1-2カナリアの噂話(5) 汝、一切の望みを捨てよ

 ぱらり、と一枚の和紙を彼の前に突きつける。

「お前らが最も信頼する、紙っぺらさ。秘密を明かさないと誓おう。どうだい?」

「…ならわしも、少し条件をつけたい。いいな?!」

 2人は互いの目と目で呼吸をはかり、しばし無言。


 ―すると、彼はあっさりと同意して、蓮見さんも拘束を解いた。

 2人は契約書にサインし、最後に血判を押す。

 おお、テレビの中の極道さんでしか見たことない。

 しかし、見て気分のよいものではないな、と目を逸らした。


「そんなものがあるなら、早く出せば早かったのでは?」

 行商人さんから(…兄ちゃん)と小さな声が聞こえた気がした。

 蓮見さんが……汚物を見るような目で僕を見ている!!


 やってしまった、と思ったが後の祭り。

 行商人さんが重い口を開く。

「兄ちゃん、これはなぁ…兄ちゃんが思っとるより、ずっと重いもんじゃ。

 こういう世界特有のな。」

 だから、彼も乗ったという事か。

「すみませんでした。知らないことばかりで…僕は世間知らずの箱入りみたいですね。」


「…なに?」


 背を向けた彼女はやや首を回してこちらを見る。

 わずかに怒りを灯して見開いた瞳孔。

「君たちは、“在る”ものを見ようとも知ろうともしない。

 誰かに問題を投げてぬくぬくと生きて、まさに箱入りじゃあ、ないか。」

 知らなかったかい?という風に皮肉を言って、僕を置いて二人は情報共有を始めた。


 まだ、僕はよそ者やお客さんだもんな…。

 こうやって、僕はこの世界に何度も惹かれて近寄り、火傷をして改めて適度な距離をはかる。

 ひとまず、2人のそばでおとなしく聞くことにした。


 まず、探し人は確実に村に入ったらしい。

「ちょっとな、わしも約束事があって、これは軽々に言えんかったんじゃ…。」


 御蔵居村は外界の接触を嫌うため、物資の補給に人間の専属の行商人を雇っているという。ずっと彼の家がその役を担ってきた。また、村には存在を知るものしか入れないカモフラージュ機能を備えた結界が張られているらしい。


 そして、依頼人の娘さんは“まれびと”として捕らえられた…という事だった。

 とても重要な情報だ。


「陰気な村だねぇ。うちも変わらんが。」と蓮見さんは鼻で笑う。

 蓮見さんち、神仕いの名門の家ってどんなだろう…。

「陰気な村に“まれびと”か。村にはどうやって入るんだい?」

「ええと…」

 ややあって、行商人さんは首から吊るされた鍵を取り出し、ブラブラと揺らして見せる。

「これが手形でな、使わんと入れんようになっとる。」

 虹色に光る金属製の鍵。

 幾何学的な文様が浮かび上がるそれは、人工金属のビスマスを思わせる。

「…鍵、ですか。」

 僕は好奇心に負けて口を挟んでいた。

 街の結界壁の城門みたいなのがあるのかな。

「手形じゃ。わしが何と言おうと、どうせ後で貸す羽目になるんじゃろうが…兄ちゃん、差し込むなよ。」

「え?」

「それ自体に術がかかってるのさ。使い方がわからん奴は、おそらく相手の術中にはまるね。村全体を隠しちまうような奴さ、そのくらい簡単だろうよ。」

「へえ…」

 なんか、御蔵居村のシステムってすごいんだな…

 相手の力量が見えてくると身が引き締まる。僕には正確に推し量れないが、それでも村全体に魔法をかけちゃうようなやつだ。


 僕は、もう一つ気になってうずうずしていたことを尋ねる。

「…ちょっと聞いていいですか。さっきからの、“マレビト”って何ですか。

 なんで、マレビトだけ捕まえておくんです?」

 蓮見さんが軽快にスルーしたこの言葉。

「あぁ、稀に来る人で、まれびと。お客さんの事じゃよ。

 ……昔の言い方じゃ。」


 この先は彼の口から語られず、間をおいて蓮見先生の解説が入る。

「ヒビト、語弊のある言い方で逃げるんじゃあ、ないよ。」とたしなめる。

 本来は、神様扱いされ大事にされる来訪者のことを指すのだそうだ。

「閉鎖的な村だからねぇ。大方、自分たちの存在維持のために飼い殺しにする道具ってとこだろうさ。」

 ぐ、と息が詰まり、二の腕と背中がひゅっと冷える感覚がした。

 かと思えば、頭にカーッと血が上って眉間が熱くなる。

「それって……っ!!」

 蓮見さんから強く鋭い視線を感じ、それ以上は押し黙った。

「…変な正義感を出すんじゃないよ。」

 僕の眉間に人差し指を突き付けて釘を刺す。


 凍てつく空気を、春の日差しのような明るい声で行商人さんが解きほぐす。

「すまんなぁ、お嬢ちゃんに任せて。兄ちゃんも、堪忍やで。

 わしも子供の時に親父に教えられた時は、泣いたわ。

 でも、あいつらにとっちゃあ空気と一緒なんじゃ。」

「……。」

 またここでも、理不尽。

 でも、僕らが食肉を得るために畜産をやるのと何が違うだろう。


 それから、村の全体像などを聞いたころには捕り物騒動から小一時間経っていた。

「うかうかしてると日が落ちる。移動しよう。」

 トンネルを抜けた先に、行商人の山小屋があるそうだ。そこで作戦会議をしてから村へ向かうこととなった。


「ヒビト。こちらでは、トンネルでひどい目に遭って帰ってくる輩がいるって騒がしいんだが、あれは何だい?」

 今度は僕が先頭に立っていたので、後ろからの会話に聞き耳を立てた。蓮見さんは、彼の口から語られなかった大事な部分を確認している。確かに、カモフラージュ機能とはまた、違うような気がする。


「あぁ~、あれな。」


 トンネルは、来訪者を振るい分けをするシステムがあるらしい。

 肝試しや財宝目当てなど邪な目的で来た者は、言い伝え通りの地縛霊などに襲わせて適当に帰らせるか、捕らえて村で“いただく”のだという。僕はごくりと固唾を飲む。

「それ以外のやつは?」

「んー、大体一緒よ。悪い奴はちょっときつい仕置きをするって寸法じゃ。

 場合によっちゃ、まれびとさんになる時もあるなぁ。

 まぁ、古すぎて作動しない時もあるんじゃがな、ははは。

 その時期に変な輩がたむろして、人間同士で揉めてくれるもんじゃから、いろいろ都合がいいんじゃ。」

 結局、噂話の答え合わせはトンネルに入る前にわかってしまった。


 ―そうこうしている内にトンネルの前まで来た。

 行商人さんはすっと僕らの前へ出て、入り口の手前で足を止める。

 片足を軸にくるりと振り返り、こちらに朗らかな笑顔を向ける。


「わしは、そんなもん関係なく通れるけどな!さて、ここからは引き返せんぞ。

 確認させてもらいたいんじゃが…お嬢さん方は、あおいさんのご家族の依頼で?」


「そうさ。ご依頼人のお母さまが大変心配していなさる。」


「それって、どういう心配ですかい?

 …それによっちゃあ、わしは、ここまでだ。」

 先ほどまでの調子のいい彼とは打って変わって、真剣なまなざしで堂々としている。

 蓮見さんは目を細めて厳しい表情になる。

「…さっき付けた条件だね。」



 彼が誓約書に追加した条件はこうだ。*面倒な方は少しスクロール↓


 ・乙(ヒビト)は、代々継承されし制約により、特定の事情において関与・同行・発言を制限される立場にある。

 本契約における義務遂行が、乙の抱える二つ以上の重大な制約を同時に侵害する結果をもたらすと乙が判断した場合、乙はその場より撤退、もしくは一部情報提供の拒否を選択できるものとする。

 甲(蓮見)は乙の立場・慣習を尊重するものとし、乙の行動選択に対し不当な拘束、避難などいかなる不利益を被る行為も禁ずる。


 ―つまり、行商人さんの中にある制約を2つ以上破ったら、これ以上は協力しない。

 その後は彼に対しいかなるちょっかいも出してくれるな、というものだ。


「…なんだい、言ってごらんよ。」

 不敵な笑みを浮かべる蓮見さん。

 トンネル側から流れてきた風が、その長髪を大きくなびかせ、乱暴に櫛をとく。

 一般論では、親が子の心配をするのは当然だが、何か問題があるのか。


「あの子はな…母親のところに帰りたくないんじゃ。」



「そっとしといてもらえんか。お前さんも仕事なんはよう分かっとる。

 じゃが、わしらが譲れる範囲で叶わなければ…


 …仕舞じゃ。」

 最後の一言に凄味が感じられた。


 ひとまず行商人さんから話を聞いてみた。

 ―依頼人の娘さんは、昔から厳しく育てられたそうだ。ずっと母親の決めたレールの上を走ってきたが、大学受験で失敗。しかし、大学のレベルの妥協は許されず、何年も自宅で軟禁生活を送ってきたそうだ。同級生は時間もお金も自由も自分の人生のために使っているのに、自分には何もない。

「…で、絶望してこの村に消えに来たってわけじゃ。

 それで、母親の様子は?娘のこと、なんちゅうとった?」


「…。」

 普段、即答する蓮見さんが目を伏して考えている。

 僕も依頼人と面識はないが、少しは娘さんに対する温度感が分かる。


 これは、依頼内容の確認の際に蓮見家の人が撮ったボイスメモの一部だ。

 山までの道中、車内で僕も聞いた。

『ご迷惑をおかけして申し訳ございません。なにも出来ない恥ずかしい娘でして。

 どうか、早く連れ戻してください。今年が私と同じ大学へ入る最後のチャンスなのに、あの子ったら…。ご近所さんにどんな目で見られるか。本当に恥さらしだわ。』


 よくある謝罪から始まったが、結局誰の何を心配しているのか分からなくなった。僕もこれを聞いただけでは、どう表現するか考える。


「あおいさんのお母様は、娘の将来のことを大層案じておられたよ。

 …ただ、あおいさんの理想の形でないだけさ。」

 間違っていないが、なかなか苦しい。その母親と契約してきたのだから、これがギリギリのラインなのだろう。しかし、言わんとすることは届いたはずだ。

 行商人は肩を落としたが、大方想定通りだったのだろう。そして、次の言葉を促して待った。


「ヒビト、こちらからも聞きたい。…逃がすのは、一人かい?」

 これが、彼女の答え。

「二人じゃ。」

 行商人さんはやっとにっと笑った。

 え?

「…いいだろう。逃がす先はある。

 寝食も保証できるが、本人の意思も確認する必要があるだろう?

 救出後に一旦母親には引き合わせる。今は、それでどうだい?」

 これで、互いの面子は保てる。

 要は本人次第だが、今はそれで良しとなった。


 …いや、待て待て!

「まれびとは2人いるんですか?」

 自然と増えた頭数をまたさらっと流すなぁ、この人は。

「いんや、マレビトさんは先代が亡くなって、今は一人じゃな。」

「ん??」

「もう一人は、村の頭領の息子じゃよ。…まぁ、駆け落ちじゃな。」


「へえぇ?!」

 いつからラブストーリーになったんだ!!


 思わず声が大きくなる。

「さっきまで“いただく”だの、“飼い殺し”だの言っていたのに?!」

 戸惑い、とっさに蓮見先生の姿を探す。


 彼女は…

 興味なさそうに石畳の間の草をいじっている。

「君、うるさいよ。」

 面倒くさそうに吐き捨てる。声のトーンもまな板のようにまっ平だ。


「蓮見さん、なんで、そんな平然としてるんです?!

 僕ら、神仕いの仕事で来たのに、今や夜逃げの片棒担いじゃってるんですよ!」

「ヒビトが“わしら”って言っただろう?何かあるとは思っていたのさ。ふふ。」

 やっと少し笑って立ち上がり、手の土をパンパンとはらう。


「お二人さん、そろそろ行くで~!」


 ―ついに、御蔵居山トンネルに入る。

 ここから先は、引き返せない別世界だ。

 かつて誰かが言ったあの言葉が頭をよぎる。


 “一切の望みを捨てよ”

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