けよう。


 既に昼前だった。明日から夏休みだしなあ、と思って夜更かししたら、分かってたことだけどいつも通りには起きられなかった。

 ま、怒る人がいるわけじゃないし。じいちゃんの電話は、もしかしてモーニングコールだったりして。


 スマホをいじってネットニュースを見ようとしたけれど、これも繋がりにくい。読み込み中のぐるぐるが一向に消えてくれなかった。重っ。

 意味もなくスマホを振ってしばらく待つ。冷蔵庫から、まだ開けていない炭酸飲料を、ぷしゅ、と開けて――喉を潤す。

 急な刺激に喉が痛くなったけど、(強くむせた!)おかげで目が覚めた。


 スマホを見る。まだぐるぐるのままだった……こりゃダメだ。


 スマホは諦めて、パソコンを立ち上げる。

 スマホがダメならパソコンも……と思ってしまうけど、回線の速さはパソコンの方が上だ。母さんが残していった高性能。速くないと困るってものだ。


 多少重いが、ネットに繋がった。

 そこで目を引いたのが――――ある見出しのニュース。



『首無し男による日本改革宣言か!?』



 ……オカルトムック本みたいなタイトルの見出しに引き寄せられ、クリック。よく見れば他のニュースは一切なく、その記事の関連ばかりが画面にたくさんあった。


 例外は天気予報だけだった。ちなみに晴れ。気温は……、うんざりする数字だった。


 ともあれ、いくつかの記事を開いていくと、


『日本(裏)に被害甚大、ドラゴン警報発令中……』


 ………………なんだこれ。


 スマホを掴んでアプリを起動。クラスメイトに向けてメッセージを飛ばすけど、回線が重いせいで届けられない。

 送信中……、から画面が動かなくなってしまい、諦めて一度再起動させようと電源を長押しする。


 ぐっと力を入れて、気づけば速くなっていた鼓動を落ち着かせる……ふう。じんわりと汗が出てくる。あ、冷房をつけてなかったからか……ただ、暑いわけじゃなかった。汗だけど、これは冷や汗だ。


 スマホの再起動を待ちながら、パソコンへ戻る。

 動画サイトへ移動する。速いとは言えないけど、それでもスマホよりはマシだった。


 多くの動画配信者が同じ動画を上げている。同じサムネイルで画面が埋まっていることなんて初めてだった。


 今日の早朝のことだ――突如、日本の上空に現れた謎の人影。その映像は編集なしで、カメラで撮ったそのままをサイトに上げているらしい。

 まるで災害の時の映像みたいで……、同じ場所を色んな角度から撮っているから、なにが起きたのか分かりやすいはずなのに。……なのに、なにも分からない。


 無修正なのにフェイク動画みたいだった。


 なんとなく、『東京(公式)』となっているチャンネルの動画を見ることにした。


 好きな配信者の動画でもいいんだけど……、一番上にあったから、つい押してしまった。

 同じ内容なら、どれを見ても同じはずだ。


 動画が再生される。当時の天気は曇り。今が快晴であることを考えると信じられないくらいに不吉な曇天だった。

 灰色の空で覆われた上空から、一部だけ雲が裂け、一筋の白い光が差した。その光を浴びているのが、宙に浮かぶ謎の男だった。


 男? ……なのかは分からないけど。白い修道服(……なのか?)を纏う手足の長い――人間、なんだけど、でも、そこも疑ってしまう。だって顔がなかった。


 白で統一された体に、差し込んだ光の先には太陽がある。


 太陽が、頭部と被った。

 まるで――日の丸だ。


 男が言った。顔もないのに声がはっきりと聞こえてくる。

 動画なのに、それはまるで、おれの頭に直接流れてくるみたいに――鮮明に聞こえた。



『私は日本だ。貴様たちが立つその大地そのものだが……、こうして大地の一部が顔を出したと思ってくれていい。……あらためて見下ろしてみると、うじゃうじゃと……多過ぎやしないか? とは言え、間引くと困るのも事実。現時点で多いからと言って減らせば未来がない。それは私としても困ったものである』


 息を飲む。

 男の言葉に、引き込まれる……。



『現状の少子化に文句はない、移民を増やせばなんとかなるだろう。私は日本だが、大地を踏む人間は日本人だけだ、と言うつもりはないのだ。日本人の証明は、血ではない。血ではなく、ソウルだろう?』



 男が心臓を叩く。

 どくん、と、大きくカメラが揺れたのは、撮影者ではなく大地が揺れたから……?



『そうだ、ソウルの話だ。そういう世代なのか分からないが……しかし、そんなことは関係なく、人と人の問題か? 顔も合わせずネット上でやり取りをするからこそ、繋がりが希薄になっていったのか? 戦争がなければ我が国は団結すらしないのか? 恥ずかしい話だが、これが今の世の中なのだろう。日本の現状だ。さて、誰が悪いのだ?』



 撮影者だけでなく、周りにいるであろうギャラリーも、誰もなにも言えない。

 首無し男の独演が続く。



『個人のせいではない。そんなことを言い出したら、一体いくつのバタフライ効果が絡まり合っているか分かったものではないな。だから、これは制度であり風潮、風土である。……私のせいなのだろう。国の、せいなのだ。積み重ねた歴史と、分かっていながらなにも手を打たなかった私のせいだと言えるだろう。ああ、自覚しているよ』



 ――だから責任を取ろう、と言った。


 そして、それがはじまりだった。



『私が蒔いた種である。ならば、責任者が対策を取るのは当然だ。責任者がなにもしないのならば、国民の不信感が募るのは当然。誰もこんな国にいたいとは思わないだろう。――早急に改革をしなければならない』



 私が変える。

 私が手を打つ。


 その言葉は救世主のようでいて、だけどおれたちを言外で責めているようにも感じられた。

 こんなおれたちだから、私が出ざるを得なくなったんだ、と。



『文句があって結構だ。敵を作れば、貴様たちはやっと一致団結をしてくれるのではないか? 追い詰めれば、貴様たちはその重い腰を上げるのか――?』



 ドキッとした。痛いところを突かれたように体が跳ねた。

 子供のおれでこうなのだから、大人たちは……痛感しているのだろうか。


 同じ日本人でいながら一致団結の気配のない、今の社会を――どう思ってる?



『私は日本。……さあ、改革を始めよう。互いに信頼し合うことでたったひとりの代表者を決めてほしい。そして、私の目の前に現れてくれ……。全員の信頼を勝ち取った王こそ、私を倒すことができる。私こそが新たな支配者。最強の、敵だ』



 どよっ、と、やっと周りからリアクションがあった。

 空気に飲まれる、という状況からやっと抜け出せたのだ。


「え、敵なの!?」と戸惑う声が聞こえてくる。


 あの男が日本の……擬人化? というのを認めるとして、彼が敵になるのはおかしいだろう、という声が多かった。けど、間違ってない。

 日本みずからが敵となっておれたちの団結を促しているなら、これが責任者のやり方なのだ。


 実際、周りではちらほらと隣の人と意気投合している人が画面に見切れていたし。



『このまま日本を一掃されたくなければ――死にたくなければ生きろ、戦え。貴様たちにはその力があるはずだ――その力を、私が与えたぞ』



 与えた? 力を……?



『足りない才能を仲間で補え。由緒正しき血族は意味をなさない。全員が英雄になれる世界となった――倫理観など捨ててしまえ。今後、誰もなにも咎めない。見せてみろ、我が子たち。貴様たちはこの裏日本で誰を英雄とするのだ? 誰を排除し、誰を取り込む――? さあ、貴様たちの一致団結の結果を、私に見せてみろ!!』



 そして、曇天が晴れた。


 快晴が顔を出す。その時にはもう、首無しの男は、上空のどこにもいなかった。


 ……動画はここで終了している。

 他の配信者の動画ではこの先のことも分かるのだけど、動揺したまま続く考察を聞いても頭がこんがらがるだけだからやめた。今は、落ち着こう……。


 気づけば再起動を終えていたスマホを手に取り、次にパソコンではなくテレビをつける。ネット派だけど、こういう時はテレビの方が頼りになる。


 どこのチャンネルもニュース番組だった。夏休みだけど平日だから、昼前ならニュース番組ばかりだっけ?


 どの局も早朝の話題で持ち切りだった。

 誰も冗談、とは言わないあたり、本当なのだろう……。実際に世界は変化しているわけだ。


 男が言ったように、力は、与えられているようで……。

 専門家(なんの?)が言うには、『誰かを信頼することで特別な力が芽生える』――らしいのだ。


 そして、信頼し合うと、親と子のように上下関係が生まれる。

 その関係性を、『クラン』と呼ぶ。


 子の子がさらに子を作って、と、鼠算式に増えていくクランが統合されることで、大きなクランとなっていく。


 そのクランが日本で最大規模となった時、最も上に立っている人間が王であり、代表者。



 ――そう、日本(あの男)と、再び会うことができる。

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