ー1章ー 10話 「命の対価と、槍の加護」

緑スライムから傷を癒すというぬちゃぬちゃが入った小瓶を片手に、ドラゴンが倒れていた大岩へ俺は急ぎ足で戻ってきた。


 遠くからでも見える、巨大な翼と黒銀の鱗。

その巨体は未だ横たわったままだったが、目はしっかりと開いていた。


【リュウジ】「すまない、待たせた!」


俺はそう告げると、ドラゴンの様子をタケトに確認した。


【リュウジ】「……まだ、間に合うよな」


【タケト】 「恐らくな。だが、急いだほうが良さそうだ」


 タケトの真剣な顔を横目に、俺は緊張で汗ばむ手の中の瓶を握りしめた。

 中には緑スライムが出してくれた、薬草の力を秘めた“ぬちゃぬちゃ”。

 俺たちは慎重にドラゴンの元へ近づく。


【ドラゴン】「……来たか、人間よ」  


重々しい声。

かすれてはいたが、威厳は健在だった。


【リュウジ】「体の具合はどうだ?」


【ドラゴン】「……槍を……抜いてくれないか………」


 ドラゴンの脇腹には、未だに一本の槍が突き刺さったままだ。

発見した時に抜いてしまったら、血が溢れ出すと思った俺達は、苦しいだろうがそのままにしておいた。


【リュウジ】「よし!よく頑張ってくれた!今抜いてやるからな。痛いだろうが我慢してくれよ」


 俺は唾を飲み込んだ。

そして、深く突き刺さった槍を持つと、一気に引き抜………けない!?

どうやら慢性的な運動不足だった俺は、お呼びじゃなかったようだ。


【リュウジ】「俺じゃ無理だ……。タケト、頼めるか?」


【タケト】「……ああ、任せろ」


 タケトが槍に手をかける。

彼の額に汗がにじむ。

全身に力を込め、歯を食いしばり、


【タケト】「──はぁっ!」


 ズズ……ッ、という音と共に、槍が引き抜かれた。

 ドラゴンが呻くが、その目には確かな光が宿っていた。


【タケト】「抜けた!今だ、薬を!」


【リュウジ】「おっしゃぁぁ!任せとけぃ!ドラゴン!ちょっと痛むかもしれないが、我慢してくれよぉ!!」


 俺は瓶の蓋を開け、傷口に、ぬちゃぬちゃ薬を塗り込む。

 ぬちゃ……、と音を立てて、緑色の液体が鱗の間から染み込んでいく。  

その瞬間、傷口が淡く光を放ち、みるみるうちに傷口が塞がっていく。


【ドラゴン】「これは……この匂い……まさか……!?」


 ドラゴンが小さく呟いた。


【ドラゴン】「この力は、かつて我が守っていた“聖薬草”……。だが、こんなにも濃く、力強い……」


【リュウジ】「もしかして、この薬草のこと知ってるのか?……」


【ドラゴン】「あぁ…間違いない。この薬は、聖なる水辺にのみ育つ薬草の力を持っている。しかも、より純粋に……いや、進化しているのか……?」


 緑スライムのぬちゃぬちゃは、かつてドラゴンが守っていた薬草と同質だった。


【リュウジ】「あの緑スライム、一体どこで薬草食べたんだ?」


そんな凄い効果のある薬草なんて、恐らくそこら辺を探しても見つからないだろう。

それにこの槍だ。

何やら紋章?の様な模様が施されている。

恐らく犯人と何か関係があるのだろう……。


【ドラゴン】「…ありがとう。そなた達のおかげで命が繋がった。それにおぬし。」


ドラゴンはリュウジに目をやった。


【リュウジ】「ん?俺か?」


【ドラゴン】「あぁ、ずっと見ておった。そなたが走って村に戻り、その薬を持ってくるなのを……」


 ドラゴンがゆっくりと起き上がる。

巨体が動くたびに、地面がわずかに揺れた。


【ドラゴン】「本当にありがとう」


【タケト】「その槍、どうする? 持って帰るか?」

 タケトが尋ねた。


 ドラゴンは槍を見ると、俺の方へと首を向けた。


【ドラゴン】「人間よ、名を何と申す?」


【リュウジ】「俺はリュウジ、こっちはタケトだ」


【ドラゴン】「そうか、リュウジにタケトか。今回は本当に世話になった。リュウジよ。その槍はお前に託そう」


【リュウジ】「えっ?」


【ドラゴン】「この槍は、王家の兵のもの。だが、我が血に触れ、加護を受けた今、ただの武器ではない。邪を祓う“神聖な槍”へと変わった」


 ドラゴンは少し間を置いて言った。


「それを持ち、いずれこの国の“真実”を見極めろ」


俺は、神聖な光をわずかに放つ槍を見つめた。

これはただの武器じゃないのか?

それになんで王国の兵がこんな事を……。


【リュウジ】「……分かった、受け取るよ。槍なんて使ったことないけどな」


 俺が槍を手にした瞬間、それがわずかに輝いた気がした。


【ドラゴン】「はっはっは、そうか。では精進するがよい。リュウジ、タケト、この礼はいつか必ず返す。今はこの地を離れ、体を癒そう……」


ドラゴンは川を塞いでいる大岩に視線を移す。


【ドラゴン】「そうか……あの時の……済まない事をした」


ドラゴンはその大きなしっぽを振ると、大岩に激突。

どうやって動かしたら良いのかも分からなかった大岩は、いとも簡単に弾かれて遠くの乾いた大地に転がり落ちた。


【タケト】「なっ!?一瞬で大岩が……」


【リュウジ】「すごっ!でもこれでこっちの問題も解決だ!ありがとな!ドラゴン」


【ドラゴン】「なに、当然のあと始末だ。ミズハ村の者に伝えて欲しい。済まない事をした、水の濁りもしばらくしたら戻すと。」


 そう言い残して、ドラゴンは翼を広げ、ゆっくりと飛び去っていった。

 その背を見送る俺の心には、ひとつの確信があった。


【リュウジ】(……この国、何かがおかしい)


 その“何か”に、俺はこれから立ち向かうことになるのだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る