第26話 病院とレオンのこと



一週間後――




俺は《王立アストレア魔剣学院》に内設している《ヒーラ病棟》へ訪れた。




ここは、回復術を専門にしている学生が集い、医学的な研修や最新の魔法術研究などもしているいわば大学病院的な立ち位置だ。



平民でもお金を出せば、王国最高の治療が受けられるので、一般人もよくここに通院している。



ベルは、ここに入院しており、彼女の部屋を尋ねた。



ノックすると「どうぞー」という弾んだ声が聞こえる。



中に入ると、ベッドの上で上半身だけ起こしているベルがこちらに微笑んだ。



「どう? 身体の調子は?」



俺の言葉にベルは、「絶好調です」と《ヒール病棟》の入院患者に支給されるティールブルーの病衣の裾を肩までめくる。



その健康的で光沢のある肌に一瞬ドキリとするものの、まるで皮がつるんと剥けた卵みたいに魔法傷でボロボロだったところが見事に完治していたので驚くと同時に嬉しくなった。



「おー、流石魔剣学院が誇るヒーラーたちだな。ここまでよくなるなんて」



「はい! 最近の回復術はかなり進歩しているらしいですね。従来のようにヒーラーが一気に損傷箇所を修復するのではなく、少しずつ魔力を加えながら、人間が持つ自己回復力を引き出すように調整することで、元の状態に戻りやすくなっているんですよ」



「ほー、なるほど。だから1週間以上も時間が必要なのか」



原作だと一瞬で回復する描写があるからそれと比べると遅いといえば遅いが、それでも、前世の世界の話で例えるなら、全身火傷の患者の肌が元に戻り、1週間前後で退院するような話だ。



改めて、ここは〝異世界〟なんだなと思い知らされた。



「とにかくよかったよ。目立った傷がなくて。全身魔法傷が酷かったって聞いたからすごく心配した」



「ありがとうございます! 私も私も二等魔法の攻撃術<ライデン・スフィア>を背中でまともに受けてしまったので――もうこの傷の痕は一生残りのではないかと覚悟しましたけど、そこもよくなったそうなのでよかったです。――ホラ」



「え?」



そう言って、ベルはくるっと俺に背を向けると、その黒髪のツインテールの後ろ姿――。



そのまっすぐで綺麗に分けられた髪の下から覗く、繊細で白い肌のうなじが目に入ると、俺の心臓はさらにドキッとした。



「どうですか? 綺麗ですか?」



「……はい、とっても綺麗です」



思わず唾を飲み込んでしまったが、彼女に聞かれていないか不安になった。



「よかったぁ……。他にも、背中とかお腹とか足の付け根とか胸とかも酷かったのですが、これも完治したんですよ? 本当はその証拠を見せてあげたいところなんですが……」



「い、いやいやいや! そ、そこまで疑っていないし! そ、そこまで無理して見せなくもいいから!」



いや、胸って、足の付け根って!



そんなもん見た暁には唾を呑むどころの騒ぎじゃありませんよ!



「――でも、最近少し太り気味なので、そこは勘弁していただけると助かります」



「気にするところ、そこなんだ……」



まあ、いずれにしても退院は明日だそうで彼女が元気そうでなによりだった。




「それにしても――第三王子レオン様とこうして直接お話をできる機会があるなんて……。ちょっと緊張しましたね」



その時のことを思い出しているのが、ベルはその場で大きく深呼吸した。



まあ、小さい頃から伯爵令嬢として王宮に顔を出していたベルも、実際にレオンを目の当たりにするのははじめてだったそうで無理もない。



俺も伯爵子息として王家とはそれなりに交流があったけど、転生してからレオンと会ったのは、あの入学式の挨拶の時で、対面し実際に話したのは一週間前のことだ。



……ゲームでは全然気になかったけど、王国の王子と同級生って普通に考えたらヤバいことだよなぁ。



――レオンは生まれてからすぐに、隣国のアスティマジリ王国に預けられた。



アスティマジリ王国の現国王は、〝バラー家〟が100年以上統治しているが、実は、我がデモリカルド王国を統治するマクライガー家のにあたる。



要するに親戚の家にレオンは預けられたという話だ。



現国王が第三王子を、王宮から引き離した理由は貴族の間では色々な憶測が流れている。



ま、『王位継承争いが泥沼化するを避けるためではないか?』理由というのが概ね一致している説だが、それがことを前世の〝レオンルート〟をクリアしている俺は知っている。




アスティマジリ王国は、小国だが、デモリカルド王国にとっては重要な同盟王国。



なぜならこの国を挟んだ向こう側には、デモリカルド王国と同等の人口と軍事力を持つ大国〝ハングマン王国〟がドンと構えているからだ。



ハングマン王国は――かつて、



そう、今回の英雄の石像の被害者にもなった〝アストリア〟が抗った大国こそ、ハングマン王国だったのだ。



まあ、あれからなんやかんや歴史が流れ、今はお互いに同等の力を持っている――っていう国際秩序になっているというわけだが……どうもこのハングマン王国というのが、領土拡大の野望を捨てておらずに、我がデモリカルド王国に対してちょくちょく軍事的な圧力をかけている。



そこで重要になるのが、アスティマジリ王国というわけである。



そう、この国はデモリカルド王国にとってハングマン王国との直接軍事衝突を阻止する、いわばというわけだ。



その緩衝地帯があったおかげでデモリカルド王国は、現在まで平和を維持していると言っていいだろう。



だが――一方で、間に挟まれているアスティマジリ王国は、ハングマン王国との軍事衝突がちょくちょく発生しており、経済的にも大きな損失を出しており、多くの人も戦争で亡くなっている。



要するにこの国は――めちゃくちゃ治安が悪い。



そんな国に、レオンが送られることになったのは、第三王子が邪魔だったとかそういう理由ではない。






単純に――現国王であるアウスグラは、幼少期からすでにその片鱗を見せていたレオンの剣魔術の才能に心を奪われ、それをさらに磨き上げたい一心で、あの危険な国に子供を預けたのだ。



――強力なリーダーシップと魔剣術を、大国ハングマン王国と戦争を繰り返すアスティマジリ王国という地で、実戦を通じて、かつ確実に鍛え上げるために。



やれやれ、アイツがあの年でBになる理由も頷けるな。



イカれてるぜ……。そんなところに子を送る親も、実際にやり遂げちまう子も。

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