第5話 悪役令嬢が心配してくれました
「……ダグラス、ちょっと話があるんだけど」
「は、はいぃぃぃぃ!! どうぞ、こちらの席へぇぇぇぇぇ!!」
俺はこの瞬間のために脚力を鍛えていたんじゃないかと思うほどのスピードで、医務室にある椅子をお持ちし、アクナをお座らせることに成功した。
てか、絶対にアクナ、ブチ切れているよなぁ……?
だって、自慢の許嫁が、見下しているドグマミール家お抱えの平民に一太刀でダウンだからな……。
ま、まさか俺……処刑される?
悪役令嬢を怒らせた罪で、破滅フラグ立った!?
なんてビクビクしていたが、激情家の彼女にしては嫌に静かだった。
そして、腕を組み、俺の頭のタンコブを見ながら尋ねる。
「……その頭の傷、大丈夫なの?」
「……え?」
意外な言葉に思わず驚いた反応をしてしまう。
急いで問題ないことを告げると、アクナはふーんと、しばらく俺のタンコブを見つめていた。
ま、まさか、アクナが心配するなんて……。
「ねえ、ダグラス」
「は、はい! なんでしょうか!」
「……あの平民に負けたけど、アンタ本気を出さなかったの?」
ぎくぅぅぅぅ!
お、おい、まさか悪役令嬢見抜いていたのか!?
一応、かなり巧妙にやられたフリをしたつもりだったけど……。
戦闘能力はないくせに、変に勘が働く女だからなぁ……。
どうしよう。
でも、ここまできた以上、原作ルートを壊すためにもこの噓は突き通させてもらう。
「す……すまない……。あの平民の実力は、俺の想像以上だった。手も足も出なかった」
「……………………」
「ア、アクナに恥をかかせてしまい、申し訳ない…………」
アクナは、まるで俺を射殺すように見つめている。
ひぃぃ……。
この子許嫁だよね……?
俺、この修羅場が終わったら、この娘と結婚するんだ……。
なんて一人死亡フラグを立てていると、アクナは大きなため息をついた。
「そうなのね。じゃあ、仕方ないわね」
「え?」
「それがあなたの実力だとするなら……仕方ないわね」
すると、彼女はそれ以上なにも言うことはなく、そのまま席を立ったと思ったら、医務室を出て行ってしまった。
あれ……?
アクナ、怒っていない……?
むしろ、俺の怪我のことを聞いて……心配したり?
実力なら仕方ないと……許してくれたりした?
いやいやいやいやいや、そんなことあり得る?
衝撃に包まれた俺であったが、それでも、冷静に考えると、俺はゲームをしていた頃からアクナについてよく知る機会がなかったことを思い出した。
俺はまだアクナのことをよく知らない。
いや、よく知ろうともしなかった。
だって……彼女は悪役令嬢だから。
思えば、原作では彼女が悪役令嬢としての悪行しかフォーカスされていないから、彼女自身のキャラクターが見えないところであった。
ダグラスは、率直に言えばアクナの顔がタイプ過ぎたので、そこから彼女に入れ込むようになったのではあるが、ひょっとしたら、悪役令嬢には悪役令嬢なりの、許嫁にしか見せない意外な素顔があったりするのかもしれない。
そういうところも含めて彼女を好きになったのだろうか。
この乙女ゲームは、あくまでも〝主人公ベル側の視線に立ったシナリオ〟。
でも……実際に、アクナ側に立つとまた違った世界がそこには広がっているのかもしれない。
俺はまだアクナの表層部分しか見えていないかもしれない。
彼女の本質は……もっと言えば、良心はどこかにあるのだろうか。
だとしたら……俺が、することはアクナと別れることではなく。
アクナと一緒に破滅フラグを乗り越えることではないだろうか。
彼女を救うために……彼女の許嫁として。
「………………」
その時、俺の頭には別の目標が浮かんでいた。
よく神からの指名を与えられた……なんて話をよく聞くが、ひょっとして、今の俺もその啓示を受けているかもしれない。
「そうか……俺が悪役令嬢の許嫁に転生した理由って……このためだったのかもしれないな」
俺は拳をぎゅっと握りしめた。
これからは、悪役令嬢などと偏見を持たずに彼女と寄り添おう。
そして、教えてあげるんだ。
彼女が処刑されないように済むような……そんな道しるべを――――――
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
「この人が、私の新しい許嫁のアルフォンス=ヴァルシュタインよ」
翌日、アクナに大事な話があると言われたので部屋に向かうと、彼女の隣には知らんイケメンが立っていた。
「…………え?」
「少しここから遠い地方にいる貴族だけど由緒正しい長い歴史のある伯爵家よ。彼と結婚することにしたから」
「…………え?」
「元々迷ってはいたのよね。同じ伯爵家でも、ムカツカーラ家は外様で、ヴァルシュタイン家は譜代――。だから家の格式で言えば、ヴァルシュタイン家の上だけど、私は、あなたを選んだ。それはなぜだかわかる? あなたに剣の才能があったからよ」
アクナは忌々しそうに首を横に振る。
「それなのに……平民如きにあんな無様な醜態を晒すなんて……。もう暗殺でも依頼してやろうかと思ったけど、念のためわざと負けたかどうか聞いたら、本気でやってアレだってあんたが言うからもう完全に呆れちゃってね」
「…………え?」
「まあでも、早いうちに気付けてよかったわ。このまま数年したら、ヴァルシュタイン家は違う女を迎えるところだったし。なんとかギリギリセーフってところね」
「…………え?」
すると、そのギリギリセーフで手に入れたヴァルシュタイン家の子息が、嫌みったらしく髪をかきあげ鼻で笑った。
「やれやれ。同じ伯爵家として、本当に恥ずかしいよ。まあでも、こうして君が有力貴族たちの衆目を浴びる中、あんたが失態をおかしたおかげで、僕はこの子猫ちゃんをいただくことができたんだけど……ね」
「いやん、もー!♡」
なんかイチャイチャしだし、あのアクナが猫撫で声を上げたので、それにはちょっと鳥肌が立ったが、次に彼女は俺にまるでゴミを見るような目を向けて淡々と語った。
「……というわけで、今後、私の屋敷を出入りすることを禁止とするわ。もし、つきまとってきたら、貴族院に取り合って貰って裁判するから」
「…………え?」
「さっき、アンタの家には、破談書を送りつけたから。そこから先の説明は、アンタ自身が勝手にしてちょうだいね。もちろん私よりも格が低い家なんだから拒否権なんてないから、今後の抗議は一切認めないわ。はい、さようなら」
それから呆然とする俺は、のそりのそりと歩いていき、ヤバイコビッチ家の門の外に立つ。
すると、もうくんじゃねーよと言わんばかりに門がバッターーンと閉まった。
それを見つめていくうちに、俺の身体は徐々に震えていった。
もちろん、怒りだ。
――俺はバカだ。
なにが天啓だ。
なにが、あの悪役令嬢の本質は、良心がうんたらかんたらだ。
あの女は、ちゃーーーんと原作通りのクソ女だった。
打算的で、男を家柄で、自分がのし上がるために踏み台昇降にしか見ていないマジのマジの悪役令嬢で……。
つーか、こっちから願い下げだっつーのに、なんだあれは!!
なんで俺が寝取られたみたいになっているんだ!!
なんで俺がストーカーになる前提で、釘刺しやがってんだぁぁぁぁぁ!!!!
「しゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
もう俺はとにかく叫んだ。
両手を上げ、声を荒げ吠えた。
「別れてよかったぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
前世含めた、人生の〝初彼女〟――無事破局成功!!
「しゃああああああああああああ!! これで心置きなく、《王立アストレア魔剣学院》に通えるぜぇぇぇ!! よっしゃああああああああああああ!!!!」
まあ、これからは婚約破棄貴族ダグラス=ムカツカーラとしての長い人生が待っている。
今後の人生のためにも、学歴は少しでも高いところにいかないとね!
とにかくこれで俺は自由だぁぁぁ!!
しゃああああああああああああ!
しゃああああ…………ああああ…………あああ…………
俺はガクッと膝から崩れ落ちた。
「女って……こわい……」
18歳(前世)+12歳(今世)という人生を生きてきた俺。
ちょっとだけ、女性不信になっちゃったとさ!
でめたしでめたし――――――。
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
だが――――――。
この時の俺は知らなかった。(またかよ)
怒りと喜びと戸惑いと愛と哀しみのルフランで感情がごちゃ混ぜになっている俺を――。
「え……お別れになった……? …………………………………………♡」
悦びと愉悦と甘美と愛しさとせつなさと心強さと陶酔が混濁した感情で木陰から見ている一人の少女の存在があったこと……。
次回……ストーカーはヤンデレという理由で許されるの……? ベルの激重ポエム……♡
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