第7話 ヒロインの記憶は、“書かれなかったエンディング”の中に

――白紙の台本。

そこに、“私の名前”は、どこにもなかった。


夜。

あの手紙を出してから三日目のことだった。


私は夢の中で、また“あの花畑”に立っていた。

風が吹くたびに揺れるのは、あの時と同じ白い花――リリィ。


そして、またあの背中が立っていた。


今度は、こちらを向いていた。


少女。

黒髪、銀の瞳。

青いリボンを胸元に結んだ、地味な制服姿。


――エリス・ルシアーナ。


彼女は口を開いた。


「こんにちは、セシリア。

……もとい、“開発者さん”」


その声は、柔らかくも澄んでいて、なぜか“こちら側”を見透かしているようだった。


「あなたが来てから、この世界はずっと光に包まれてた。

皆が笑って、皆があなたを見つめて、皆があなたに惹かれていった」


「でもね、それは“わたし”が予定されていた物語だったんだ」


私は言葉を失う。

ただ、夢の中で立ち尽くす。


「あなたが来たせいで――なんて、言いたくない。

 だって、私の居場所なんて、元から“不確定”だったから」


エリスは微笑む。

その笑顔は、どこか“物語の外側”の寂しさを湛えていた。


「最初から私は、書かれていなかった。

 あなたたち開発者が、“あとで入れよう”って言ってた、

 いちばん最後に実装予定の“ルート外ヒロイン”だったのよ」


「え……?」


言葉がようやく漏れる。


「じゃあ、あなたは……」


「β版までは存在していた。

でも、最終版では“私の出番は一部カットされた”」


「なぜ……?」


「バグが多かったから。セシリアとの共演イベントで不具合が出て、

“それならいっそ削除してもいいんじゃないか”って、誰かが言ったんだと思う」


私は震える。


それは、確かに“会議で一度だけ口にされた案”だった。

けれど私は、保留にしたはずだ。完全削除はしていないと、信じていた。


「でもね、私は残っていたの。

 一度だけ、誰かのテストプレイで、

 確かに“好かれる可能性”の中にいた」


「――……!」


「だから今でもここにいる。消されたのではなく、

“書かれなかったエンディング”の中に、私は生きてる」


花が、ひとつ風で散った。


「あなたの物語は、すごく美しい。

 でも、それを見てるたびに、私の中の何かが泣いてしまうの」


「……ごめんなさい」


私はそう呟いていた。


「いいの。私も、あなたのことが、嫌いじゃないから」


彼女の銀の瞳が、まっすぐ私を見た。


「だからお願い。

 あなたが“この物語を進める”なら、

 私の存在も、なかったことにしないで」


彼女の姿が、霧のように薄れていく。


「お願い、セシリア。

 あなたは“この世界を修正できる唯一の存在”だから」


 


◇ ◇ ◇


目覚めたとき、私は涙を流していた。


これは夢じゃない。

記憶だ。

この世界に存在していた“ヒロインの記憶”が、私の中に届いた。


(私は――もう逃げられない)


彼女の記憶を知った私には、もう“無関係”ではいられない。

この世界がバグっていようが、

誰かに書き換えられていようが。


私は、セシリアとしてここにいる以上――


「物語を、書き直す」


そう、私は決めた。


今度は、誰も消さない。

全てのキャラクターが“自分のままで”存在できる物語を。


たとえ私が、ヒロインの座を降りることになっても――

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