第10話 海賊の格好

「ソーヴル諸島の一つ、アブレリート島に上陸するよ!」


 そうピカネートが宣言したのは、太陽が真上に差し掛かろうという頃だった。その時宇海うみはへとへとに疲れ切ってお腹を空かせていた。

 ココがちょうどお昼ご飯を作り終えたと言うので、先にピカネートから話を聞いていたゴルタヴィナと見張り要員のサミニク以外のみんなで船長室に集まり、ご飯を食べながらピカネートの話を聞いた。


「アブレリート島はあちこちから商船の集まる、交易の盛んな島だ。もちろん市場じゃ食材も豊富に取り揃えられているけど、珍しいものがあるからって目移りしないようにね」


 特にココ。と念押しするようにピカネートが言うと、ココは「ええ~」と不満な声を漏らした。


「それを言うなら、ピカねぇだってそうでしょ。前に停泊した港で高そうな宝石買ってたじゃん」

「あれは買ったんじゃなくて貰い物だからいいんだよ」

「あら、奪ったの間違いじゃないの」

「ちょ、アーレフ!」


 三人のやり取りが面白くて宇海が思わず吹き出すと、白熱していたココとピカネートが恥ずかしそうに口を閉ざした。アーレフはうふふと笑っている。

 ごほん、と咳払いしてピカネートが話を切り替えた。


「とにかく、島に着いたらヴィーナとサミニクに留守を任せて、ここにいるアタシたちで買い出しに行くよ。留まっている間にどれだけアイツらに距離を縮められるかわからないから、四人で一緒に行動して、なるべく早く終わらせる。わかったかい?」

「ええ」

「わかった」

「うん」


 三人が頷いたのを見て、ピカネートも大仰に頷いた。


「よし。それじゃあ食べ終えた者から解散! 各自上陸準備を進めるように!」




 上陸準備、と言われても何をすればいいのか宇海にはさっぱりわからなかった。だがピカネートに「ウミはちょっとここで待っていて」と言われたので、昼食を終えた後も大人しく船長室で待っていた。早々に食べ終えたピカネートが「少しヴィーナに話しがあるから」と部屋を出た後、ココとアーレフがみんなの分の食器を持って去っていき、宇海は一人になった。


(……まだかな)


 少し、と言っていたけど長いな。なんて思いながら、宇海はしばし船長室の中を見学していた。

 船長室の中には本当に色々なものがある。ピカネートが買ったのか貰ったのか奪ったのかした宝石もこの中のどれかだろうか(それにしてはどの宝石も雑に放り投げられている気がする)。帽子や服もいくつかあり、宇海はその中の一つを手に取った。いかにも〝海賊の船長〟といった見た目のジャケットだ。


(かっこいいなぁ……)


 これをピカネートが着たら、かっこいいに違いない。そう確信を持ちながらジャケットを眺めていると、宇海の中に〝これを自分も着てみたい〟という願望が現れた。


(……)


 きょろきょろ。


(だ、誰も見てない、よね?)


 ちょっと着てみるだけで、すぐ脱ぐし、大丈夫だよね?

 どうか誰も見ていませんように。誰も入ってきませんように。と願いながら——それ以上に海賊の服を身につけることに興奮しながら——宇海はジャケットに袖を通した。ジャケットは宇海にはまだ大きく、袖口から指先が少し出るか出ないかといった具合だった。それでも両腕に通し、ジャケットの重みを両肩に感じると、宇海はもう嬉しくてたまらなくなった。わたしは今、海賊の格好をしているんだ!


「えへへ……」


 キャビネット棚のガラス戸に映る自分の姿を見ながら、宇海は舞い上がっていた。その場でポーズをとってみたり、手近に置かれていたネックレスをつけてみたり、帽子もかぶってみたり。それはもうはしゃいでいた。

 ピカネートが訪れたことに気がつかないほどに。


「おやおや、ずいぶん楽しそうだねぇ」

「ひゃぁあ⁉」


 驚きのあまり宇海が飛び跳ねると、それを見たピカネートがからからと笑った。


「あ、ご、ごめんなさいごめんなさい! その、あの……」

「いいよいいよ、謝らないで。そういう格好がしたい気持ちはよくわかるからね。気に入ってくれたなら嬉しいよ。ああ、でも着るならこの部屋の中だけにしておきな。ぶかぶかの服を着たまま船内を歩き回るのは危ないからね」

「うう……はい……」


 宇海は恥ずかしくて消え入りそうな声で返事をした。いったいいつから見ていたんだろう。

 ピカネートは自分の椅子に座り、宇海にも座るよううながした。宇海はいそいそと身につけたものを外して——「おや、脱いじゃうのかい、もったいない」とピカネートが言ってきたが、宇海は顔を赤くしながら「い、いいの。もう大丈夫だから」と答えた——向かいに座った。


「待たせて悪かったね。ウミをここで待たせていたのは、上陸する前にいくつか聞いておきたいことがあるからなんだ」


 こくり、と宇海は頷いた。


「まずは一つ、島に着いたときに上陸したいかどうかだ。上陸したいのであれば、問答無用で荷運びを手伝ってもらうよ。重すぎるものは持たせないけど、それでもウミが持てる分は持って船まで運んでもらう。それが嫌なら船に残ること。どうする?」

「大丈夫。わたしも運ぶよ」


 わたしだって今は海賊船の一員なんだ。そのくらいのことなら宇海も手伝いたかった。


「わかった。それじゃあ二つ目。荷物を持ちながら走れるかい?」

「それは、えっと……速く走れるかどうか、ってこと?」

「速ければ速いに越したことはないけど……元々足は速い方かい?」

「あんまり」

「そうか。じゃあ、もし追いかけられた場合は、荷物を放り投げてでも船に向かって走ること」

「う、うん」

(そっか。そういうことも考えて行動しないといけないんだ)


 映画でもジャックが何度も追いかけられてたな~。なんて思いながら、ピカネートの話の続きを聞いた。


「三つ目。……服、ほしいかい?」

「え⁉ あ、その、わたしだと、まだ、ぶかぶかだから……」


 さっきのジャケットの話かと思い赤面しながら首を横に振っていると、ピカネートは「あっはっは」と笑い出した。


「違う違う。ジャケットじゃなくて、アンタに合うサイズの服の話さ。昨日からずっとその服のままだけど、ずっと同じ服を着たままってのは汚いだろう? 男どもはあんまり気にしないみたいだけど、アタシらは……アーレフが特に気にするからね。定期的に着替えて洗濯するようにしているんだ」

「そうなんだ」

(言われてみれば、海賊が毎日着替えているイメージってなかったかも)


 船の上だと真水が貴重だって言うし、洗濯もなかなかできないのかもしれない。でもずっと同じ服を着たままは嫌だ。宇海は昨日気がついたときからずっと、一昨日の日中に来ていた服のままだった(パジャマじゃなくてよかったと心底思っている)。昨日はお風呂があるのかとか着替えはどうすればいいのかとか、なんとなく聞きづらくてそのまま寝てしまった。だが服を買えるなら着替えもできるし、なによりもよりこの世界に馴染める。宇海は服がほしいと答えた。


「了解。それじゃあ食糧を買いつつ布も買って、後でアーレフがヴィーナにでも縫ってもらいな」

「ええ⁉ 布⁉」


 服を買うんじゃなくて⁉

 宇海がびっくりしていると、ピカネートがきょとんとした顔で言った。


「え? なにをそんなに驚いているんだい? 布を買うんじゃ、なにかまずかったかい?」

「え、だって、服って、洋服屋さんで売ってるものじゃないの?」


 そう言うと、今度はピカネートがびっくりした。


「よ、ヨーフクヤさん⁉ なんだいそれ⁉ も、もしかして、アンタがいたところでは、服が、つまり……」


 ピカネートは自分が着ている服を引っ張った。


「この状態で売られているとでも言うのかい⁉」


 ブンブンと宇海は首を縦に振った。だって、服ってそういうものでしょ⁉


「これは驚いたね……。まさか服を自分で仕立てる必要がないだなんて。でも、それじゃあ自分の体に合わないんじゃないかい?」

「ううん。色んなサイズで売ってるから、その中から自分に合うサイズを選ぶだけだよ」

「こりゃおったまげた。へぇ。世の中には知らないこともまだまだ沢山あるもんだねぇ。アーレフが聞いたら卒倒しそうだよ。あの子ってば、産まれたときから自分にぴったりなサイズの服を仕立ててもらったことしかないからねぇ」

「わぁ、すごい……」

(この時代って、服を一から仕立てるのが当たり前だったんだ)


 しかもアーレフは産まれたときからずっと仕立ててもらっているらしい。上品な雰囲気だし、きっと貴族かなにかなのだろう。


「でも、生憎ここには〝服〟の状態では売っていないし——着古したものならあるだろうけど——、子供用ならなおさらだから、布を買って後で仕立てるよ。いい?」

「うん」

「あと、服を洗濯している間素っ裸でいたくなければ、追いかけられても布は手放さないこと。いいね?」

「う、うん!」


 宇海はまたブンブンと頷いた。

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