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渋谷区カルナタワー屋上祠に関するレポート
―「いざり/いだるさま」信仰の変遷と都市開発による神格変質について―
1. はじめに
本研究は、東京都渋谷区に位置する大規模複合商業施設「カルナタワー」の屋上に現存する小祠について、その由来と変遷を明らかにすることを目的とした調査である。現地調査および古地図・行政記録・住民への聞き取り調査を行った結果、この祠が単なる慰霊施設ではなく、明治以前から当地に鎮座していた地域信仰の中心であることが判明した。さらに、近代化の過程で神格の性質が大きく変質した事例であることも明らかになった。
2. 調査概要と方法論
本調査では、包括的な情報収集のため以下の手法を用いた。まず、明治期から現在に至る古地図および行政記録の分析により、祠の移転経路と土地利用の変遷を追跡した。次に、周辺地域の高齢住民への聞き取り調査を実施し、口承による伝承内容の収集を行った。さらに、昭和期から平成期にかけて発生した関連事件の新聞記事と裁判記録の分析を通じて、神格の性質変化と社会事象の相関関係を検証した。特に、呉修造事件(1950年)、永山カヲ事件(1961年)、渋谷シネマパレス毒物混入事件(1992年)の詳細な記録は、神格の性質変化を示す重要な資料として活用した。
3. 歴史的変遷の概観
3.1 戦前期:正統な神社としての機能
文献調査により、現在のカルナタワー周辺地域には戦前まで水波能売神の御分霊が正式に奉納され、地域の鎮守として機能していたことが確認された。この祠は農耕と治水を祈願する正統な神社として、地域住民に崇敬されていた。しかし、戦中の空襲により祠は焼失し、戦後の混乱期を経て再建される過程で、本来の神格や祭祀体系が完全に失われた。
注目すべき点は、この過程で祀られる神格が水波能売神から「いだるさま」という正体不明の存在にすり替わっていたことである。このすり替わりの理由や経緯については、現在でも全く不明である。
3.2戦後期:「いだるさま」への変質
文献調査によれば、「いだるさま」という呼び名自体の由来は不明であるが、「いざりさま」が訛った形である可能性が指摘されている。なお、『地方聞書・異形の霊と伝承』には「いざりさま」に関する記録が存在するが、同一神であるか否かは不明である。また、なぜ渋谷の地に現れたのかについても、不明である。
『地方聞書・異形の霊と伝承』には、次のように記されている[4]。
「いざりさまの起源、及びどこより出でしものなるか、記録に見ゆることなし。伝えるところによれば、突如として現れ、強き怒りを抱く者を呼び寄せるとされる霊的存在なり。怒りを内に湛ふれば、霊の力を借ることが叶ふが、その代償として足は鈍り、速やかなる行動を阻まるると。往古より、村の子らは『怒れる心を抱きし時、いざりさま呼ぶべからず』と戒めたり。」
『地方聞書・異形の霊と伝承』によれば、怒りの力と引き換えに受ける禍を避けるため、当時の人々は慎重に扱ったとされる。なお、「いざり」には古語で「足のたたない人」という意味がある。
3.3 昭和期:異常事件の発生
太平洋戦争末期、渋谷市民會館の建設に伴い、祠は同建物の裏庭に移設された。しかし、戦後の混乱により適切な祭祀が行われず、実質的に放置状態となった。この放置期間中に、祠と関連する異常な事件が相次いで発生した。
1950年に発生した呉修造事件[1]では、23歳の男性が日本刀による刃傷事件を起こした。犯人は恋人の死体と共に発見され、「生き返らせたかった」「十八人必要」などの異常な供述を行い、留置中に急死した。この事件を契機として祠の存在が思い出され、修復が行われた。
さらに1961年6月4日には永山カヲ事件[2]が発生した。44歳の女性が渋谷市民會館で開催された婦人会の集会で青酸毒を混入し、24名が死亡する大惨事となった。犯人は事件当日に祠を破壊した後、被害者の耳朶を切り取るなどの異常行動を取り、「娘のサグを甦らせるのだ」と供述していた。犯人もまた留置中に急死している。現在、祠の横には永山カヲ事件の被害者を慰霊する慰霊碑[5]が設置されている。
いずれの事件も、犯人は事件発生直前に、当時裏庭に存在した祠を破壊しており、この行為が単なる破壊衝動ではなく、なんらかの儀式的な意味を持つものと推測される。
この永山カヲ事件の発生を受けて、1年に一度の祭祀が開始されるようになった。1972年に渋谷市民會館が取り壊され、渋谷シネマパレスの建設が開始された際も屋上に設置されたが、祭祀は行われなかったようである。その後は再び放置状態となった。
3.4 平成期:最後の移転と封印、新たな異常事件
渋谷市民會館の取り壊しに伴い、祠の処遇が問題となった。当初は完全な撤去が計画されたが、工事関係者の相次ぐ事故や異常行動により工事が中断された後、現在の渋谷シネマパレス屋上への移転が検討され実施された。
しかし、移転後も異常な事件は継続した。1992年に渋谷シネマパレスの元従業員による殺人未遂事件[3]が発生した。犯人は屋上ドアを破壊して侵入し、屋上施設を破壊した後、従業員5名にタバコを混入した茶を飲ませて重軽傷を負わせた。犯人は「6人が癌になって死ねば、息子が助かると思った」と供述しており、過去の事件と同様に身内の救済を目的とした異常な動機を示している。
なお、この事件の裁判記録には「施設内の祠を破壊」との記載があり、屋上施設の破壊とは祠を指している可能性が高い。
3.5 平成から令和にかけて:最後の移転と忘却
渋谷シネマパレスは1998年に閉業し、2020年に地上23階建て複合ビルカルナタワーが完成した。
この移設により、「いだるさま」の存在は一般市民からはほぼ完全に隠蔽された。カルナタワーの利用者や周辺住民の多くは、屋上に祠が存在することすら知らない状況となっている。現在のカルナタワー利用者や周辺住民への聞き取り調査では、99%以上の人が屋上に祠があることを知らないと回答している。
わずかに知識を持つのは、建設関係者と一部の高齢住民のみである。
4. 結論と今後の課題
本調査により、カルナタワー屋上の祠が単なる慰霊施設ではなく、長い歴史を持つ地域信仰の最終形態であることが明らかとなった。水波能売神から、「いざりさま」「いだるさま」への変質過程は、日本の近現代史における社会変動が民間信仰に与えた影響を具体的に示す貴重な事例である。
特に注目すべきは、祠の放置や破壊と異常事件の発生に明確な相関関係が認められることである。呉修造事件、永山カヲ事件、渋谷シネマパレス事件のいずれにおいても、犯人は祠への破壊行為を行い、身内の蘇生や救済を目的とした異常な供述を行っている。また、全ての犯人が留置中または事件後に急死している点も共通している。これらの事実は、神格の性質が正統な守護神から何らかの異質な存在へと変質していることを強く示唆している。
現在、この祠に関する知識を持つ住民は極めて少なく、信仰の継承は事実上断絶している。しかし、過去の事件記録や住民証言から推察される限り、神格の持つ潜在的な力は完全には消失していない可能性がある。
今後の研究課題として、以下の点が挙げられる。第一に、封印の有効性と持続性に関する継続的な調査が必要である。簡易的な封印が長期的に機能するかは不明であり、定期的な監視と記録が求められる。第二に、類似事例の全国的な収集と比較研究により、都市化による神格変質の一般的パターンを解明することが重要である。第三に、現代における新たな信仰形態の可能性について、継続的な観察を行う必要がある。
「いだるさま」の事例は、現代都市における「忘れられた神格」の典型として、民俗学的価値を有するのみならず、都市計画や文化財保護の観点からも重要な意義を持つ。適切な記録と保存により、この貴重な文化的遺産を後世に継承していくことが求められる。
[1] 『███新聞』1950年10月8日 朝刊 p.1 より
[2] 『████新聞』1961年6月4日 朝刊 p.3 より
[3] 『██新聞』1992年年12月3日 朝刊 p.1 より
[4]『地方聞書・異形の霊と伝承』明治期写本より引用[2]
[5]永山カヲ事件の被害者を慰霊する慰霊碑
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