第3話「母の愛と入間に迫るOuroborosの影」
「母さん、ただいま」
家に帰った俺は、自室で新作の服のデザイン作業を続けている母さんに声を掛ける。
「おかえりなさい雄飛。もうちょっとしたら、晩御飯作るからまっててね?」
こちらに視線を向け、作業時に着用している眼鏡を外して母さんは微笑んでくれた。
「うん。いつもありがとう」
俺はそう言って、部屋着に着替えるために自室に戻るのだった。
自室で服を着替えてから、軽い瞑想と筋トレをしてリビングに向かうと、既にテーブルにはご飯が並んでいた。
母さんはエプロンを外しながら俺を出迎える。
「雄飛、ちょうど今できたよ。一緒に食べよ?」
「うん。今日のメニューも美味そうだね」
母さんと俺はテーブルにつき、手を合わせる。
「いただきます」
「はいどうぞ♪」
食べ始めると、俺が食べる姿をニコニコと見つめる母さん。そういえば俺が子供の頃から、こんな感じで俺が食べるのを嬉しそうに見ていたっけ。
母さんは相変わらず美人で可愛らしい。……身内のひいき目ではないだろう。母さんは俺を生んだ頃とほとんど同じ若さを保っている。小学生の頃くらいまでは、"やっぱり母さんはモデルをやってただけあって、若いなぁ"なんて思っていたけど、今ならはっきりとわかる。
母さんの転生者としての能力が、関係しているであろうこと。
見た目が若いってレベルじゃない。まるで20歳ちょっとで、年齢が止まってるみたいだ。
そんなことをぼんやりと考えながら食べていると、母さんは箸を休めて口を開いた。
「雄飛? どうしたの、急に黙り込んで」
「ううん……なんでもないよ。ただ……」
「ただ?」
首をかしげる母さんに、俺は言葉を続ける。
「……こうやって毎日お母さんのご飯を食べられるのが、とても嬉しいなって思ってさ」
俺がそう言うと、母さんはふふと笑う。
「急にどうしたの? ……でも私も、毎日雄飛とご飯が食べられるのはとっても幸せよ♪」
そう言って笑顔になる母さんに、俺も笑みで返す。
「そっか。よかった」
俺はその後も食事を摂りながら、今日あったことを母さんと話したりしながら楽しく過ごすのだった。
「もしもし雄飛くん。元気にしてたかい?」
ビデオ通話の画面に映った青くて美しい髪を揺らす、白衣の人物……入間さん。
こうして顔を見て話すのは久しぶりだ。
中学時代に一度こちらに来てくれたことがあったけど、忙しい彼女は基本的にあの山に囲まれた廃屋の地下研究所に籠りっきりだ。
「ええ、入間さんの薬のおかげで元気ですよ」
俺がそう返すと入間さんは満足げにうなずく。
「それは何よりだよ。……ふぅむ。それにしても君、やっぱり身長が伸びないし声も変わらないねぇ。やっぱり能力を解放した時だけ、年相応の体になるのかな?」
入間さんは、画面の向こうで髪をくるくると弄びながら呟く。
「はい……。普段はこんな感じの見た目で……。中学生までは、かっこいいとかイケメンだとか言われてましたけど、今は可愛いとか守ってあげたい、とか言われる始末で……」
「あはは、確かにそう見えるねぇ。見た目は小学校低学年くらいかな? だけど、それでもモテて大変だろう?」
入間さんの言葉に、俺はふぅ、とため息をつく。たしかにそうだ。子供っぽくてモテなくなり、魅了の能力が少し抑えられるかと思ったけどそんなことは無かった。
むしろ入間さんからもらった薬が切れかかると、可愛い、食べちゃいたい、家に連れて帰りたい、なんてことを言われる。
この幼い見た目が母性や保護欲をくすぐってしまうようで、学校の女子生徒にも、可愛いと迫られるのが最近の悩みだ。
「は、はい……。薬で抑えてる時ですら、クラスの女子たちは弟や小さい子の相手をするみたいに接してきます……」
俺がそう言うと、入間さんはカラカラと笑う。
「はははっ! そうかそうか、それは災難だったねぇ!」
……他人事だからってずいぶん楽しそうだな……。まぁ、この人はいつもこうだけど。
でも彼女には本当に感謝している。入間さんの薬が無ければ、俺はとっくに……。
「それはそうと、雄飛くん。今日は君に伝えなくてはならないことが2つある。どちらも、重要な話だ」
急に真面目な顔になる入間さん。俺は思わず背筋を伸ばす。
「……はい。なんでしょうか?」
「まず1つ目。私は研究所を別の場所に移そうと思っている。どうやら、Ouroborosの連中に嗅ぎつけられたようでね。この研究所も、もう安全ではない」
……Ouroborosに見つかったのか。確かに、入間さんはずっとこの山奥の廃屋をアジトにしていたけど、それも限界が来ていたのかもしれないな。
「なるほど……それでどこに?」
「ああ。実はもう目星は付けていてね。あとはそこに引っ越すだけ、という段階まで来ているんだ。引っ越したら君にもこっそりと教えよう」
そう言って、またもニヤリと笑う入間さん。
「わかりました。楽しみにしています」
俺がそう返すと、入間さんはうなずく。
「うんうん。……それで2つ目なんだけどね」
俺はゴクリと唾を飲み込む。一体どんな話だろうか……? 2つ目の話を切り出した入間さんは、またも真剣な表情をしている。
「引っ越しを考えたのも、これが理由なんだけど……。どうやら最近、私は命を狙われているようでね。それも執拗に。……おそらく、Ouroborosの連中が私を狙っているのだろう」
「え!? それは一体どうして……」
驚く俺に入間さんは続ける。
「理由はわからない。……まぁ、私には命やその身を狙われる理由なんて、いくらでもあるからなぁ。……ただ、これまでも何度かあったように、私の命を狙っているのがOuroborosなら、ついに我慢ならずに攻めてきたのかもしれない」
入間さんはやれやれといった様子で首を振る。
「そんな……大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ないよ。私はこう見えても強いからね」
俺の問いに、彼女はフフッと笑う。
そして得意げに顎に手を当ててみせた。
「……と、言いたいところなんだけど。万が一、ということも考えておくのが天才というものだ。私に何かあって薬が作れなくなれば、雄飛くんの能力を抑えられなくなるからね」
なるほど……。そうなると、俺の存在は彼女の命に関わるってことか。
「だからね。君のお友達の絵未ちゃんに、私の開発する薬のいくつかの情報を渡そうと思うんだ」
入間さんは画面の向こうで腕を組む。
絵未に? たしかに絵未の"生成"の能力があれば、以前俺の窮地を救ってくれたように薬を生み出すことができる。もしも薬の成分や正しい製法がわかれば、これまでの応急薬とは違って入間さんがこれまで作ってくれていた薬を作ることだってできるかもしれない。
作り出すものの情報が正しくわかればわかるほど、正確に作り出せる、と絵未自身も言っていた。
「なるほど、絵未には?」
俺がそう聞くと、入間さんはうなずく。
「ああ。彼女にはもう連絡してあってね。薬の情報を渡せば、私の代わりに薬を作れるようになるはずだよ」
中学時代、俺の能力が暴走しかけた際に入間さんの薬を元に、応急薬を作ってくれた絵未。
その後にこちらにやって来た入間さんと絵未は、顔を合わせて連絡先を交換していた。
それ以降は俺のように、2人も連絡を取っているようだった。
それにしても……。
「入間さんが大事な薬の情報を他人に渡すなんて……その……入間さんはよっぽど危険な状況なんですか……?」
俺がそう言うと、入間さんは苦笑いを浮かべる。
「フッフッフ。さっき、万が一ということも考えておくのが天才と言ったろう? なぁに、念のためってだけさ」
彼女の言葉と態度には自信が溢れているように見えたけど、やっぱり不安は拭えない。
「そう……ですか」
俺の不安が伝わったのか、入間さんは困ったように笑う。
「心配してくれいるのかい? 君はいい子だねぇ。……まぁそういうことだから、これから先もしも私の身に何かあっても、絵未ちゃんがいれば安心ということだ。その時は、彼女に助力をお願いするといい」
「わかりました。」
俺がそう返すと、彼女は満足そうにうなずく。
「うん、いい子だ! ……じゃあ私はそろそろ研究所を移す作業に入るから、今日はこれで失礼するよ」
「はい。また今度」
俺がそう言って微笑むと、彼女は画面の向こうでひらひらと手を振りながら口を開く。
「ああ、また今度! じゃあね~!」
そう言うと入間さんは通信を切った。俺はふぅ、と息をつく。
……心配だ。本当に大丈夫だろうか?
入間さんはこれまでこんなピンチを何度も経験してきたんだろうけど。
……いや、俺が心配したところでどうにもならないだろう。入間さんは、自分の身は自分で守れるって言ってたし。
俺も俺で、自分の身を守れるようにならないと。
そして絵未にも感謝しないとな。俺の薬を作るために能力を使うってことは、その際の疲労は彼女が引き受けることになるだろうから。
今日はもう遅いけど、明日にでもメッセージを送ろう。
そんなことを考えていると母さんからお風呂に入るように促され、俺は風呂に向かうのだった。
~その頃、都内某所、Ouroborosの拠点~
「入間真珠の居場所は掴んでいます……。ええ、指示があればいつでも始末できます」
スーツ姿の男が、電話を片手にパソコンを操作する。
「はい……ええ、もちろん証拠は残りません。……ではまた」
男が通話を切ると、彼の前にいたスーツ姿の女性が口を開く。
「……キエルさんはなんと?」
女性の問いに男はスッと立ち上がる。
「速やかに対処し、彼女の研究成果を盗めと」
「そう。では、そろそろ私たちも動く時ね」
女性はそう言うと、男に向き直る。
「ええ。……Ouroborosの悲願のため、彼女には消えていただきましょう」
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