第1話
「
高校入学初めての自己紹介。
黒板の前に恐る恐る歩を進めてそう言った彼女。彼女の色素の薄い髪は窓の隙間から吹く風に
そして、開いた口から出てきたのは――まるで天使のような、可憐な声。
一目惚れ、だった。この日から、僕――
休み時間になって、すぐに席を立った。彼女に声を掛けるために。グループができてしまう前に。他の男が、彼女に近づく前に。
他の誰かじゃ嫌だった。将来の彼女の隣にいるのは、僕でありたかった。
「なぁ、天使さんってどんな歌が好きなんだ?」
あのとき、そうして声を掛けたのは間違いなく人生の中でも英断だったと思う。あのとき声を掛けなければ、きっと彼女と僕の関係はなかった。
「あっと、私……ですか?」
天使さんは少しだけ頬を赤く染めて、おろおろと視線をさまよわせる。周囲の視線が自分に集まっているのを察したのか、視線が下へと向いた。
それから……少しだけ恥じらったように俯きながらも声を発する。
「あの、私は、自分で歌をつくってるんです。まだまだ、そんなに上手なものじゃありませんけど」
「自分で? 天使さんが? ……すげぇ」
――いや、もうすごいとしか言えない。「そんなに上手なもの」じゃないって言ったって、作れるだけですごいと思ってしまう。
天使さんは、目をぱちくりと見開いた後、嬉しそうに表情を崩す。
「……ありがとうっ」
――やべぇ。好きだ。
これが、僕の恋の始まりだった。
◇◆◇◆◇◆
入学式から1ヶ月ほど。僕から天使さんへのアプローチがクラス内で自然な風景になってきた頃の話。
天使さんは、いつしかネット上での曲の配信を始めていた。
「何かのサイトでやってるの?」
「はい、そうです! 『SUN』ってサイトで、自由に作曲とか、作者間での交流が出来るのですよ!」
そのあとも、彼女は「『SUN』から歌手になった人も多いんです!」とか、「フォロワー様もかなり増えたのですよ!」とかぴょこぴょこ跳ねて身振り手振りをしながら必死に説明をしている。
――やば、可愛い。
思わず片手で口を押さえると、天使さんがむぅっと
「なんで笑うんですか、和泉くん」
「いや、なんか滅多に見ない姿だったから、つい……」
「怒っちゃいますよ、私」
そうやって弁明しても、天使さんは許してくれない。
このままじゃどうにもならないな、と悟った僕は彼女の前に人差し指を出す。
「じ、じゃあ、天使さんの願いをなんでもひとつ叶えてやる……ってのはどうだ? それで許してもらえるか?」
天使さんは、目をぱちくりと見開いて――笑った。
「そっちだって笑ってるくせに……」
「いいじゃないですか。交渉成立、です」
そうしてにやっと笑った顔が、まるで悪巧みを成功させた子どものようにあくどくて、可愛い。
その時、僕はぽろっと零してしまった。
「……天使さんに、悩みとかってなさそうだな」
その小さな小さな一言に、天使さんの動きの全てが止まった。
平静を装っているように見えて、どこも普通じゃない。
「ありますよ、悩み」
その顔は、やけに遠くて、哀しくて。
「この世界で普通に生きるのは、辛いです」
――なにも言えなかった。それが、わかってしまったから。
天使さんの瞳に、なにも映っていなかったから。
「ネットだと、なんだか自由に息できる気がするんですよね」
そう言って、笑っていた顔が脳裏に色濃く焼き付いている。
――彼女が自由な環境があるのは、嬉しい。だけど、その環境に僕がいないことが――悔しい。
彼女の瞳は、どこかわからない遠くへ向いていた。
……僕の恋は、まだまだ前途多難らしい。
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