君が為の乙女秘事 ~竜馬と四つの誘惑~

舞夢宜人

第1話 新学期、新たな顔ぶれ

 桜の花びらが舞い散る四月。新しい年度の始まりは、いつも希望と、ほんの少しの不安を運んでくる。特に高校三年生という節目の年は、それが色濃い。朝倉竜馬は、県立富岳高校の校門をくぐりながら、クラス発表の掲示板へと続く人の流れに身を任せていた。がっしりとした体格が人波を分けるが、彼の視線はひたすら一点、掲示板の「3年A組」の文字を探している。竜馬のいる3年1組は、理系公立コースの成績上位クラスだ。生徒の多くが難関国公立大学を目指し、クラス全体の学習意欲が高い。


 隣には、見慣れたストレートロングの黒髪が揺れていた。朝倉凛だ。竜馬と同じくすらりとした長身で、女子バレー部で鍛えられたしなやかで引き締まった体型をしている。バストはバランスの取れたCカップだが、竜馬と身長が同じで体格的に似通っているため、乳房の膨らみを考慮しても、服を共有しても違和感がない。髪型以外は竜馬によく似ており、一部の女子生徒からは「王子様」扱いされることもある。凛は竜馬より多少細身ではあるが、その分、女性らしい曲線美が際立っていた。


「竜馬くん、頼むから今年も一緒でありますように!」

 凛は、祈るように両手を合わせていた。中学一年の春から、凛の両親が海外勤務のため、竜馬の家に下宿している。以来、竜馬とはずっと同じ学校に通い、家が近所の幼馴染のように常に竜馬の傍にいた。しかし、仲は良いものの、恋愛面では「完全な男友達状態」が長く続いていた。凛の、竜馬への秘めた片思いは、中学1年生から続いている。竜馬もまた、凛に密かな片思いを抱いているが、両親から「結婚する気が無いなら凛に手を出すな」と厳命されているため、一歩踏み出せずにいた。


 やがて掲示板の前にたどり着くと、そこには既に人だかりができていた。皆、食い入るように紙面を見つめている。竜馬は首を伸ばし、「3年A組」の欄に自分の名前を見つけた。そのすぐ隣には、凛の名前も並んでいた。


「やった!竜馬くん、今年も一緒だね!」

 凛が嬉しそうに竜馬の腕を掴んだ。そのしなやかな手の温もりが、一瞬、竜馬の心臓を跳ねさせた。だが、その喜びも束の間、竜馬の視線は別の場所を捉えていた。「3年A組」のさらに下のほうに、見慣れた二つの名前を見つける。

「竹内 美咲」そして「広瀬 琴音」。


 美咲と琴音も同じクラスか。竜馬の胸に、密かな高揚感が広がる。美咲は、竜馬が密かに憧れを抱く存在だ。明るい茶髪のセミロングに、快活な笑顔が魅力的だ。女子バレー部でセッターとして活躍する引き締まったスポーツ体型で、特に脚がすらりと長い。天真爛漫な彼女は、誰からも好かれる人気者で、竜馬にとって高嶺の花として、ただ見つめるだけの存在だったが、今年も彼女と近い距離でいられることに、彼の胸は密かに弾んでいた。


 一方で、広瀬琴音の名前を目にした時、竜馬の眉は微かに動いた。琴音は、美咲とはまた違う意味で竜馬の心をざわつかせる存在だ。小柄ながらも、しなやかで均整の取れたプロポーションで、ショートボブの髪は活動的で知的な印象を与える。切れ長の瞳には、どこか大人びた冷静さと、時に無邪気な好奇心が見える。テニス部でダブルスプレイヤーとして活躍する彼女は、自信家で大胆不敵、自分の欲望に正直な性格だ。恋愛経験も性的な知識も豊富だと噂されている。琴音の両親は不倫をしていて家を留守にすることが多く、琴音は寂しさから男女交際が気になっていた。しかし、自分ではやる勇気がなかったため、情報は集めるものの、行動に移すことはできなかった。


 その琴音が、掲示板から少し離れた場所で、凛の肩を抱くように立っているのが見えた。琴音のショートボブの髪が陽光にきらめき、その均整の取れた身体が県立富岳高校の紺色のブレザー越しにも主張している。隣の凛は、バストラインまでのストレートロングの髪を揺らし、シンプルな白や黒のスポーツブラとショーツを身につけているであろう清楚な雰囲気を醸し出していた。二人は何か楽しげに話しており、時折、琴音の視線がちらりと竜馬の方を向いたような気がした。


 琴音の瞳は、竜馬を捉えていた。

(ふうん、朝倉竜馬ね。凛の口からよく出てくる男だと思ったけど、なるほど、確かに凛好みで、どこか安心感があるわね)

 琴音は心の中で呟いた。凛が彼に憧れていることは知っていたし、凛が自分と同じタイプの「人畜無害な男」として竜馬を見ていることも察していた。だが、琴音自身の経験から、男性の身勝手さを嫌というほど知っている彼女にとって、竜馬はまだ未知数だった。

(この男が本当に「いい男」なのか、凛の「教材」として使えるのか……見極める必要があるわね)

 琴音の口元に、微かな笑みが浮かんだ。それは、ある種の企みを含んだ笑みだった。


 竜馬がふと琴音の視線に気づき、そちらを見た。琴音はにこりと微笑み、軽く会釈をする。その笑顔には、いつも通りの気さくさと、竜馬には読み取れない深い思惑が隠されていた。


 新学期。それは、誰もが知らない未来を予感させる、始まりの季節だ。

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