第2話 ハーレムの始まり
俺の衝撃的な自己紹介と、白石莉子への即席告白、そして瞬速で振られた一件は、あっという間に学校中に広まった。
入学初日から数日経っても、その熱は冷めない。
教室の空気は重く、俺の席の周囲だけがぽっかりと空間が空いているようだった。後方に座る生徒は、こちらが背を向けているのをいいことに、聞こえよがしに「マジないわー」「イケメンだからって何様だよ」とひそひそ話している。
誰も直接話しかけてはこないが、その視線は凍てつく刃のように俺の背中に突き刺さり、「あいつ、マジでやべー奴」と語っていた。
(なぜだ……?)
俺の立てた完璧なハーレム計画の、最初の扉である白石莉子への告白は、見事に失敗した。
「一目見て気に入った。俺のハーレムに入ってくれ」
俺はただ、そう告げただけだ。
彼女は、王道のヒロイン然とした可愛らしさ、陽の光を浴びて透けるような茶色く柔らかな髪、そして誰にでも分け隔てなく優しい性格を持つ、クラスで一番人気の女子。誰が見ても、恋愛対象として申し分ない存在だ。
ハーレムを作るにあたり、俺は念入りなリサーチを重ねた。
中学時代、俺がランダムに読み漁った中には恋愛漫画もあった。漫画喫茶の隅で、俺はひたすら王道と呼ばれる作品の主人公たちの言動を分析した。
白石のようなタイプのヒロインに対しては――
自信に満ちた男の、ストレートな求愛。
ヒロインはそれに戸惑いながらも、次第に心を動かされていく。
それが、恋愛漫画における必勝パターンだった。
俺は、それを論理的に解釈し、実行したに過ぎない。
もう一度、トライしてみよう。
家庭科の授業の後、教室に戻る途中で、白石に声をかけてみる。
「一目見て気に入った。俺はお前が欲しいんだ」
彼女を真剣な眼差しで見つめ、そう告げた。
この言葉は、幾多の漫画主人公がヒロインを口説く際の常套句だ。これで心を動かされないはずがない。
だが、彼女の返事はいつも同じだった。
「えっと、その……」
困ったように視線を泳がせ、曖昧な返事を繰り返すばかり。
クラスの視線が集中する中、彼女は小さく震え、今にも泣き出しそうな顔をしていた。俺の立てた完璧な論理が、音を立てて崩されていく。
何が駄目だったのか。
俺は席に座り、ひたすら頭の中でシミュレーションを繰り返す。彼女の外見、性格、周囲からの評価……。全ての要素を分析しても、失敗の原因が全く見当たらない。
(やはり、女性の心は論理では動かせないということか?)
俺が頭を抱え、思考の海に沈んでいると、不意に、元気で明るい、まるで太陽のような声がかけられた。
「ねえ、青山くんってさ、面白いね!」
顔を上げると、そこに立っていたのは、俺の予想の斜め上をいく人物だった。
小柄で、少しボーイッシュな雰囲気を持つショートカットの女子。くりくりとした大きな瞳で、俺をまっすぐに見つめている。
「私、高瀬美緒。隣のクラスなんだ」
彼女は俺の突拍子もない宣言に呆れるでもなく、教室の重い空気を気にするでもなく、「面白い」と言ってくれた初めての人間だった。
クラスは違うはずだが、見覚えのある顔だ。高瀬美緒……。
競泳部の入部希望者リストで見た名前だ。
「高瀬か。……君もハーレムメンバーにどうだ?」
俺はもう一度、同じ言葉を口にした。今度は、失敗の検証も兼ねて、目の前の彼女がどういう反応をするのか確かめたかった。
美緒は一瞬目を丸くしたが、すぐに口元を緩め、ニカッと笑った。
その笑顔は、曇り空を切り裂く一筋の光のようだった。
「えー!? いきなりそれ!? 面白いじゃん! なんだかよくわかんないけど、友達としては面白そうだから、よろしく!」
彼女は、白石莉子とは全く違う反応を示した。
戸惑うこともなく、俺の言葉を面白がって受け入れた。クラスメイトたちのひそひそ話が、一瞬、ぴたりと止まったのがわかった。
こうして、俺の人生初の「友達」であり、「ハーレム」の最初の“理解者”ができた。美緒は俺の突飛な言動を「面白い個性」として受け止め、すぐに俺との距離を詰めてきた。
放課後、俺は美緒と一緒に下校することになった。
学校の校門を出て、人通りの多い道を歩きながら、俺は今日の出来事を振り返っていた。美緒と別れてから、考えを整理する。
「白石莉子に俺の言葉が響かなかったのは、彼女が俺の言葉を『迷惑な告白』として受け止め、戸惑っていたからか。高瀬はそれを『面白い冗談』として受け止めたから、このような結果になった……」
俺は、再び論理の糸口を掴み、頭の中で次なる戦略を練り始めた。
ハーレム王への道は、険しい。
だが、決して不可能ではない。
俺のハーレム計画は、白石莉子という「王道ヒロイン」の攻略に失敗したことで、計画の練り直しを余儀なくされた。
それは、論理だけでは解明できない、複雑な人間関係のパズルを解くこと。そして、俺のハーレムは、高瀬美緒という「予想外のピース」によって、全く新しい形で幕を開けたのだ。
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