1-2カナリアの噂話
1-2カナリアの噂話(1)ヨモツ鬼灯
『おくらい様の村で捕まったの。助けてくれたら、財宝のありかを教えます。山の秋がくる前に、お願い!!』
喋る植物の噂話なんて聞き流してきた。
普通でいたければ、その方がよかっただろう。
しかし、すでに僕は神仕えと出会った日から、あの感覚に魅入られた。深淵を見つけたら『人外の世界』へ足を踏み入れずにはいられなかったんだ―——
僕はしがない配送業者。名前は
仕事から帰宅したのは夜の10時を過ぎ。
外出前に開けたカーテンから月明りが差し込み、部屋の中を照らす。
「早く風呂入らなきゃ。あぁ……明日、蓮見さんと仕事の準備…」
疲れた僕は部屋の中央で立ち尽くす。どか、と持ち手から力を抜き、鞄を床に落とした。
(ええと、何の因果でこうなったんだっけ…)
カーテンからのぞく細い月をぼんやり見ながら、今日の出来事をひとつずつ思い返していく。
―—そうだ、今日は会社に遅刻して…
夏もピークが近づいたこの頃。
朝一番の不快指数が僕の目覚まし時計代わりだ。
(はぁ~、まだ起きる時間でもないのに)
堪らずエアコンのスイッチを入れると、すぐにキンとした涼感が肌を撫でる。
外からは、登校中の子供たちの浮足立った声。もうすぐ夏休みだものなぁ。
……今、何時だ?
僕は飛び起きた。
一瞬で外出までのタイムスケジュールを算出し、俊敏に身支度して家を出た。
それでも今日、会社に遅刻した。
案の定、部長からありがた~いお声がかかった。
「蒲田!“特別に”今日社長のお客さんのところ行かせてやるよ。」
もちろん、“ワン”としか答えられなかった。配送ルートにねじ込んで、昼頃に街の結界壁の“根っこ”が垣間見えるほどの僻地にある工場へ出向く。
―あの日、貧乏神を剥がしてもらってから、僕は通常運転に戻った。
借金もあるが、根を詰める必要がなくなりストレスは格段に減った。
「…のどかだなぁ。」
工場の敷地のフェンスの足元には蔓性の植物が巻き付いている。…さて、次は内地へ戻らなければ。出発前に車の周りを点検し、オーブンと化した車に乗り込もうとした。その時、フェンスの辺りの植物が気になった。
「これは…」
植物には詳しくない。僕の中の薄い植物図鑑が広げられ、その中から一文が取り出される。
“初夏から夏にかけ花が咲いたあと、六角状のがくが発達して果実を包み袋状になって赤色になり、中の果実が熟して橙色になる植物”
「…鬼灯?」
どこかの寺ではこの名を冠したお祭りがあるらしい。
(へぇ、初めて見た。)
物珍しそうに見ていると、中の実がうずうずと動いた気が…?!僕は釘付けになった。
目を凝らしていると、実を包んでいた蕚が開き、露わになった実からぬるり、と生々しく歯茎をむき出しにした口が浮き出てきた。
幻覚だと思いたかった。警鐘と期待とが入り交じり、じんわりと染み出すような汗がこめかみを伝う。カバタの前でついにその実が口を開く。にちゃあ、と唾液が糸まで引いて、歯肉は肉厚で歯はうっすら黄みがかり、やけに瑞々しい。その口の奥に、異界とでも繋がっていそうな深い闇があった。
やがて、無線を聞いているようなやや鮮明さに欠ける声まで聞こえてきた。
『…だれか、タスケテ
これは、聞いてはだめだ!!!
直観が警鐘を鳴らしている。でも、僕は無視も耳をふさぐことも出来ず、
『だれか、聞いて。助けて!私、あおい。おくらい様の村で捕まった。助けてくれたら、財宝のありかを教えます。山の秋がくる前に、お願い!!』
―結局、僕はすべて聞いてしまった。
(なんだあれは、なんだあれは、なんだあれは!!)
好奇心で近づくべきではなかったと後悔した。喉から胸にかけ、微かな嘔気。
車に飛び乗って、混乱と興奮冷めやらぬまま郊外のコンビニの駐車場へ飛び込んだ。頭の芯がカーッと熱く、ザーザーと血が騒がしい。頭の中はあのグロテスク植物のことでいっぱいだ。
「落ち着かなければ…」
車内での短い昼休憩がてら、僕はオカルト大好き旧知の仲の肉まんへ連絡を入れてみた。
すると、すぐに肉まんから電話の折り返しが来た。
「おいおいおいおい~!蒲田!!
なんだよぅなんだよぅ、ヨモツ鬼灯なんて珍しいもの、どこで見つけたんだようぅぅ!!」
羨ましいと早口で肉まんは囃し立てる。
大きな声に無意識にスピーカーを数センチ耳から離す。
同時に自分が少し平静を取り戻したことに気づき、ふと安堵した。
「声、…デカいよ。」
「——つまり、また変なものに関わっちゃったんだよ…。お前なら、なにかわかるかと思って。」
一部始終を説明し、回答を急ぐ。僕はほんの少し前にあんな思いをしたばかりだ。懐の回復はまだ先。何かあっては一大事だ。結局、肉まんの話では、「あちらのもの」ではあるものの、声を聞いただけでは直接的な害はないそうだ。
『お前、本当に持ってるよな!うっふぅ!!』
彼にとっては大好物の話題だ。興奮するのも、むべなるかな。
しばらく付き合ってもらったおかげで、心は平穏を取り戻しつつあった。
電話を切った後、僕は順調に仕事を片付けていった。少し残業になるが想定の範囲内だ。
―ついこの間、貧乏神に好かれたことで神仕えと出会った。
今度はヨモツ鬼灯の声を聞いた。
「不確かだけど確かに在る。こんな世界が本当にあるんだなぁ…。」
今まで関係なかった不思議な世界が自分の人生に接触してきた特別感を感じ、僕は高揚しているのだと自覚した。
しかし、本当に自分の生活圏に侵入されるのは抵抗感がある。結局、僕はホラーをエンターテイメントとして享受している肉まんと大差ない。
(明日から連休だ。今夜は何かラーメンでも食べに行って、明日はドライブするか…)
赤信号で空を眺める。
もう夕暮れ。空の頁の端から藤色の空がそっと幕を引こうとしている。いつもじっくり見られないが、こういう夕焼け空が好きなのは内緒だ。
———「シンちゃん、こっちにおいで。」
ふと、祖父から聞いた昔話を思い出す。あれは、夏休みに田舎の家へ遊びに行った夏休み。今みたいな夕暮れどきのことだった。
いつもシンちゃん、シンちゃんと可愛い孫を構っていた祖父は、夕焼け色に染まった縁側に僕を手招きした。もうすぐ夏祭りがあるため、遠くから太鼓の練習をする音がかすかに響いている。
「大事な昔話を教えてあげよう。」
真っ赤なスイカが盛られた皿をずいと孫によこすと、彼はぽつりぽつりと話を始めた。
まだ神と人が隣人として共存していた時代のお話。
ある神と人間が恋仲となったのを皮きりに、双方の関係性に亀裂が生まれたという。
「神様は、その力で人間の生活を助けていたんだ。でも、もう協力しないって奴らが現れてね。」
やがて飢餓や流行病、天災による人間の死者が急増。生活に困窮した人間は神に抗った。最終的に、神と共闘した人側が勝利し、多くの神は天界へと帰っていった―—
「じいちゃん、かみさまはいじわるなんてするの?」
まだ5歳だったカバタは言葉足らずに彼の祖父に尋ねる。
「神様もね、意外と人間みたいなところもあるんだよ。
人間と長く暮らしてきたからかもしれないねぇ。」
いつもの好々爺顔の祖父が真剣な表情にサッと変わった。
「だが、儂ら人間と神様や妖怪の“普通”は違う。」
そう言い、当時庭で飼っていた犬を指さした。
犬はまぶしい西日を避けるように目をつむって伏せている。
「犬と、そこの川のメダカの考えていることくらい違う。
住む場所も、食べるものも、何が正しいのかも。これは、覚えておきなさい。」
犬は肺呼吸で魚は鰓呼吸。解剖学的な知識はなくとも、5歳の彼にも多少は想像できる。
「ただしいも、ちがう?」
「そう。うーん…例えばね、犬は子犬は殺さないだろう。」
まだ要領を得ない5歳児はうん、とうなずく。
「でも、メダカはメダカの卵を食べてしまうんだ。」
「えー、へんだよ!!おバカなの?」
「自分の子供が生き残れるように、ライバルを減らそうと卵を食べるんだよ。
自分の卵かどうか見分けはついていないけど、メダカにとってそれは正しいことなんだよ。」
「やっぱり、へんだよ!」
5歳の彼は、動物の本能の理解に苦しみ、納得できない。
「そうだね。でも、正しさはみーんな違うんだよ。シンちゃんにもわかる日が来るだろう。」ポンポンと孫の頭を優しく撫でる。そして話の続きをしてくれた。
―そして、神話の続きはこうだ。
戦前まで抑止力となっていた神が激減したことで、妖怪からの被害が急増。
地上に残った神と、その力を借りた能力者のはたらきにより治安は保たれた。
現世に残った神はその社の神のほか、中立の川や山の主らのみである…と。
「でもじいちゃん、そんなすごいの、ボクみたことないよ!」
夏の音を聴きながら塩を振ったスイカを手に遠くを見る―――
―—こちらもスイカがおいしい季節だ。
田舎で食べるスイカおいしかったなぁ。思い出に浸っていると、また誰かから着信だ。
ハザードを焚きながら路肩に停まる。画面には覚えのない番号。
「…はい。蒲田です。」
応答すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『…ご無沙汰しております、百音の店主です。』
え?!
“じい”からだ!
『蒲田様が鬼灯から聞いた話の件で、至急確認したいことがございます。お時間よろしいでしょうか。』
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