第4話 女子囚ナナと涙の脱獄劇!

罠と捕縛


ある日、彼らが森と化した廃墟群を抜けていた時だった。周囲の空気の匂いが変わった。微かな土の匂いに混じって、冷たい金属の匂いと、電気のような無機質な匂いが強くなる。その場にいるかのような感覚で、カグヤは肌で違和感を察知した。

「気をつけろ!何か、来るぞ!」

カグヤが叫んだ瞬間、周囲の木々が一斉に爆音と共に倒れ、その奥から白い装甲を纏った兵士たちが姿を現した。彼らは、通常の神政軍兵士とは一線を画す、洗練された動きを見せる精鋭部隊。神政軍の誇る「選択守護騎士団」だった。

「対象を発見!コード:カグヤ、ナナ。これより拘束を開始する!」

騎士団のリーダーが、無機質な声で告げた。彼らの放つ殺気は、これまで出会ったどの敵よりも研ぎ澄まされていた。

「ちっ、こんなところで……!」

カグヤは舌打ちし、すぐさま爆裂魔法を構えた。しかし、騎士団はただ突撃してくるだけではなかった。彼らは巧みに連携し、カグヤの魔法を誘発するような動きで、彼女を特定の場所へと誘導していく。

ナナも、毒を塗った短剣を構え、騎士たちの攻撃を最小限の動きでいなし、的確に弱点を突いていく。彼女の動きは、まるで舞踏のようでありながら、その裏には冷徹な殺意が潜んでいた。

「姉御!囲まれてるぜ!」

カズマが叫んだ。彼の周りにも複数の騎士が迫る。彼は必死にバラの花束で応戦……ではなく、騎士の攻撃をひらりとかわし、なんとか隙間を縫って逃げようとしていた。しかし、彼の軽薄な言動が裏目に出る。

「くそっ、この期に及んでナンパかよ!」

一人の騎士が、カズマの隙を突き、彼を拘束しようと網のようなもので絡めとった。カズマは情けない声を上げる。

「ちょ、ちょっと待って!こんなひどい仕打ち、僕のデリケートなハートが……!」

その間にも、カグヤとナナは、圧倒的な物量の騎士団に追い詰められていた。彼女たちは次々と騎士を撃破するが、彼らはまるで消耗しないかのように補充されていく。

「おかしい……こいつら、やけに手馴れてやがる!」

カグヤは、敵の動きに違和感を覚えた。その時、足元から金属の唸り声が聞こえた。地面に仕掛けられていたのは、巨大な魔法陣だった。

「罠だっ!」

ナナが叫んだが、すでに遅かった。魔法陣が起動し、眩い光がカグヤとナナを包み込んだ。その光は、二人の魔力を吸い取り、体から力を奪っていく。それは、神政軍がアナヒメの力を警戒し、特別に開発した対禁呪捕縛トラップだった。

カグヤとナナの抵抗虚しく、その光の中で意識が遠のいていく。最後にカグヤの脳裏をよぎったのは、カズマの情けない叫び声だった。彼は、網に絡めとられながらも、必死に手を伸ばしていたが、カグヤの視界は闇に包まれていった。


空中刑務所“カテドラル・ゼロ”

意識が覚醒した時、カグヤは冷たい金属の床に横たわっていた。全身を雁字搦めに拘束され、魔力を完全に封じられている。鼻腔をくすぐるのは、無機質な消毒液の匂いと、機械油の匂い。

「……目覚めたようだな、対象」

低い声が聞こえ、カグヤはゆっくりと目を開けた。目の前にいたのは、白い装甲の神政軍兵士だった。彼らはカグヤを、人間ではなく、ただの「対象」として見ているようだった。

周囲は、無数の独房が並ぶ、巨大な構造物だった。窓の外には、雲海が広がり、地上の光は遥か下で点滅している。ここは、間違いなく空の上だ。

「ここは空中刑務所“カテドラル・ゼロ”。神政軍が管理する、最高厳重の収監施設だ」

兵士は、カグヤの疑問を察したかのように告げた。その声は感情を一切含まず、ただ事務的に情報を伝えているだけだった。

隣の独房を見ると、そこにはナナが同じように拘束されていた。彼女もまた、魔力を封じられ、無力な状態だったが、その瞳の奥には、変わらぬ強い光が宿っていた。

「カグヤ……」

ナナが、辛うじて声を絞り出した。カグヤは、ナナの顔を見て、不敵な笑みを浮かべた。

「ったく、派手に捕まっちまったな。これじゃあ、まさかあいつらが、私を助けに来るのかしらね?」

カグヤの言葉には、絶望の色はなく、むしろ、新たな状況に対する好奇心と、逆境を楽しむような気配すら漂っていた。彼女の強烈な個性が、こんな状況でも際立っていた。しかし、体は完全に自由を奪われ、五感を通じて感じるのは、冷たい鉄と、閉塞感だけだった。

空中刑務所“カテドラル・ゼロ”。ここは、異世界アーク・ディストピアの秩序を乱す者たちが送り込まれる、文字通りの「隔離施設」だった。


過去の告白

空中刑務所「カテドラル・ゼロ」の冷たい独房の中、カグヤとナナは、それぞれ拘束されたまま向き合っていた。壁は無機質な白銀で、音を吸い込むように静まり返っている。微かな機械の作動音が、遠くから単調に響くだけだ。五感を通じて感じるのは、冷たい鉄の匂いと、閉塞感、そして、絶望にも似た虚無感。しかし、その中でも、二人の間には、微かな温かさ、人間らしい絆が芽生え始めていた。

拘束されてから数日が経っていた。神政軍は尋問もせず、ただ二人をそこに放置していた。その沈黙が、かえって精神を蝕むようだった。

「ねぇ、カグヤ」

ナナが、静かに声をかけた。その声は、いつもより少しだけ震えているように聞こえた。カグヤは、閉じていた目を開け、ナナの方へ視線を向けた。

「なんだい、聖女様。まさか、観念したってか?」

カグヤは、いつも通りの軽口を叩いたが、その表情は真剣だった。ナナもまた、カグヤの目を見つめ、決意を固めたように深呼吸をした。

「……私の話、聞いてくれる?」

その言葉に、カグヤは少し驚いたように眉を上げた。ナナが、自ら過去を語ろうとすることは、これまでなかったからだ。

「ああ、いいぜ。どうせ暇だしな。あんたの秘密、根掘り葉掘り聞かせてもらうぜ」

カグヤは、いつものように挑発的な言葉を返したが、その声には、ナナへの配慮と、真摯に耳を傾ける姿勢が滲み出ていた。

________________________________________

ナナの過去

ナナは、ゆっくりと、しかし淀みなく語り始めた。

「私は、物心ついた頃から、聖女として育てられた。私が元いた異世界、王都ハーモニアの教会で、神の子として、完璧であることを求められたの」

彼女の声は淡々としていたが、その言葉の一つ一つに、深い苦しみが込められているのがカグヤには分かった。幼い頃から、彼女の周りには、常に規則と期待の鎖があったのだろう。天井に埋め込まれた監視カメラが、常にその小さな独房の中を監視している。その視線が、ナナの過去の息苦しさを象徴しているかのようだった。

「彼らは私に言ったわ。『聖女たるもの、いかなる感情も抱いてはならない』と。喜びも、悲しみも、怒りも、全てが『秩序を乱す不純物』だと」

ナナの声が、少しずつ震え始める。

「私は、与えられた使命のために、ただひたすら祈り、癒し、そして……毒を調合した。暗殺聖女として、彼らの都合の悪い存在を、密かに消すことも命じられた」

ナナの告白に、カグヤは何も言わず、ただじっと耳を傾けていた。彼女自身の過去の経験、つまり異世界アーク・ディストピアに転移する前の、王都ハーモニアで王族として「品格」を押し付けられた日々が、ナナの言葉と重なる。王族として完璧さを求められ、感情を抑圧されてきた自身の姿と、ナナの境遇が深くリンクした。社会の矛盾や、人間の赤裸々な心情や葛藤が、深く掘り下げて描かれるようだった。

「彼らは、私に完璧な『道具』であることを求めた。まるで、意思を持たない機械のようにね。私は、彼らの期待に応えようと、必死に自分の感情を殺そうとしたわ。泣きたい時も、笑いたい時も、心を閉ざした」

ナナの瞳には、遠い過去の、しかし決して癒えることのない痛みが宿っていた。彼女の人生は、常に「選ばされた希望」の中で、自らの「自由」を抑圧されてきた歴史だった。

「でもね、カグヤ。どうあがいても、私は、完全に感情を殺すことはできなかった。怒りも、悲しみも、そして……人間らしい温かさも、心の奥底で、ずっと燻っていたの」

ナナは、そこまで言うと、深く息をついた。その顔は、ほんの少しだけ、人間らしい感情が滲み出ているように見えた。

カグヤは、ナナの話を聞き終えても、泣きもせず、ただ静かにナナの目を見つめ返した。その瞳の奥には、共感と、そして深い敬意の光が宿っていた。

そして、カグヤは、ふっと口元に笑みを浮かべ、こう言った。

「……あんた、それでも“自分”やめなかったんだな。かっこよすぎだろ。惚れるぞ?」

その言葉に、ナナは目を見開いた。彼女は、カグヤがどんな反応をするのか、心のどこかで怯えていたのかもしれない。しかし、カグヤの言葉は、ナナの予想を良い意味で裏切った。カグヤらしい、ユーモラスかつ辛辣な表現でありながら、ナナの存在を丸ごと肯定する言葉だった。

「私と同じじゃないか。アタシだって、王都ハーモニアの王族のあのクソみたいな『秩序』に縛られるくらいなら、自分の本能に従ってぶっ飛ばして生きてきた。このアーク・ディストピアに来てからも、それは変わってねえ」

カグヤは、自分の過去とナナの過去を重ね合わせた。この瞬間、二人の間に、言葉では言い表せない深い絆が生まれた。互いの過去の傷を共有し、それでも「自分」を諦めなかった者同士の、強い共鳴だった。

ナナの瞳に、かすかに涙が滲んだ。それは、彼女がどれだけ長い間、自分の感情を押し殺してきたかを示す、ささやかな証だった。

「カグヤ……」

ナナは、絞り出すような声でカグヤの名前を呼んだ。この冷たい刑務所で、彼女は初めて、真に「自分」を理解してくれる存在に出会ったのだ。五感を通じた情景描写が、二人の心情をより深く掘り下げていく。漂う微かな土の匂いの代わりに、この場所には、希望の匂いが、確かに存在していた。

カグヤは、ナナの目を見て、力強く頷いた。

「大丈夫だ、聖女様。お前は一人じゃない。このクソみたいな世界で、アタシたちが、アタシたちのやり方で『自由』を勝ち取るんだ」

二人の間に、新たな連帯感が生まれた瞬間だった。空中刑務所「カテドラル・ゼロ」の鉄格子の中で、彼女たちの「自由」への闘志は、決して消えることはなかった。


脱獄計画と裏社会の伝説

空中刑務所「カテドラル・ゼロ」の冷たい独房に閉じ込められて数週間。カグヤとナナは、厳しい監視の中で日々を過ごしていた。無機質な壁と、規則的な機械音だけが響く空間は、思考力すら奪い去るかのようだった。しかし、二人の心に宿る「自由」への渇望は、決して潰えることはなかった。

ある日、独房の扉が開かれ、一人の男がカグヤの独房の向かいに入れられた。全身に、まるで芸術品のような見事な入れ墨が彫り込まれており、その表情は、外見からは想像もつかないほど穏やかだった。彼の体からは、古めかしいタバコの匂いと、微かな土の匂いが混じり合った、独特の香りが漂っていた。

「よぉ、姐ちゃん。こんなところで会うとは、奇遇だな」

男は、カグヤに気づくと、にこやかに話しかけてきた。その声は、深くて落ち着いており、威圧感とは無縁だった。

「あんた、誰だい?まさか、神政軍の回し者か?」

カグヤは警戒しながら問いかけた。

「はは、まさか。俺はドン・バベル。裏社会では、ちょっとは名の知れた者だ」

男はそう言って、深く腰を下ろした。ドン・バベル――その名を聞いて、カグヤはハッとした。裏社会の噂で聞いたことがある。伝説の極道。どんな権力にも屈せず、己の流儀を貫き通してきた男。まさか、こんな場所で出会うとは。

「あんたが……ドン・バベル?こんなところに捕まっちまうとは、とんだおちぶれ様だな」

カグヤが皮肉交じりに言うと、ドン・バベルは楽しそうに笑った。

「そうさ。たまには、こうして世間の風に吹かれるのも悪くない。ここも、ある意味では『自由』な空間だ」

彼の言葉に、カグヤは訝しげな視線を向けた。一体、この男は何を言っているのだろう。ナナも、隣の独房から、興味深そうに耳を傾けていた。

「自由だと?こんな檻の中で、何を言ってるんだい?」

カグヤが問いかけると、ドン・バベルは静かに、しかし力強く語り始めた。

「自由とはな……自分の責任で、好き勝手やることだ。誰の指図も受けず、誰に媚びるでもなく、自分の信念に基づいて行動する。例えそれが、どんな状況であろうとだ」

その言葉は、カグヤの胸に深く響いた。それは、彼女が「ぶっ飛ばしながら生きる」という自身の哲学と、深く共鳴する思想だった。ドン・バベルの言葉は、まるで村上春樹の作品に出てくるような、詩的で独特な比喩表現であり、彼女の心に強く残った。この男は、秩序の外で、真の自由を追求してきた人間なのだと、カグヤは直感した。

「あんたも、俺と同じ匂いがするな、姐ちゃん。自分を曲げねぇ、強ぇ女だ」

ドン・バベルは、カグヤの目を見て、そう言った。その言葉は、カグヤの心を温かく包み込んだ。


三人での爆裂脱獄

ドン・バベルとの出会いは、カグヤとナナに新たな希望を与えた。三人は、監視の目を掻い潜りながら、綿密な脱獄計画を練り始めた。神政軍の機械的な監視システムや、定期的な見回り、そしてエーテル駆動の警備ロボットの配置など、彼らの動きは常に制限されていたが、ドン・バベルの長年の経験と、カグヤの型破りな発想、そしてナナの緻密な分析力が、計画に具体的な形を与えていった。

「いいか、まずナナが警備ロボットの認証システムに毒を仕込む。そして、奴らがチェックに来た時、俺がハッタリをかます」

ドン・バベルが、低い声で指示を出した。彼の表情は穏やかなままだが、その瞳の奥には、裏社会で培われた強烈なカリスマと、狡猾な知恵が宿っていた。彼のセリフは、ユーモラスかつ辛辣な表現も交え、非常にリズミカルだった。

「そして、その隙にカグヤが、あの壁をぶっ飛ばす。それで脱出だ」

カグヤはニヤリと笑った。

「あたしのお得意のやつだな!任せとけ!」

計画は、シンプルでありながら、それぞれのリスクを最小限に抑えるように練られていた。カグヤとナナは、新たなスキルを得る時の試行錯誤の過程のように、ドン・バベルの具体的な指示やサポートを受けながら、細部を詰めていった。

そして、決行の夜。

ナナは、あらかじめ警備兵が持ち込む食事に、ごく微量の特殊な毒を仕込んでいた。それは、直接命を奪うものではなく、特定の機械に触れると誤作動を引き起こす、特殊な神経毒だった。漂う微かな消毒液の匂いの中、彼女の手つきは完璧だった。

定期巡回に現れた警備兵は、独房の扉を開け、エーテル駆動の警備ロボットを起動させた。その瞬間、ナナが仕込んだ毒が、ロボットのセンサーと兵士の体内にある認証チップに反応した。

「ぐっ……システム、エラー……!?」

警備兵が苦痛に顔を歪ませ、警備ロボットが奇妙な電子音を発して停止した。その隙を逃さず、ドン・バベルが動いた。

「おい、そこの兵隊さんよ。こんなところで、俺様を閉じ込めておけると思うなよ?」

ドン・バベルは、全身の入れ墨をこれ見よがしに見せつけ、静かに、しかし威圧的な気迫を放った。彼のハッタリは、長年裏社会で培われた圧倒的な経験と、尋常ではない度胸から来るものだった。神政軍の兵士は、彼の放つ強烈な存在感に、一瞬たじろいだ。

「な、なんだと……!?貴様、一体……!」

その一瞬の隙を、カグヤは見逃さなかった。彼女は、拘束具を振り払い、精神世界でアナヒメと対話したことで得た、新たな魔力の制御を試みた。全身に力が満ち、目の前の独房の壁に照準を合わせる。彼女はどのようにスキルを使うか思考する過程を詳細に描きながら、その魔力を一点に集中させる。

《爆裂(エクスプロージョン)!!》

轟音と共に、独房の壁が、そして隣のナナの独房の壁も、見事に吹き飛んだ。土煙が舞い上がり、機械の破片が飛び散る。その音は、空中刑務所中に響き渡っただろう。

「行くぞ、お前ら!」

カグヤが叫び、ナナもすぐに続く。ドン・バベルも、驚きながらもその身のこなしは俊敏で、煙が立ち込める中、難なく脱獄の道を開いていく。

「まさか、本当にぶっ飛ばすとはな……面白い女だ、姐ちゃん!」

ドン・バベルは、愉快そうに笑いながら、カグヤの後に続いた。ナナは、毒で倒れた兵士たちを一瞥し、冷静に状況を判断しながら、二人の後を追う。

空中刑務所「カテドラル・ゼロ」からの爆裂脱獄は、成功した。三人は、自由という名の新たな空気を吸い込み、異世界アーク・ディストピアの広大な夜空へと飛び出した。


三代目“極道姐御”就任

カグヤ、ナナ、そしてカズマが隠し街に到着すると、そこにはすでに裏社会の全勢力が集結していた。マフィアの残党、盗賊ギルドの頭目たち、情報屋、果てはかつてのドン・バベルの配下だった者たちまで。彼らの目は、カグヤに一点に集中していた。皆、その表情には、畏敬と期待の色が浮かんでいる。

「姐御。あんたの脱獄は、裏社会の連中に火をつけた」

ドン・バベルが、穏やかな笑みを浮かべながら言った。彼の顔には、どこか誇らしげな表情が浮かんでいる。

「神政軍の圧政に苦しんできた連中が、あんたの『自由』に賭けてみたいってよ」

裏社会の奥底、薄暗い地下アリーナで、異様な熱気が立ち上っていた。アリーナの中心には、簡素な玉座が置かれている。そして、その玉座へと、裏社会の全勢力がカグヤを「次代の姉御」として推しているのだ。

「三代目……極道姐御……!」

裏社会の男たちが、地響きのような声で叫んだ。カグヤは、その熱気に圧倒されながらも、口元に不敵な笑みを浮かべた。彼女の強烈な個性が、この場の全員を引きつけて離さない。

「ったく、いきなり重役になってんじゃねぇか、アタシ」

カグヤは、そう呟きながらも、その玉座へと歩みを進めた。彼女の内心には、不安と高揚感が入り混じっていた。しかし、ナナとカズマ、そしてドン・バベルの視線が、彼女の背中を押していた。ナナは、カグヤの隣で静かに見守り、カズマは興奮して目を輝かせている。

カグヤが玉座に座ると、裏社会の代表たちが、一人ずつ彼女の前に進み出た。

「三代目姐御。我々は、神政軍の圧政に終止符を打ちたい。あなたの指揮のもと、奴らと戦いたい!」

その言葉は、裏社会の総意だった。カグヤは、彼らの熱い視線を受け止めながら、ゆっくりと立ち上がった。彼女の瞳には、かつての王女としての「秩序」への反発と、盗賊団の姉御として培ってきた「自由」への渇望が入り混じった、複雑な光が宿っている。

「……いいぜ」

カグヤの声が、アリーナに響き渡った。

「あんたらの心意気、しかと受け取った。だけどな、アタシは甘いお嬢様じゃねぇ。アタシについてくるってんなら、とことんやるぜ」

その言葉に、裏社会の男たちは沸き立った。彼らが求めていたのは、まさしくこのような「常識破りの主人公」だったのだ。


神政軍との全面戦争、前夜

夜が更け、二つの月が異世界アーク・ディストピアの夜空を照らす頃、裏社会の主要な通信回線がジャックされた。神政軍の幹部、そして最高意志決定者であるマザー=コンプライアンスへと、裏社会からの「仁義なき宣戦布告」がなされる時が来たのだ。

カグヤは、ドン・バベル、ナナ、カズマと共に、特別に用意された通信ルームにいた。画面には、神政軍の幹部たちが映し出されている。彼らは、裏社会からの通信に、どこか嘲笑のような表情を浮かべていた。彼らにとって、裏社会など、管理すべき「エラー」に過ぎないのだ。

カグヤは、深呼吸をした。そして、マザー=コンプライアンスのホログラムが映し出された瞬間、その目に強い光を宿した。

「おい、そこのAI様」

カグヤの挑発的な言葉に、神政軍の幹部たちがざわつく。マザー=コンプライアンスは、感情のない瞳でカグヤを見つめ返した。

「秩序だ?ルールだ?関係ねぇよ。アタシは、あんたらの“未来”をブッ壊しに来た!」

カグヤの言葉は、裏社会の全勢力の意思を代弁していた。それは、ただの破壊ではない。神政軍が押し付けようとする「完璧な秩序」という未来を拒絶し、自分たちの「自由」な未来を勝ち取るための、仁義なき宣戦布告だった。彼女のセリフは、読者の意表を突くような、挑発的でユーモラスかつ辛辣な表現に満ちていた。

その瞬間、裏社会の全通信網を通じて、カグヤの宣戦布告が異世界アーク・ディストピア全土に拡散された。地上のあちこちで、地下に潜んでいた反神政軍の勢力が、カグヤの言葉に呼応するように動き始める。

神政軍との全面戦争が、いよいよ始まる。その前夜、異世界アーク・ディストピアの空は、静かなる戦いの予感に満ちていた。

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