チュートリアルのある異世界へようこそ!

しなとべあ

第一章 チュートリアルと樹鹿の森

第1話 プロローグ:チュートリアルのある異世界へようこそ!

『我らが愛する土地の酒


 一献、一献、このために


 我らが酒杯を掲げよう』


陽気な酒飲みたちの誓いの唄が聞こえてくる。


一杯の酒のために生きる。


ガキの頃は、何を馬鹿なことをって聞いていたが、これがなかなか馬鹿にできない。


十分におっさんと呼ばれる年になった俺も、あの時馬鹿にしていたおっさんと同じになった。


何年も変わることなく酒場に入りびたり、一杯のエールで祝杯をあげる毎日だ。


脂の詰まった大ぶりの腸詰めを丸かじりし、その脂ごとエールで流し込む。


健康など知った事か、と言わんばかりの脂と肉汁を、苦みで打ち消せば、何本でも何杯でもいけそうだ。


仕事も終わったばかりで、懐も温かい。


報酬の銅貨と戦利品の魔石がテーブルに並ぶ。


懐から白い豚の貯金箱を取り出してテーブルに置くと、戦利品の魔石をいつもより多めに放り込む。


貯金箱特有の固いものがぶつかり合う音が心地いい。


これを聞かないと仕事が終わった気がしないんだよな。


俺がエールの追加を頼んでいると、異常に低い背丈の、ごつい体に似合った樽のようなジョッキと皿を掲げたおっさんがやってくる。


当たり前のように俺のテーブルの席に着くと、大量のナッツを乗せた皿をどんと置いた。


「今日もいい飲みっぷりだの」


「おう、おっさん。今日もバッカスに!」


「おうとも!今宵もバッカスに乾杯!」


俺はおっさんと酒杯をぶつけ合い、神様の名前を呼ぶ酒飲みの常套句を唱えた。


酒の神バッカスに捧げるように飲むのは、いっそ儀式と言ってもいい。


ただのノリで言ってる俺みたいのもいるが、真剣にバッカス信仰に命を懸けてるおっさんみたいのもいる。


俺の腸詰を当たり前のように口にするおっさん。


俺も当たり前のように、おっさんの皿のナッツをつかんで無造作に口に放り込む。


くぅ、この塩のがっつり聞いた炒ったナッツの酒の進むことよ!


残りを一息に飲み干すと、机にどんと空のジョッキを置く。


すると、小さな手が伸びて、空のジョッキを持ち上げると、代わりにエールが並々と注がれたジョッキを置いてくれる。


おっさんよりは背が高いが、十分ちっちゃなウェイトレスの女の子が、おっさんの分のジョッキも置いていく。


「ほどほどにしなよー?明日も若い子に教えるんでしょー」


頭に生える丸い耳に、身長ほどあるふさふさの大きな尻尾がトレードマークの獣人の女の子にくぎを刺される。


「俺がこれぐらいで潰れるわけないだろぉ?」


「しってますー!心配なのはお財布ですよーだ」


「へーい、気をつけまーす!」


何時もの軽口をたたきながら、新しいジョッキを持つと、おっさんと突き合わせる。


神様の名前を呼ぶのは最初の一杯と、酒杯を交わす一回目と決まっているのでここでは言わない。


腸詰を齧り、ナッツを頬張り、かみ砕くとエールで流し込む!


「いやぁ、最近は面倒事もないし、酒はうまいし、腸詰は今日も最高で言うことないな!」


「なんじゃ、そんなこと言ってしもうたら……ほれ、見たことか」


どうやら、フラグを立ててしまったらしい。


酒場の入り口に、見慣れぬ顔が二人ほど。


酒も飲めないような、十代半ばの、緊張感のなさそうなお子様二人だ。


ここらじゃ見慣れぬ、妙に上等だが異質な衣装に身を包んでいらっしゃる。


ここは酒場だけの施設じゃねぇが……とはいえだ。


放っておくわけにもいかないか。


俺は貯金箱をしまうと残った口に腸詰を放り込み、エールで流し込むと立ち上がった。




「ここ、冒険者ギルドなんだろ。登録を頼む」


受付の姉さんに詰め寄っている少年に、その後ろに隠れるような少女が続く。


冒険者、ねぇ。


「おうおう、何か勘違いしてるんじゃねぇか坊主」


俺はちょろっとおぼつかない足取りで、受付と少年の間に割り込む。


「なんだよ、酔っ払いかよ」


「おう、酔っ払いよ。冒険者なんつぅとんちんかんな言葉が聞こえたから黙ってられなくてよ」


あいにくと、冒険者なんていうのは命知らずの英雄か、英雄志望のくそ迷惑野郎どもの二択をあらわす名前だ。


そして大半が後者でな、冒険者と呼ばれるだけでも切れる気の短いのは山ほどいる。


「ここは、開拓者ギルドだ坊主。冒険者なんて呼んだら周囲は敵だらけになっぞ?」


過酷な世界を切り開いていくのが俺たち開拓者。


それに誇りを持ってるからこそ、沸点が低い奴らばっかりよ。


実際、こっちを見てる連中の熱があがってやがる。


「そう、なのか。こういう世界は全部冒険者だと思ってた」


お、素直じゃねぇか坊主。


それに、世界とは大きく出たねぇ。


「で、何しに来たんだ?」


「……俺の強さを確かめるためだ」


坊主の視線が、腰に吊るされた一本のやたらと豪奢な剣に向く。


儀礼用にしか見えない鞘に収まった剣は、中々の気配を漂わせている。


「ほぉ?俺の強さ、ね。身の丈に合わない拾いもので強くなった気がしてるだけじゃねぇのか?」


「なんだと」


ちょっと、俺の心の古傷が痛み出した。


「俺は、選ばれて、力を授かったんだ。酔っ払いのおっさんなんかに言われる筋合いはない!」


おぉ、いいね坊主。


自信満々、意気揚々!


全能感に満ちたその顔つき!


わかる、わかるぞ!


分かりすぎておじさんの胃がキリキリと痛むぐらいだ。





「神様からもらったんだろう、その豪華な魔剣」


俺の言葉に、坊主が目を見開き、次の瞬間距離を離す。


いいね、悪くない反応だ。


「で、そいつはエクスカリバーか?それともデュランダルか?」


「……ガラティーンだ」


……なるほど、ガラティーン。中々渋いところ選ぶな坊主?


だが、あいにくとこの世界だとな。


「そんな御大層な魔剣だろうが、俺が使うような鉄の剣と大差ないんだなこれが」


俺は腰に吊るした、使い込んだ鉄の剣に視線を向ける。


そう。装飾も何もない、おじさんと同じぐらいくたびれたただの鉄の剣と大差ないのさ。


怒るな坊主。


ただの事実だって。


「馬鹿にしやがって!」


お、抜くか?


抜くのか?


――“抜いた”な?




まずはチュートリアルその一だ、クソガキ。


この“異世界”はな、誰しもが魔器を、武器を持ってる。


その魔器がなければ物理的に生きていけない世界なんだよ。


だからみんな、生きる為に手放せない凶器を抱えて生きてるわけだ。


でも、みんな笑って肩を組める。


凶悪なつらをして、バカみたいにでかい剣を背負ったやつとも酒を酌み交わす。


それはな、ルールを守ってるからだ。


“鞘に納めている”


それは、自分が誰も傷付けない意思表示だ。


逆に言えばな?


手を掛けるだけでも威嚇行為なんだよ。


それが、剣を抜いたら?


“お前を殺す”って宣言だよ。


その時点で、殺されても文句はないって叫んでるも同然だ。


当然、俺も抜くぞ?


抜いたからには殺すつもりだ。


……なんだ、今更ビビったのか?


残念、もう手遅れだよ……!




この酒場の外なら、な。


一閃。


鞘のまま振り抜かれた鉄剣がガラティーンを弾き飛ばす。


「ようこそ、地球からの来訪者。


 ここは開拓者ギルド【チュートリアルの酒場】


 俺がそのチュートリアルの教官ヴァイス・ブルストだ。


 ようこそ、チュートリアルのある異世界へ!


 歓迎するぜクソガキども」


……って、ガラティーン君天井に刺さるんじゃない!!


修理費俺持ちになっちゃうでしょうが!!

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