追放令嬢のスローライフ〜主目的生存戦略〜

星野林

第1話 婚約破棄から始まる転生の記憶

 トイレの中で嗚咽を繰り返す。


 胃の中は既に空っぽになっていたが、込み上げる思いと共に胃液をトイレに吐き捨てる。


「ミディア様……なんとお声がけした方がよろしいか……」


 背中を擦ってくれている私専属のメイドに水を用意するように伝える。


 メイドは魔法で水の玉を作ると、私にゆっくりと飲ませてくれた。


 水を飲んだことで喉の痛みも落ち着いてきた。


「洗浄」


 私は魔法を唱えると、服の汚れを綺麗にする。


 口元をメイドから受け取ったタオルで拭き、深呼吸を繰り返す。


 私が何故こんな状態になったか……時は1時間ほど遡る。








 本来今日という日は、私の婚約者であるゼロス第一王子の成人パーティーが行われていた。


 私自身も婚約者としてパーティーに出席していたが、国が戦時ということもあり、王宮の内装は質素に、食事の質も平時に比べると劣っていた。


 既に成人を終えていた私は、王子の成人をもって婚約から婚姻になり、将来王妃になるだろうとあの時までは思っていたのである。


「ミディア·デモン、お前との婚約は今日をもって解消とする」


 王子が何を言っているか分からなかった。


 私は頭を鉄槌で殴られたかの様な衝撃を受けるが、王子の話は続く。


「ミディア·デモン! 戦時に置いて他の諸将が前線で血と汗を流す中、お前は後方でぬくぬくと生活しおって、時に私腹を肥やしているとの情報も入ってきている!」


 ガシャンと王子は私に銀の皿を投げつけ、私の額に皿が直撃する。


「その様な傲慢で穢れた者は我が妻に相応しくは無い。この場においてお前との婚約を破棄する!」


 私は何故この様な状況に陥ってしまったのか理解できない。


 私腹を肥やしてなどいないし……誰かが私を陥れた? 


 王子はその答えをすぐに用意していた。


「我が妻には親衛隊隊長であるユリールが相応しいと思うが諸君はどう思う」


 親衛隊隊長……ユリール。


 戦時において一兵卒から多大な軍功を残し、幾度となく戦線を救った救国の女傑と呼ばれていた人物であり、王子に見出されて親衛隊に入り、親衛隊隊長にまで上り詰めていた。


 彼女がそんな政治的な芸当が出来るわけがない。


 となると親衛隊の地位を向上させたい王子、もしくは親衛隊の副官で切れ者とされるベネット当たりが策謀した結果だろうか。


 皿を頭部に受けた事によって痛みで徐々に冷静になってきた。


 私は自身の父親の方を見る。


 父親は元から青かった肌を更に真っ青……いや、真っ白になっているし、父の取り巻き達や他の貴族達は盛り上がる親衛隊関係者とは他所に困惑の表情が大きい。


 他の貴族の者を出し抜いた政治劇であると判断する。


 この場で私が取るべき選択は……静かに去る事。


 激昂して王子や妻とされた親衛隊隊長のユリールに掴みかかっても万に一つも勝ち目が無い。


 命を優先してこの場から静かに去るのが懸命。


 私はゆっくり立ち上がると、メイドに支えられながら広間から退室し、トイレに籠っていた今に至る。


 そして頭を擦りながら徐々にこの場面を何処かで見たことがある様に思えてきた。


「……ゲームの世界じゃんね」


 思い出した。


 思い出してしまった。


 私は別の世界の記憶を持つ転生者であることを……思い出した。


 転生前の記憶の混濁も有って、私は吐いていたらしい。


 ストレスによる嘔吐もあったが……それよりもこの世界について思い出してきた。


 私は自身の手を見る。


 肌の色は……青。


 王子や他の参列者の肌の色は青、赤、紫……肌色の者がほぼ居ない。


 陣営は魔族側。


 そしてここは


「魔王城か……」









 何故私がこの世界がゲームであるか判断できたか……それは先程まで婚約者だった第一王子のロロス王子、新しく婚約者に指名されたユリール親衛隊長、そして私の父親にして魔王軍四天王であるギレッド·デモン……彼らはとあるゲームの登場人物なのである。


 魔王軍と人類軍を選択して遊ぶことが出来る戦略ストラテジーゲーム……ノーブルキングダムの勢力の1つである。


 幾つかのシナリオがあるが、ロロス王子とユリール親衛隊長がまだ若いので、シナリオは一番昔のシナリオである大攻勢前夜。


 魔王軍が一番強いシナリオである。


 ここから時間経過と共に魔王軍は弱体化して最終的に勢力として消滅することになる。


 そんな魔王軍のユニットの中で魔王の次に最強のユニットが私から王子を奪ったユリール親衛隊長である。


 彼女の出自は低く、モンスターを両親に持ち、そこから魔族に進化した叩き上げであり、シナリオ前に幾度の戦役に参加し、武功を挙げた女傑であり、軍事的才能があるロロス王子に見定められて親衛隊に参加を認められ、更に親衛隊長まで上り詰めた。


 親衛隊は王子の私兵であり、成上り者が多い勢力で、私の支持母体である四天王派閥……人間側で言うと貴族勢力からは嫌われていた。


 私と王子が婚姻することでそのわだかまりを解消に向かうことを期待されていただけに、今回の婚約破棄を決断した王子とその父親である魔王に対して四天王達貴族の落胆は大きいだろう。


 自室に案内された私はベッドにダイブして転がり、どうしたものかと考える。


 まず私……ミディア·デモンという存在はこのゲームの設定資料にちょっとだけ出てくる存在であり、言わば脇役。


 魔王の次に強いユリール隊長がロロス王子との婚約において、ロロス王子には既に婚約者が居たが、それを婚約破棄してまでユリール隊長を引き上げたと設定資料では書かれており、本編ゲームでは魔王軍勢力が衰退した際に残党から


「ロロス王子がユリール様では無く、前の婚約者様と婚姻していたらこの様な戦局にはならなかっただろう……」


 と言う一文が語られていた。


 つまり戦局を変える何かがあった事が示唆されていたが……恐らく私の内政能力の事を言っていたのだろう。


 前世の魂と混ざる前の私は争いを極度に嫌う性格であり、魔族の中だとだいぶ浮いていた。


 しかし、魔王軍の兵站を支える為に尽力しており、兵站の重要性を理解している第二王子と共に魔王軍全体の兵站のコントロールを行なっていた。


 ただ兵站の重要性を理解してないロロス王子からは前線で戦っている者に比べ、安全な後方で書類仕事をしている私の事が気に食わなかったのだろう。


 成り上がり者が多かった親衛隊からも私は貴族派閥への攻撃材料となり、それが私腹を肥やしているというありもしない虚偽へと繋がり、私はハメられたのである。


「さて、どうしたものか……」


 保身第一であの場で王子やユリール隊長に突っかからなくて良かった。


 いきなり処刑にはならないだろう。


 というか四天王である父がそれをさせないだろうし……。


 中央政界で今の状態で返り咲くのは厳しいし、王子が婚約破棄を決めた相手だ。


 そこに進んで婚約や婚姻を申し込めば王子と敵対することに繋がる。


 どの貴族勢力もそれは避けたいはず。


「となると僻地に飛ばされるかな」


 王都に留まっていても政治の道具にもならない私は一旦政治的影響をリセットすることが望ましい。


 そうなると父親の領地に戻るか、僻地に飛ぶ事のどちらか……。


 私には兄が居るが、四天王の地位を継承することがほぼ決まっている兄のところに戻れば、私を溺愛している兄の事だ。


 ロロス王子と敵対してもおかしくない。


 今魔王軍が割れるのは私も本心ではないので、残る選択肢だと僻地に逃れるのが一番か……。


「父上と相談して今後の事を決めなければ……というかどうにか僻地で力を蓄えないとシナリオが進んでいけば魔王軍は弱体化していって最終的に勢力消滅……つまり族滅状態になるから生き残る生存戦略を考えて動かないと……」


 転生したからには、私は生き残るつもりである!

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