第3章. 悪神フィオ

第14話. 悪だとしても

 フィオが教会本部の方へ翼を広げて飛んでいくと、大聖堂の外で空を仰いだ人ゴミが見える。人ゴミはありがたそうにひれ伏したり、手を合わせたりしている。


「あぁ……シア様が降臨なされた……」


「どうか私どもの願いをお聞き届けくださいませ」


 お母さんは、滅ぼしてもいいようなお前たちを守ってやってるんだ。それなのに、お前ら人ゴミは図々しくまだ望むのか。


 フィオは大聖堂の上で静止し、翼と腕を広げる。下を見下ろすと、人ゴミが蠢いている。


 貴様らが神を求めると言うのなら、僕が神になってやる。貴様ら、お母さんを冒涜する者を滅ぼすための悪神にな。


「僕は神だ」


 フィオは人ゴミを見下しながら高らかに宣言する。


 フィオは不遜な態度で、右腕を1本動かし、手を大聖堂に向けた。軽く手を振るうと、大聖堂全てを覆う火柱が上がった。フィオのいるあたりも、完全に炎に包まれている。その揺れる炎の中からは紅い瞳が覗いている。


 人ゴミを殺しちゃったよ。お母さんを悲しませたかな……。でも、たとえ悪になったとしてもやらねばならないことがある。


 フィオは燃え終わった大聖堂を見下ろす。屋根のステンドグラスは溶け落ち、大聖堂を維持していた木材はほぼ完全にガス化して燃え尽き、わずかな灰が残るのみだ。炎が燃える余地すら残っていない。


 フィオはかろうじて形を残していた化け物の像の上に立つ。しかし、足をつけた瞬間に、形を保ちきれずにボロボロに崩壊した。フィオは浮きながら、次第に地上に降り立った。


 セルナード大聖堂を燃やされる姿を見てもなお、人ゴミはシアを崇め奉る。


「シア様の浄化の炎……素晴らしい……」


「これが真の神の力……」


 この程度でお母さんに届くはずがないだろ。滅びを目の前にしても、目の前の不幸を自分たちのためだけの幸せに塗り替えて進むのか。学ばないな……


 フィオは背面の2本の腕を大きく広げる。すると、背中には無数の氷の槍が現れた。氷の槍を飛ばそうと、右手を人ゴミに向ける。


 すると、フィオに呼びかける声がある。ヴェーラだ。


「フィオくん! 戻ってきてよ! もう十分でしょ?」


 フィオはそれに反応を見せることもなく、しかし明らかに反応して、王都から離れるように空を飛行した。フィオは神の威光を知らしめるように、必要もない翼を大きく広げる。人々はそれを畏敬と畏怖の目で見る。


====================


 王都を出たフィオは、目についた町に降りた。


 小さめではあるものの盛えており、道が入り組んでいる。しかし、今回は聖剣としての力を存分に使って空間認識をする。軽く町を見渡すと、外れの方に祠のようなものを見出した。数人が今のフィオと同じ姿の化け物の像の前に座り、祈りを捧げている。


 フィオは社の座標を完全に把握して瞬間移動を行なった。信者たちは教えに示されたシアに似た姿をしたフィオにひれ伏している。すると目の前の6歳くらいの男の子が目を光らせて近づいてくる。


「すごーい。今の瞬間移動の魔法? お兄さん、腕4本生えてるね。翼も生えてる」


 男の子は手に持った本を必死でめくり、挿絵をなぜか自慢げに見せてくる。


「シア様そっくり! ほら見て! 聖書の絵! 絶対似てるよ!」


 男の子は、似ているからなんだという話を押し付けてくる。絵の中の化け物のシアは豪華なドレスに身を飾ってレクロマと共に民衆の前に出て手を振っている。


「シア様って魔法が凄いんだよね! 魔法見せてよ」


 フィオは頼みを聞き入れるはずもなく男の子が持つ聖書を指差す。


「少年、その本見せてくれないか?」


 男の子は快く聖書を差し出し、フィオは中を数頁めくった。大きな文字で書かれた見出しに目に留まる。「不動王レクロマ」「王妃として」「黒い喪服」。そこに記されているのは、聞き知った偽りの歴史だった。人ゴミが自分たちに都合の良いように作り上げた、気持ち悪いほど甘ったるい美談の数々。


「少年、魔法が見たいかい?」


「え! 見せてくれるの?」


 聖書を男の子の胸に押し付ける。次の瞬間、一瞬にして炎が聖書を覆い尽くし、消え去った。しかし男の子の服は燃えることもなく、熱がる素振りも見せない。


「これが魔法だ」

 

 男の子は何が起きたか分からず混乱して、すでにこの世界から無くなった聖書を探して辺りを見回す。フィオが聖書を燃やす様子を見ていた老人が怒鳴ってくる。


「貴様! 聖書を燃やすとはなんという背信行為だ!」


「子供の心配より聖書の心配かよ」


 フィオは信者たちの睨むような視線を気にすることもなく祠に近づく。祠に触れると、さらに視線がフィオを突き刺す。


「祠を壊すな! 祟りが起こる」


「何に祟られると言うんだ! お母さんはこんな祠知りもしない。お母さんはお前たち個人なんてどうでもいいんだ。死んでようが知ったこっちゃない。お前たち個人を救う理由も祟る理由もありはしない。国さえあれば、それでいい」


 フィオの背面の右手は天を仰ぐ。次の瞬間、一瞬にして黒く染まった雲から一閃の光がフィオの目の前を貫いた。フィオが触れていた祠はすでに跡形もなくなっている。


「図々しいんだよ。お前らごときがお母さんに構ってもらえると思うな」

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